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雪虫
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しおりを挟む「んじゃあ、資料渡すから教えといてよ」
「おし !?教え っ!?」
一方的に言って一方的に切られてしまった。
うんともすんとも言わなくなった電話をもう一度かけ直す気にもならず、どう言う事なんだと呻いた。
とりあえず、雪虫にお茶を飲ませないといけない。
湯を注いだ途端、むっと強く香った臭いに顔をしかめて息を止めた。
これがどう言ったものかさっぱりわからないが、お香なりお茶なりで摂取すればフェロモンが元になっている匂いが気にならなくなる。ただとにかく独特の臭いで……なんとか飲んではいるが、忍耐力との勝負だと思う。
「ほら、氷入れといてやったから、一気にいけ」
「 ぅん」
からり と氷が音を立てる。
「氷が溶けると量が増えるぞ」
もう一度小さくうん と返してから、雪虫は口をつける。
「ねぇ セキは、もう戻ってこないのかな 」
それは二人で暮らし始めて初めて見せる寂しげな顔で。
伏せられた睫毛の影が頬に落ちて、泣いてるのかなって。
「 」
「セキは、 」
続きを言おうとして言葉が見つからないようだった。
「セキは今、ヒートだから 終わったらくるんじゃね?」
「ヒート?」
そうだった。
知らないんだった……
でもそこから説明すると性教育にもなるわけで。正直うまく説明できる自信がない。
「えっと 熱出して寝込んでる」
「あ、それなら 分かる」
理解できる事柄で説明されたことで安心したのか、雪虫は緊張の空気を解いてまたお茶に口をつける。
「なぁ。お前はどうしてこんなとこにいるんだ?」
人のことは言えないが、少なくとも学校には行っていないようだった。
ただ日がな一日、ぼんやり外を見たりうとうとしていたり……傍で世話を任されている人間にしてみれば扱いやすいが、疑問は出てくる。
「知らない」
「知らない?」
「大神に連れてこられて、ずっとここにいる」
ずっと?
体が小さいからはっきりとは言えないが、オレと同じか少し下くらい か?
「ここにいるようにって言われたから、ここにいる」
大神が、どう言った理由でここにΩを置いているのか、セキの体に染み付いた大神の匂いを思い出して自然と眉間に皺が寄った。
ヤのつく稼業の人間が、ただの下心もなく一軒家にΩを住まわせて身の回りの世話を焼く人間を用意して なんてあるはずがない。
頑固なところを除けば、黙っていたら……
「かわ ──」
パンっと自分の口を勢いよく手で塞いだ。
キョトンとこちらを見る雪虫に首を振り、
「──ってんな」
と返す。
「うるさいな!」
怒ると少し頬に赤みがさして……
「かわ ──」
もう一度口を塞ぎ、いやいやと首を振る。
「──いた洗濯物片付けてくる!」
自分の分のお茶を飲み干して、雪虫が何かを言い出す前に台所に駆け込んだ。
ど と脈打つ胸を押さえて、座り込んだ。
ぐるぐるっと胸の内で回るのは、『かわいい』の一言だった。
仕事が早いと思う。
インターフォンに出ると、直江がお届け物ですと答えた。
「瀬能先生からの言付けの品です……やけに重いんですが」
「あー……教材?だからかな」
リビングまで運んで貰ってテーブルに置いた。
案の定、持ってきた段ボールを開けるとぎっしりと本が詰まっている。
一冊一冊取り出して、どこに片付けてやろうかと辺りを見回した。
「思ったよりもきちんと生活してますね」
「そう言う仕事だろ?」
「え?」
え?ってなんだ?
「あー……いや、雪虫とは仲良くやってる?」
引っ掛かりを尋ねる前に問いかけられてしまい、はぐらかされた感が残る。問い詰めてやっても良かったが、ここは仕事と割り切って流す方がいいだろう。
「あんまり」
「やっぱり?」
そう言って直江が見る方向には、警戒とまではいかないけれど、こちらを睨んでいる雪虫が身を縮こめていた。
「荷物持ってきてくれたんだから挨拶くらい 」
「 こんにちはっ」
「はい、こんにちは。凄いね、挨拶した」
それくらいはするだろう?
「初めてかな、挨拶してもらったの」
あはは と力なく笑う直江は仕事はこれだけなんでと言って帰って行った。
直江が帰ったのを確認してから、雪虫はやっとリビングの本の方へと近寄ってきた。
そろそろと窺いながら何があるのか見にくる姿は、警戒しつつも餌を食べにくる猫のようだった。
「直江さんは苦手なのか?」
本をサイズ別、傾向別にざっと分ける。
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