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捧げ人
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それから一年程経った、ある日のことだった。朝から小雨が降っていた。父と母が町長に呼び出され、昼過ぎに戻ってきた。顔色が悪い。二人とも真っ青で、サチは流行り病にでも罹ったのかと両親に駆け寄った。
『お父ちゃん、お母ちゃん。どういたが?』
『サチ……』
こちらが問いかけても、二人はサチを抱きしめるばかりだった。弥一が昼寝をしていてよかった。親の悲しい顔など見てしまったら、幼い弟はすぐ泣いてしまうから。
父は、町長から今回の捧げ人が仲尾町の持ち回りになることを聞かされた。そして、捧げ人は十五歳以下の少女に限ることも。
仲尾町には数人の少女が住んでいるが、幼過ぎてはこれの意味が理解出来ず、十五歳ともなると嫁に行く年齢だ。つまり、相応しい少女がサチしかいなかった。
サンジン様の話は昔話として聞いたことがあった。生贄として少女を一人捧げる代わりに、十年山から見える地域を天災から守ってくれる。どこか夢物語だと思っていた。
たった今、現実となった。
サチは遠くなる声とともに、十二で自分の命が終わることを悟った。
気が付いたら夜が明けていた。習慣とは恐ろしいもので、しっかり足の先まで掛布団が掛けられていて笑ってしまった。
こんなことで笑うことが出来るのに、あと一月もせず、自分は死ぬ。頭の中でそれを思うだけで、家を飛び出して叫んで転がり回りたくなった。
顔を洗い、土間で母の手伝いをしていたら、五月蠅い足音が近づいた。弥一だ。
大きな瞳いっぱいに涙を浮かべている。それが今にも零れ落ちそうで、サチは急いで駆け寄った。
『ねえね、行ってしまうが?』
弟に伸ばした手が止まる。
『……ごめんね』
両親がどこまで説明したのか分からず、謝るに留まる。一回り小さな両手を握りしめ、居間に向かう。正座をしてぽんと膝を叩くと、弥一がその上にちょこんと座った。
まだサチの膝に収まる弥一。この子はどんな大人になるのだろう。傍で見守るつもりだったのに。何故、こんなことになってしまったのか。
誰を責めることも出来ない。運が悪いと思うしかない。それだけで片付けられる気持ちではないけれども。
かれこれ四半刻は過ぎたか。ぎゅうぎゅうに纏わり付いたまま、弥一はサチから離れない。たった一人の姉がいなくなるのだ。当然だろう。
『ご飯食べよ』
サチがそう言うが、弥一はふるふると首を振るばかりだった。
『ねえねはまだここにおるちや』
『うわぁ~ん』
『ほたえなや、もうご飯くるき』
五歳年下の弟はこうして泣いても愛らしく、サチはいつまでも弥一の頭を撫で続けた。
四人揃って食卓を囲む。父は食べ終えたら、畑を見に行った。サチも一緒に行くと伝えたが、ゆっくり休みなさいと言われた。休めと言われても、することは両親の手伝いか弟の世話だけだ。好きな遊びと言えば、あやとりとお手玉くらいで、そのどちらもやる気にはなれなかった。
サンジン様へ行くまでどうやって過ごそうか。何もせず転がっているだけで、自分がどんどん溶けて無くなっていく気がする。まだここにいるのに、中身が空っぽだ。弥一がお手玉を持ってやってきた。
『あそぼ』
『えいよ』
まだ二つのお手玉をたどたどしく投げる弥一に対し、サチがひょいひょいと三つを器用に投げて遊ぶ。いつもならすぐに飽きてしまうのに、今日はサチのお手玉をじっと見つめてくる。
『弥一は手を見ちゅう、もっと投げた先を見た方がえい』
『うん』
弥一の手を取り、一緒に投げてみる。一回、二回と回数が増えるたび、弥一の表情が明るくなっていった。
『出来た!』
『上手。出来た時の感覚を覚えちょって』
『お父ちゃん、お母ちゃん。どういたが?』
『サチ……』
こちらが問いかけても、二人はサチを抱きしめるばかりだった。弥一が昼寝をしていてよかった。親の悲しい顔など見てしまったら、幼い弟はすぐ泣いてしまうから。
父は、町長から今回の捧げ人が仲尾町の持ち回りになることを聞かされた。そして、捧げ人は十五歳以下の少女に限ることも。
仲尾町には数人の少女が住んでいるが、幼過ぎてはこれの意味が理解出来ず、十五歳ともなると嫁に行く年齢だ。つまり、相応しい少女がサチしかいなかった。
サンジン様の話は昔話として聞いたことがあった。生贄として少女を一人捧げる代わりに、十年山から見える地域を天災から守ってくれる。どこか夢物語だと思っていた。
たった今、現実となった。
サチは遠くなる声とともに、十二で自分の命が終わることを悟った。
気が付いたら夜が明けていた。習慣とは恐ろしいもので、しっかり足の先まで掛布団が掛けられていて笑ってしまった。
こんなことで笑うことが出来るのに、あと一月もせず、自分は死ぬ。頭の中でそれを思うだけで、家を飛び出して叫んで転がり回りたくなった。
顔を洗い、土間で母の手伝いをしていたら、五月蠅い足音が近づいた。弥一だ。
大きな瞳いっぱいに涙を浮かべている。それが今にも零れ落ちそうで、サチは急いで駆け寄った。
『ねえね、行ってしまうが?』
弟に伸ばした手が止まる。
『……ごめんね』
両親がどこまで説明したのか分からず、謝るに留まる。一回り小さな両手を握りしめ、居間に向かう。正座をしてぽんと膝を叩くと、弥一がその上にちょこんと座った。
まだサチの膝に収まる弥一。この子はどんな大人になるのだろう。傍で見守るつもりだったのに。何故、こんなことになってしまったのか。
誰を責めることも出来ない。運が悪いと思うしかない。それだけで片付けられる気持ちではないけれども。
かれこれ四半刻は過ぎたか。ぎゅうぎゅうに纏わり付いたまま、弥一はサチから離れない。たった一人の姉がいなくなるのだ。当然だろう。
『ご飯食べよ』
サチがそう言うが、弥一はふるふると首を振るばかりだった。
『ねえねはまだここにおるちや』
『うわぁ~ん』
『ほたえなや、もうご飯くるき』
五歳年下の弟はこうして泣いても愛らしく、サチはいつまでも弥一の頭を撫で続けた。
四人揃って食卓を囲む。父は食べ終えたら、畑を見に行った。サチも一緒に行くと伝えたが、ゆっくり休みなさいと言われた。休めと言われても、することは両親の手伝いか弟の世話だけだ。好きな遊びと言えば、あやとりとお手玉くらいで、そのどちらもやる気にはなれなかった。
サンジン様へ行くまでどうやって過ごそうか。何もせず転がっているだけで、自分がどんどん溶けて無くなっていく気がする。まだここにいるのに、中身が空っぽだ。弥一がお手玉を持ってやってきた。
『あそぼ』
『えいよ』
まだ二つのお手玉をたどたどしく投げる弥一に対し、サチがひょいひょいと三つを器用に投げて遊ぶ。いつもならすぐに飽きてしまうのに、今日はサチのお手玉をじっと見つめてくる。
『弥一は手を見ちゅう、もっと投げた先を見た方がえい』
『うん』
弥一の手を取り、一緒に投げてみる。一回、二回と回数が増えるたび、弥一の表情が明るくなっていった。
『出来た!』
『上手。出来た時の感覚を覚えちょって』
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