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第4話 姫、鬼と懐かしむ――八瀬童子

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 ふと、日中の彼の言葉が脳裏をよぎる。

『八瀬も親を人間に殺された類の人間で――』

(鬼童丸さんもお母さまを……)

 階の上に置いてあった彼の手に、彼女はそっと手を重ねた。

 彼の父親は酒呑童子で、母は人間だという。

(それに、人間のことを憎んでいたとも話していたし……)

 だとすれば、過去に何かあったのかもしれない。

 ふと――。

 頭の中に、何かが浮かんで来ようとする。


 八瀬童子ぐらいの年の頃の少年の――。


(あれ……?)


 しかしながら、思考は唐突に遮断されてしまった。

「ああ、しかし腹が減ったな」

「え?」

 たくさんご飯を食べていたような気がしたが、なぜ鬼童丸はそんなことを言うのだろうか。

「それに寒いな」

「先程は、そんなに寒くはないと仰っていませんでしたか?」

 その時――。

 鬼童丸がふわりとあやめを袿ごと抱きしめた。

(え? え? え? いったいぜんたい、どうしたの……!??)

 突然の出来事に、頭の中がいっぱいいっぱいになる。
 彼の少しだけ低い声が耳元で聴こえてきた。

「さて、三日目の夜だ……」

「鬼童丸様?」

 ふと、額に柔らかなものが触れた。

 ――唇だ。

 気づくと一気に羞恥が高まっていく。

「ひゃあっ……!」

「さすがに体は食えてねえんだとしても……なあ?」

「なあって……ええっと……」

「ちいっとばっかし、夫婦みたいな真似事しても悪くはねえんじゃないかって――この俺がずっと女に手を出してないってのも、鬼達に知られたら格好がつかねぇかもなって」

「え? え? ええっと……」

 混乱していると、そのまま彼の唇が彼女の頬に忍び寄った。

「ひ、ひええっ……!」

 あやめの反応を見て、鬼童丸がそっと離れる。

「わりぃな、揶揄い過ぎたみてえだな。さあ、そろそろ寝に行くとするか――」

(あ、離れちゃう……)

 なんだか寂しさが胸の中にこみあげてくるのはなぜだろう。

 立ち上がろうとした彼の裾を、彼女は少しだけ引っ張った。

「どうした?」

 顔の火照りはおさまらないまま、あやめは思い切って声をかける。

「ぜ、ぜぜぜ、全部は無理ですけれど……その……ちょっ……ちょっとだけなら――」

 彼女は思い切って叫んだ。


「食べていただいて構いません!!」


 面食らってしばらく動けなかった鬼童丸だったが――その場にしゃがみこんだ。

 ちょっとだけ頬を赤らめていた彼だったが――。

(あ……)

「じゃあ、お言葉に甘えようとするか……」

 紅い瞳に絡めとられて、身動きが取れそうにない。
 
 彼の綺麗な顔がゆっくりと近づいてきた。

 少しだけ薄い唇が目に入ると、心臓がドキドキして落ち着かない。

「あ……」

 唇に柔らかなものが触れる。
 男性との口づけは初めてで、あやめの身体が硬直してしまう。

 少しだけの時間のはずなのに――。

 ものすごく長い時間、口づけ合っている気がする。

 そっと彼の唇が離れた。

「一応ここまでだ――これ以上はちょっとじゃ済みそうにないからな……さて、今度こそ戻ろうか」

「あ、あの……」

「ああ?」

 あやめの金の瞳が潤む。

「ああ――」

 あやめの意図を察知した鬼童丸が、ふっと微笑んだ。

「人間の女にねだられるのも悪くないな……」

 そっと二人の唇がまた重なった。

 月明かりに照らされる中、しばらく二人は口づけあって過ごしたのだった。


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