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第4話 姫、鬼と懐かしむ――八瀬童子
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しおりを挟むそうして、迎えた三日目の夜。
今晩は朧月夜だ。月が淡い光を放っていた。
夜。
月が中天に差し掛かる頃。
御帳台の下、あやめは身を強張らせていた。
(やっぱり殿方と一緒に眠るのは緊張する……鬼童丸さん、なかなか来ない……)
単で寒いので、近くに掛けてあった袿を被り、そっと御簾の外に出た。
凍えるような風が吹いていて、今日はやけに冷える。
風で松明の炎がゆらゆら妖しく揺れ動く。
(あ……)
庭に面した階の上、単姿で酒を煽る鬼童丸の姿を見つける。
風で相手の赤みがかった黒髪がさらさら揺れた。
月明かりに照らされた彼の横顔は、魔性のものだと言われるのも頷けるほどに美しい。
「どうした、あやめ? 悪ぃな、酒を呑んでたら向かうのが遅くなっちまったな」
見惚れているあやめに気付いた鬼童丸が、こちらを振り向いてきた。
「そんな格好で寒くはありませんか?」
「いいや、そんなこともねえが――人間のお前は寒いのか?」
「ええ」
杯を置いた彼の隣に、彼女はちょこんと腰かける。
「俺の部下がお前に迷惑をかけたな、代わりに詫びと礼を言っておく」
「いいえ、そんなことはございません。私の方こそ御節介で鬼の皆さまにご迷惑をおかけしていないかと心配で……」
「そんなことはねえさ。お前が来て三日経つかどうかぐらいだが、お前の飯に魅了されている鬼達の多いこと、多いこと。今日の芋がゆの後に作ってくれた……夕飯に出て来た汁物も、なんだか風味が違って良かったな」
鬼童丸の発言に、あやめの瞳が爛爛と光る。
「そうでございましょう? 昨日は昆布と鰹節でだしを取りましたが、今日は煮干しでとったのです。冷たい状態から熱を加えることで、魚本来の良さが引き立ちます……それに、煮て乾燥させたものと、焼いて乾燥させた『焼干し』でも、これまた風味が変わりまして……! 山や都……水の種類でも大きな違いがございますし」
わあっとまくしたて後、彼女ははっとした。
「ごめんなさい、喋り過ぎました……雅でもなんでもございませんわね……お許しを……」
すると、鬼童丸がカラカラと笑った。
「いいや、お前は本当に料理が好きなんだなって思って感心したよ。好きなものがあるのは良いことだな」
「え? ああ、ありがとうございます……」
ふと、あやめの顔が翳る。
「屋敷に仕える使用人たちの中には、『いくら貧乏とはいえ、姫なのに料理をするのか? 台盤所に立つなんて』と嫌がる者も多かったのです……適齢期が来ても誰も殿方が尋ねて来ないのは、貧乏だけが理由ではない、姫が変わっているからだと、影で話しているのも耳にしたことがございます……」
大きな掌があやめの頭を猫でも撫でるかのように、柔らかく撫でてきた。
「陰口叩く奴は、どこにいてもいるもんだな……お前が気にすることでもないさ。鬼の俺が人間のことを言ってもどうしようもないかもしれないがな……」
「そんなことはございません。八瀬童子さんにも言いましたが、人の心の方が鬼よりも恐ろしいことだってあって……」
鬼童丸がふっと淡く微笑んだ。
いつもは太陽の炎のように猛々しいと思うのに、どうしてだか時折儚い月のような印象を受けることがあるのはなぜだろうか。
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