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第4話 姫、鬼と懐かしむ――八瀬童子

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 主従の間に、あやめが割って入る。

「ご飯は誰かに強制して食べさせるものではありません、鬼童丸さん!」

「なんで、あやめは俺ばっかり叱ってくるんだよ!」

 そうして、彼女は少年に向かいなおした。

「甘くてほくほくして美味しいですよ」

「お前なんかに釣られないぞ……どうせ毒でも入ってるんだろう?」

「いいえ、毒など入れてはいません。私は貴方のことが心配なのです」

 八瀬童子が怪訝な表情を浮かべる。

「心配? 初対面の相手なのに?」

「ええ」

「――油断させるための罠なんだろう?」

「いいえ。八瀬童子さんのお母様、人間に対して友好的な鬼だったとうかがっています。何日も食べていなかったのに急に食べると、心の臓に負担がかかりますから……少しずつ、どうぞ」

 あやめの労わる様な視線に、八瀬童子はうっと言葉に詰まる。
 そうして――。

「頭領、貸してもらえますか?」

 八瀬童子は鬼童丸から椀を受け取ると、縁に口をつけ、ずずずとそのまま飲み始めた。

「甘くて、あったかくて、とろとろして……昔、母様と一緒に人間に分けてもらった食べ物に似てる……」

 少年の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ始めた。

「母様は本当に優しい人だったんだ。生まれながらの鬼だったけれど、人間に対してだって優しくって……すごくお人好しだから、周りの鬼達にも心配されるぐらい……」

 あやめは黙って話を聞いた。

「そうしたら、僕の顔がたまたま東宮に似てる、だから助けてほしいっていう理由で、人間に協力することになったんだ。周囲は反対したけれど、母様と僕は、馬鹿みたいに人間を信じてさ」

 彼は続ける。

「結局、顔が似ているからって『東宮のフリをして金を回収する』そんな仕事をさせられたよ……そう、人間たちの金稼ぎに利用されただけだったんだ。そうして、それに気づいた人間の役人に捕まって、鬼だって気づかれて、そのまま調伏されたんだ……本当に、しょうもない話だよ……」

 しょうもないと言って、八瀬童子は寂しげに笑った。
 彼が手を握ると、椀からギシリと音が鳴る。

「僕が――僕のせいで……僕がいたから……」

「八瀬童子さんのせいではありません。それに、理由だって、しょうもなくなんかありません」

「え?」



「人は、時に鬼よりも恐ろしい行いを致します。集合した人の怨念は鬼なんかよりもよほど、おぞましくおそろしいものです……」



 過去に想いを馳せたあやめの瞳が揺れ動く。


「必ずしも人が善で鬼が悪だとは思わない……よほど人の方が鬼のようだと思うことがあります……ごめんなさい。まとまりがなくて……」


 八瀬童子は彼女を黙って見ていた。


「本当に申し訳ありません……怖い目に合わせて、本当にごめんなさい」

「どうして君が謝るのさ、君はあの人間達じゃないのに……」

 そうして、しばらく時間が経つ。


「鬼も人も、個人で違うということ?」


 八瀬童子がぽつぽつと口を開いた。
 それに対して、あやめは答えずに黙って過ごす。
 
「なんだか、母様の味を思い出したや……ありがとう。あと、そうだ――」

 そうして、彼は頬を朱に染めながら告げてくる。

「お前みたいなお人好し、母様みたいに誰かに利用されて終わるんだから――だから、鬼童丸様がどこかにいかないといけないときは、俺がお前を護ってやるよ!」

「え? あ、ありがとうございます」

 困惑するあやめのことを、鬼童丸がそっと抱き寄せる。

「鬼童丸様?」

 彼がやや不機嫌そうだ。

「八瀬の奴は元気になった――俺たちは屋敷に帰るぞ」

 そうして――転移の術を行使して屋敷に帰り、鬼童丸は妻の芋がゆをしばらく堪能したのだった。


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