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5.王子のいない秋学期
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秋学期が始まり、フォンテーヌ寄宿学校の廊下では、制服姿の生徒達がそれぞれの次の授業へ向かうため、あちこちで交差して賑わっている。
「スカーレット!」
教室から出てきたベンジーが、近くの別の教室から出てきたスカーレットに向かって手を振りながら大きな声で声を掛ける。だがその様子を目撃した女子達は騒ついた。
「え? 何でスカーレット?」
「まぁた、あの子なのぉ!?」
「ヴィリーもベンジーもって、どんだけパパにお願いしてお金積んだのよ、あいつ」
最後のセリフで女子達は顔を見合わせ、意地悪く笑った。
その様子を見ていて愕然としたのはヴィルヘルム王子だった。
「何だ? 今のは?」
サラは呆れ顔をしてヴィルヘルム王子の頬を人差し指でグッと突いた。
「バカねぇ。ヴィルヘルムは今まで全然気づかなかったの? あなたと婚約しているスカーレットは女子の妬みの的よ」
ヴィルヘルム王子は鬱陶しそうにサラの指を手で除ける。
「婚約って……婚約したのは十四の時でここに来る前の話だ。ここの生徒の中から選んだわけじゃないんだし、妬むっていっても……」
「そうは言っても、スカーレットがあなたの婚約者って皆んなにわかってからは妬まれてるのよ」
「何だよそれ……」
いつからスカーレットは自分を避ける様になったか。そんな風に思い悩んでいた。でも確かに、廊下でスカーレットに声を掛けても、気まずそうに会釈だけされ、そそくさと消えてしまうようになったのは、思い返せばここに入学して暫く経ってからだ。最初のうちは、スカーレットは幼いときの様に可愛らしい笑顔で反応してくれ、頭を撫でれば喜んでくれていた。
「いつだ……明確にはいつからだ……」
「ヴィルヘルムが地下室の人気者達限定のパーティーに出入りする様になってからじゃない?」
サラの言葉に腑に落ち、ヴィルヘルムは大きな溜息をついた。
「あそこは……学校で一目置かれるメンバーが集まる場所で、つまり将来的にも有力者になる可能性がある奴の出入りが多いんだ。いずれ俺は王宮を出る身だから、今後の事を考えて人脈作りに参加していただけで、スカーレット以外の女子に手を出したことや、いかがわしい事をした事はない。するつもりなんてないから、誘われたらちゃんと婚約者がいるって言って断ってた。まあ、酒と煙草はしてたけど」
「断られた女子達が余計にスカーレットに焼いたのね。あとね、酒と煙草もやめなさい」
「煙草はヤマトみたいになりたくて……」
「大和って……あの子の悪いとこなんてマネないで、かっこいいところだけ真似しなさいよ。この中二病が」
「ちょっと待て、サラ、お前ヤマト知ってんのか?」
二人は目を合わせたまま、沈黙が流れる……。
「殿下? サラ様?」
スカーレットの声がして二人は我に返り、彼女の方へ視線を向ける。既に廊下にはスカーレット以外誰もいなくなっていた。
「ベンジャミン様が、学校が終わったら私の部屋まで来るそうです。ウィッシングストーンの計画を練ろうとの事でした」
「ああ、さっき声を掛けてきたのはその事だったのか」
「当たり前じゃないですか」
「それで、皆もういないけど、スカーレットは授業に行かなくて大丈夫なのか?」
スカーレットは少し気まずそうな顔をして間を置いてから、口を開いた。
「私は……この時間は授業を入れずに、皆より先に昼食を頂いているんです」
「そうか、だからいつも食堂を探しても見つけられなかったのか」
「いつも私を探していたのですか?」
「ああ、探していた。授業が被らない限り、スカーレットに会えるのは昼食か直接部屋に行くかしかないから」
スカーレットは頬を赤く染めて俯いている。サラは二人の雰囲気に気が付き、すかさず声を上げた。
「浮遊霊はちょっと浮遊してくるわねぇ~」
そしてサラはそのままふわふわとどこかに飛んで行った。
「ヴィルヘルム王子殿下、私今日はサンドイッチを作って来たので、外で食べながらお話しませんか?」
「ああ、いいな。俺は食べれないけど」
二人はクスっと笑いながら中庭の静かな場所にあるベンチに向かって歩き、そこに座った。
「殿下が好きな具で作って来たのですが……」
「それは食べたいな」
「え?」
スカーレットが手に持つサンドイッチを二人でじーっと眺め、しばらく考えた。
「うん、今は我慢する。だから、スカーレットが全部食べて」
「はい、そうですよね」
そう言ってスカーレットはパクリとサンドイッチを食べた。小柄なスカーレットがサンドイッチを頬張ると、小動物の様に頬が少し膨らみ、両手でちょこんとサンドイッチを持つ姿はリスの様だった。
(きゅんっ……)
ヴィルヘルム王子は女子のような言葉を心の中で弾けさせた。
ヴィルヘルム王子はスカーレットが食べる姿を嬉しそうに眺めながら、彼女が食べ終わるのを待った。
スカーレットは王子が待っている事に焦って、結局全部は食べず、途中で食べ終えて口をハンカチで拭いた。
「お、お待たせいたしました」
「いや、食べる姿をもっと見ていたかった」
「いえいえ、そんなお恥ずかしい……」
ヴィルヘルム王子はスカーレットを見つめながら、こうやって毎日一人で昼食を食べていたのかと思うと胸が締め付けられていた。
「今まで気が付かなくて本当にごめん……」
急に謝るヴィルヘルム王子に、スカーレットは戸惑う。
「え? いえ、謝らないでください。私が殿下に気が付かせないようにしていたんです。だから、気が付いていなかったのなら、むしろ良かったですよ」
「気が付かせないようにしていた?」
スカーレットは困り顔をして視線を逸らした。
「ええ、そうです。知られたくなかったんです。成長と共に殿下はどんどん素敵な男性になっていくのに、婚約者の私はこんなにも惨めな姿で、不釣合いな自分を見せたくなかったんです……」
「惨め? 不釣合い? その基準は何だ? 俺にはスカーレットの全てが可愛い過ぎて胸が締め付けられて困るくらいなのに。さっきだって、危うく胸がキュッとし過ぎて本当に死ぬとこだった!」
ドヤ顔で語り尽くすヴィルヘルム王子を見て、スカーレットはそれ以上声が出せなかった。その代わり、ヴィルヘルム王子に向けて精一杯微笑んだ。
その顔を見てヴィルヘルム王子の顔は真っ赤になる。
「くそっ……なんて顔すんだよ……」
スカーレットの今にも崩れてしまいそうな儚い笑顔に、ヴィルヘルム王子はこの手でスカーレットを抱きしめたくて仕方なかった。
「ごめん……スカーレットを守りたいのに、肝心な時にいつも俺は守れない……」
ヴィルヘルム王子は無駄だとわかっていながらも手を伸ばし、スカーレットを抱きしめようとしてみる。だがやはり自分の腕は彼女をすり抜けて、結局自分の胸元まで返ってきた。
悔しくて、スカーレットには見られないように俯きながら唇を噛む。
すると、スカーレットがヴィルヘルム王子の俯いた顔を覗き込んできた。
「殿下、殿下の腕の中はとても温かかったです」
「え?」
スカーレットは今度は儚い笑顔ではなく、頬を赤くして嬉しそうに微笑んでくれていた。
「感触はなくとも、殿下の腕に包み込まれた気がしました。とても……元気になりましたよ」
やはりスカーレットはめちゃくちゃ可愛い。ヴィルヘルム王子の中では彼女以上に美人で可愛い女性はいない。
「くっそ、めっちゃキスしたい……」
思わず心の声がポロリと漏れた。
スカーレットは最初はきょとんとしたが、すぐに照れながらふふっと笑ってくれた。
「じゃあ、早く戻らないといけませんね」
「へっ! 戻ったらキスしていいの!?」
「んー……それはまたその時に決めましょう」
「くぅーうっ」
ヴィルヘルム王子はうずくまって悶えていた。
♢
夕方、またもやスカーレットの部屋で作戦会議をしている四人がいる。だが、秋学期が始まってしまったため、どんなに頑張っても魔鉱山まで行ける日程が無く、一向に話は進まない。
「どうするよ~。てかサラちゃんさあ、ヴィリーの肉体ってあとどれくらい持つの?」
ベンジーはすでにサラをサラちゃん呼びである。
「そうねえ……王宮の医師が管理してくれてるなら、三ヶ月くらいはいけるんじゃない?」
「三ヶ月って……三か月後に秋学期がやっと終わるよ、サラちゃん」
スカーレットは意を決する。
「こうなったら私が学校を休んで行ってきます!!」
これにはベンジーが鼻で笑った。
「はっ? スカーレット、なんて言って休むんだよ。親にも連絡が行くだろ?」
「もちろん、この際本当の事を言いますっ!」
「ヴィルヘルム王子の魂が彷徨っているので、領地のウィッシングストーンにお願いしに行くって? 頭おかしいと思われるだけだろ、それ」
ベンジーの突っ込みは鋭く的確であった。スカーレットはしゅんとして肩を落とした。ベンジーは部屋の時計に目をやるとすでに消灯時間間際となっていた。
「あ、いけねっ。もう女子寮出なきゃ」
「まあ本当ですね。ベンジャミン様、本日も相談に乗ってくださりありがとうございました」
「いや、ヴィリーの事は俺も一緒に考えたいし。あ、いつも美味しいお茶を淹れてくれてありがとう」
「いえいえ、お口に合えば幸いです」
「バッチリだよ」
ベンジーは席を立つ際スカーレットから手を離したので、ヴィルヘルム王子の姿は視えなくなっていた。ヴィルヘルム王子は、段々と距離が近くなっていく二人に少し嫉妬のような感情が芽生えており、間違いが起こらないようにと眉を顰めて二人の様子を注視していた。
ベンジーには肉体があり、簡単にスカーレットに触れる事が出来る。今も彼女の肩をぽんぽんと叩き、労いの言葉を掛けている。それらはすべて自分が彼女にしたいことだ。
ベンジーが部屋のドアノブに手を掛け、扉を開けた。スカーレットはベンジーを見送りに一緒にドアまで行き、開かれた扉からキョロキョロと廊下を見て誰もいない事を確認する。
「あ、スカーレット、俺、別に手伝ってるつもりじゃなくて、本当にヴィリーのために自分が動きたいんだ。あいついないとさ……学校がつまらないんだよ。あいつが入学してきてから、俺本当に楽しいんだ。また早く一緒に馬鹿なことしたいんだ」
スカーレットは、寂しそうな笑顔を見せながら本音を漏らしたベンジーに、思わず優しく微笑んだ。その柔和な笑顔にベンジーは一瞬ドキッとしてしまう。
「ベンジャミン様、そういった事はぜひ直接お伝えください」
スカーレットはベンジーの手を両手で包み込むように握り、ヴィルヘルム王子を視えるようにしてあげた。
「お、おお、そんな近くにいたのか。ま、そういう事だから……」
「色々ありがとうな、ベンジー。俺もお前がいるから学校が楽しいよ」
「何だよ照れんな」
ベンジーは思わずヴィリーの肩を叩こうとしたが、スカッとすり抜けて隣に立つスカーレットの背中にあたる。スカーレットとは片手を繋いでいるので、もう片方の手が背中に触れていたら、傍から見たら抱き寄せているようにも見える。
ベンジーはさすがにこの体勢には驚いてパッと両手を離した。
「ごめん、わざとじゃないんだ」
「ええ、わかっています。お気になさらないでください」
「ああ、じゃあ、また明日学校で」
「ええ、おやすみなさい」
ベンジーは手を振って男子寮へと帰って行った。スカーレットも扉を閉めて鍵をカチャっと掛ける。
廊下は無音となり、妙な静けさに返っていた。
消灯時間は近いが、まだ越えていない中でこの静けさは逆に不自然であるはずだが、スカーレットも、ベンジーも、ヴィルヘルム王子も気が付いていなかった。
廊下の壁には一定間隔に窪みがあり、そこにしゃがんで隠れていた女子生徒二人が、女子寮から去ったベンジーを確認しながら出て来た。近くの扉もいくつか順々に開いて、部屋から女子生徒が何人か出てきた。
「ねえ……見た?」
「見た……見た見た見た!!」
「えー! 見たかったあー! 慌てて部屋に隠れないで窪みの方に隠れたらよかったぁ!!」
「スカーレットの方からベンジーの手を握ってたわよね?」
「うんうん」
「しかも、ベンジーも満更じゃない照れた顔で喋ってたかと思えば、スカーレットを抱き寄せたわよね?」
「うんうんうん!!」
「きゃーっ!! イヤー!!」
女子達は円になってお喋りをしており、興奮やら絶望やらで悲喜こもごもの顔を更に皆で近づけた。
「スカーレットってさあ……」
「やっぱり王子とベンジーの二人を手玉に取ってる? あんな見た目と性格でどうやったの??」
「あーっ、わかった、脱いだら凄いとか」
「うわー、そっちで落としたかあ」
女子生徒達の妄想は止まらぬまま、廊下は消灯時間を過ぎても白熱していた。
「スカーレット!」
教室から出てきたベンジーが、近くの別の教室から出てきたスカーレットに向かって手を振りながら大きな声で声を掛ける。だがその様子を目撃した女子達は騒ついた。
「え? 何でスカーレット?」
「まぁた、あの子なのぉ!?」
「ヴィリーもベンジーもって、どんだけパパにお願いしてお金積んだのよ、あいつ」
最後のセリフで女子達は顔を見合わせ、意地悪く笑った。
その様子を見ていて愕然としたのはヴィルヘルム王子だった。
「何だ? 今のは?」
サラは呆れ顔をしてヴィルヘルム王子の頬を人差し指でグッと突いた。
「バカねぇ。ヴィルヘルムは今まで全然気づかなかったの? あなたと婚約しているスカーレットは女子の妬みの的よ」
ヴィルヘルム王子は鬱陶しそうにサラの指を手で除ける。
「婚約って……婚約したのは十四の時でここに来る前の話だ。ここの生徒の中から選んだわけじゃないんだし、妬むっていっても……」
「そうは言っても、スカーレットがあなたの婚約者って皆んなにわかってからは妬まれてるのよ」
「何だよそれ……」
いつからスカーレットは自分を避ける様になったか。そんな風に思い悩んでいた。でも確かに、廊下でスカーレットに声を掛けても、気まずそうに会釈だけされ、そそくさと消えてしまうようになったのは、思い返せばここに入学して暫く経ってからだ。最初のうちは、スカーレットは幼いときの様に可愛らしい笑顔で反応してくれ、頭を撫でれば喜んでくれていた。
「いつだ……明確にはいつからだ……」
「ヴィルヘルムが地下室の人気者達限定のパーティーに出入りする様になってからじゃない?」
サラの言葉に腑に落ち、ヴィルヘルムは大きな溜息をついた。
「あそこは……学校で一目置かれるメンバーが集まる場所で、つまり将来的にも有力者になる可能性がある奴の出入りが多いんだ。いずれ俺は王宮を出る身だから、今後の事を考えて人脈作りに参加していただけで、スカーレット以外の女子に手を出したことや、いかがわしい事をした事はない。するつもりなんてないから、誘われたらちゃんと婚約者がいるって言って断ってた。まあ、酒と煙草はしてたけど」
「断られた女子達が余計にスカーレットに焼いたのね。あとね、酒と煙草もやめなさい」
「煙草はヤマトみたいになりたくて……」
「大和って……あの子の悪いとこなんてマネないで、かっこいいところだけ真似しなさいよ。この中二病が」
「ちょっと待て、サラ、お前ヤマト知ってんのか?」
二人は目を合わせたまま、沈黙が流れる……。
「殿下? サラ様?」
スカーレットの声がして二人は我に返り、彼女の方へ視線を向ける。既に廊下にはスカーレット以外誰もいなくなっていた。
「ベンジャミン様が、学校が終わったら私の部屋まで来るそうです。ウィッシングストーンの計画を練ろうとの事でした」
「ああ、さっき声を掛けてきたのはその事だったのか」
「当たり前じゃないですか」
「それで、皆もういないけど、スカーレットは授業に行かなくて大丈夫なのか?」
スカーレットは少し気まずそうな顔をして間を置いてから、口を開いた。
「私は……この時間は授業を入れずに、皆より先に昼食を頂いているんです」
「そうか、だからいつも食堂を探しても見つけられなかったのか」
「いつも私を探していたのですか?」
「ああ、探していた。授業が被らない限り、スカーレットに会えるのは昼食か直接部屋に行くかしかないから」
スカーレットは頬を赤く染めて俯いている。サラは二人の雰囲気に気が付き、すかさず声を上げた。
「浮遊霊はちょっと浮遊してくるわねぇ~」
そしてサラはそのままふわふわとどこかに飛んで行った。
「ヴィルヘルム王子殿下、私今日はサンドイッチを作って来たので、外で食べながらお話しませんか?」
「ああ、いいな。俺は食べれないけど」
二人はクスっと笑いながら中庭の静かな場所にあるベンチに向かって歩き、そこに座った。
「殿下が好きな具で作って来たのですが……」
「それは食べたいな」
「え?」
スカーレットが手に持つサンドイッチを二人でじーっと眺め、しばらく考えた。
「うん、今は我慢する。だから、スカーレットが全部食べて」
「はい、そうですよね」
そう言ってスカーレットはパクリとサンドイッチを食べた。小柄なスカーレットがサンドイッチを頬張ると、小動物の様に頬が少し膨らみ、両手でちょこんとサンドイッチを持つ姿はリスの様だった。
(きゅんっ……)
ヴィルヘルム王子は女子のような言葉を心の中で弾けさせた。
ヴィルヘルム王子はスカーレットが食べる姿を嬉しそうに眺めながら、彼女が食べ終わるのを待った。
スカーレットは王子が待っている事に焦って、結局全部は食べず、途中で食べ終えて口をハンカチで拭いた。
「お、お待たせいたしました」
「いや、食べる姿をもっと見ていたかった」
「いえいえ、そんなお恥ずかしい……」
ヴィルヘルム王子はスカーレットを見つめながら、こうやって毎日一人で昼食を食べていたのかと思うと胸が締め付けられていた。
「今まで気が付かなくて本当にごめん……」
急に謝るヴィルヘルム王子に、スカーレットは戸惑う。
「え? いえ、謝らないでください。私が殿下に気が付かせないようにしていたんです。だから、気が付いていなかったのなら、むしろ良かったですよ」
「気が付かせないようにしていた?」
スカーレットは困り顔をして視線を逸らした。
「ええ、そうです。知られたくなかったんです。成長と共に殿下はどんどん素敵な男性になっていくのに、婚約者の私はこんなにも惨めな姿で、不釣合いな自分を見せたくなかったんです……」
「惨め? 不釣合い? その基準は何だ? 俺にはスカーレットの全てが可愛い過ぎて胸が締め付けられて困るくらいなのに。さっきだって、危うく胸がキュッとし過ぎて本当に死ぬとこだった!」
ドヤ顔で語り尽くすヴィルヘルム王子を見て、スカーレットはそれ以上声が出せなかった。その代わり、ヴィルヘルム王子に向けて精一杯微笑んだ。
その顔を見てヴィルヘルム王子の顔は真っ赤になる。
「くそっ……なんて顔すんだよ……」
スカーレットの今にも崩れてしまいそうな儚い笑顔に、ヴィルヘルム王子はこの手でスカーレットを抱きしめたくて仕方なかった。
「ごめん……スカーレットを守りたいのに、肝心な時にいつも俺は守れない……」
ヴィルヘルム王子は無駄だとわかっていながらも手を伸ばし、スカーレットを抱きしめようとしてみる。だがやはり自分の腕は彼女をすり抜けて、結局自分の胸元まで返ってきた。
悔しくて、スカーレットには見られないように俯きながら唇を噛む。
すると、スカーレットがヴィルヘルム王子の俯いた顔を覗き込んできた。
「殿下、殿下の腕の中はとても温かかったです」
「え?」
スカーレットは今度は儚い笑顔ではなく、頬を赤くして嬉しそうに微笑んでくれていた。
「感触はなくとも、殿下の腕に包み込まれた気がしました。とても……元気になりましたよ」
やはりスカーレットはめちゃくちゃ可愛い。ヴィルヘルム王子の中では彼女以上に美人で可愛い女性はいない。
「くっそ、めっちゃキスしたい……」
思わず心の声がポロリと漏れた。
スカーレットは最初はきょとんとしたが、すぐに照れながらふふっと笑ってくれた。
「じゃあ、早く戻らないといけませんね」
「へっ! 戻ったらキスしていいの!?」
「んー……それはまたその時に決めましょう」
「くぅーうっ」
ヴィルヘルム王子はうずくまって悶えていた。
♢
夕方、またもやスカーレットの部屋で作戦会議をしている四人がいる。だが、秋学期が始まってしまったため、どんなに頑張っても魔鉱山まで行ける日程が無く、一向に話は進まない。
「どうするよ~。てかサラちゃんさあ、ヴィリーの肉体ってあとどれくらい持つの?」
ベンジーはすでにサラをサラちゃん呼びである。
「そうねえ……王宮の医師が管理してくれてるなら、三ヶ月くらいはいけるんじゃない?」
「三ヶ月って……三か月後に秋学期がやっと終わるよ、サラちゃん」
スカーレットは意を決する。
「こうなったら私が学校を休んで行ってきます!!」
これにはベンジーが鼻で笑った。
「はっ? スカーレット、なんて言って休むんだよ。親にも連絡が行くだろ?」
「もちろん、この際本当の事を言いますっ!」
「ヴィルヘルム王子の魂が彷徨っているので、領地のウィッシングストーンにお願いしに行くって? 頭おかしいと思われるだけだろ、それ」
ベンジーの突っ込みは鋭く的確であった。スカーレットはしゅんとして肩を落とした。ベンジーは部屋の時計に目をやるとすでに消灯時間間際となっていた。
「あ、いけねっ。もう女子寮出なきゃ」
「まあ本当ですね。ベンジャミン様、本日も相談に乗ってくださりありがとうございました」
「いや、ヴィリーの事は俺も一緒に考えたいし。あ、いつも美味しいお茶を淹れてくれてありがとう」
「いえいえ、お口に合えば幸いです」
「バッチリだよ」
ベンジーは席を立つ際スカーレットから手を離したので、ヴィルヘルム王子の姿は視えなくなっていた。ヴィルヘルム王子は、段々と距離が近くなっていく二人に少し嫉妬のような感情が芽生えており、間違いが起こらないようにと眉を顰めて二人の様子を注視していた。
ベンジーには肉体があり、簡単にスカーレットに触れる事が出来る。今も彼女の肩をぽんぽんと叩き、労いの言葉を掛けている。それらはすべて自分が彼女にしたいことだ。
ベンジーが部屋のドアノブに手を掛け、扉を開けた。スカーレットはベンジーを見送りに一緒にドアまで行き、開かれた扉からキョロキョロと廊下を見て誰もいない事を確認する。
「あ、スカーレット、俺、別に手伝ってるつもりじゃなくて、本当にヴィリーのために自分が動きたいんだ。あいついないとさ……学校がつまらないんだよ。あいつが入学してきてから、俺本当に楽しいんだ。また早く一緒に馬鹿なことしたいんだ」
スカーレットは、寂しそうな笑顔を見せながら本音を漏らしたベンジーに、思わず優しく微笑んだ。その柔和な笑顔にベンジーは一瞬ドキッとしてしまう。
「ベンジャミン様、そういった事はぜひ直接お伝えください」
スカーレットはベンジーの手を両手で包み込むように握り、ヴィルヘルム王子を視えるようにしてあげた。
「お、おお、そんな近くにいたのか。ま、そういう事だから……」
「色々ありがとうな、ベンジー。俺もお前がいるから学校が楽しいよ」
「何だよ照れんな」
ベンジーは思わずヴィリーの肩を叩こうとしたが、スカッとすり抜けて隣に立つスカーレットの背中にあたる。スカーレットとは片手を繋いでいるので、もう片方の手が背中に触れていたら、傍から見たら抱き寄せているようにも見える。
ベンジーはさすがにこの体勢には驚いてパッと両手を離した。
「ごめん、わざとじゃないんだ」
「ええ、わかっています。お気になさらないでください」
「ああ、じゃあ、また明日学校で」
「ええ、おやすみなさい」
ベンジーは手を振って男子寮へと帰って行った。スカーレットも扉を閉めて鍵をカチャっと掛ける。
廊下は無音となり、妙な静けさに返っていた。
消灯時間は近いが、まだ越えていない中でこの静けさは逆に不自然であるはずだが、スカーレットも、ベンジーも、ヴィルヘルム王子も気が付いていなかった。
廊下の壁には一定間隔に窪みがあり、そこにしゃがんで隠れていた女子生徒二人が、女子寮から去ったベンジーを確認しながら出て来た。近くの扉もいくつか順々に開いて、部屋から女子生徒が何人か出てきた。
「ねえ……見た?」
「見た……見た見た見た!!」
「えー! 見たかったあー! 慌てて部屋に隠れないで窪みの方に隠れたらよかったぁ!!」
「スカーレットの方からベンジーの手を握ってたわよね?」
「うんうん」
「しかも、ベンジーも満更じゃない照れた顔で喋ってたかと思えば、スカーレットを抱き寄せたわよね?」
「うんうんうん!!」
「きゃーっ!! イヤー!!」
女子達は円になってお喋りをしており、興奮やら絶望やらで悲喜こもごもの顔を更に皆で近づけた。
「スカーレットってさあ……」
「やっぱり王子とベンジーの二人を手玉に取ってる? あんな見た目と性格でどうやったの??」
「あーっ、わかった、脱いだら凄いとか」
「うわー、そっちで落としたかあ」
女子生徒達の妄想は止まらぬまま、廊下は消灯時間を過ぎても白熱していた。
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