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生き方

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 ちょっとしたダルクの冗談も、互いに気を許し合える仲だという証拠なのかもしれない。
 出会った当初の少しお堅い彼のイメージが崩れつつあった。
 そのままダルクは冨岡を連れて、ローズの自室に向かう。

「そういえば、今ローズは勉強の時間ですよね? 部屋に邪魔しても大丈夫なんですか?」

 豪華な廊下を歩きながら冨岡が問いかけると、ダルクは自分の顎に触れ、考えてから頷いた。

「ええ、問題ございませんよ。トミオカ様がお越しになられていることを後から伝えれば、食器が宙を舞うほどですからね。伝えないことに比べれば、勉強を中断するくらい」

 怒ったローズが食器を投げる。恐ろしいのは容易に想像できることだった。

「大変ですね、ダルクさんも」
「最盛期に比べれば随分とマシな方ですよ。それに・・・・・・何よりも素直に感情を吐き出してくださるようになった。覆い隠したような取り繕う不機嫌ではなく、本心から望みを。これは従者として喜ばしいことです。お仕えしがいがあるというものですよ」
「それは良かった。にしても、ダルクさんは心根から執事なんですね」
「月並みな言葉かもしれませんが、私たち執事は『執事』という仕事を選ぶのではない。『執事』という生き方を選ぶのです」

 そう話すダルクはどこか誇らしげである。
 確かにどこかで聞いたことのあるセリフだ。しかし、その言葉に相応しい人生を過ごし、言葉通りの人格を備えているとなれば、重みは違う。
 
「仕事じゃなく生き方ですか」
「トミオカ様もそうでしょう?」
「え?」
「仕事ではなく生き方として、学園を作り子どもたちの未来を照らしたい。これは大切な認識です。仕事ではないと言っても、人間は利益を求めるもの。けれど生き方として決めたことならば、それを行うこと自体が喜びであり、利益なのです。私がこの公爵家に仕え、守ること自体に利益を感じているように」

 言われればどこか納得できてしまう。
 冨岡が学園作りにこだわるのは祖父、源次郎の遺言だからだけではない。アメリアやフィーネたちが喜んでくれる顔を見続け、芽生えてきた気持ち。それはこの活動を通じて、自分自身が幸せな気持ちになっていること。
 行うこと自体が利益。確かにその通りだった。

「やっぱりダルクさんの言葉には説得力がありますね」
「ほほっ、無駄に長く生きているだけですよ。歳を取れば、それらしいことを言うなんて容易なものです。老いたものの処世術とでも言うのでしょうか」
「まだまだ老いたなんて言葉、似合いませんよ」

 ちょうどその話が終わったところでダルクは足を止める。
 そのまま一番近くの扉を優しく叩いた。

「ローズお嬢様、ダルクでございます。少々よろしいでしょうか」
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