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番外編~レアンドル⑦
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この前の事を謝り、帰国してからこれまで世話になった礼を…と言った私に、テオはこれまでにないほどに荒々しいものを露わにした。彼は穏やかで感情的になる事がないが、今は怒りを必死に抑えようとしているように見えた。彼がここまで感情を荒らしているのは自分のせいなのだと思うと心が痛かった。
「…私には、婚約者がいました」
「…え?」
いきなり何だと思ったけれど、テオは目を閉じたまま何かに耐えているように見えて、何も言えなかった。
「子供の頃の私は母親似で、美少年と言われた事もありました」
それからテオは、婚約者の事を記憶の底から掘り起こすかのように話した。彼には幼馴染の婚約者がいて、とても仲が良かったと言う。将来を誓い合い、彼もそのつもりで語学や商売についても親や祖父から学んだという。
その関係が破綻したのは、彼が思春期を過ぎてからだった。子供の頃は母親に似て可愛らしいと言われる外見だったが、次第に厳つい父親のそれに近づいて行ったのだ。彼は女のような外見にコンプレックスを持っていて、尊敬する父に似る事を好ましく思っていた。
だが…婚約者はそうではなかった。日に日に愛らしさを失っていく彼に、次第に素っ気なくなっていった。彼が学園を卒業後、修行のためにと他国に行商に出ている間に、それは起こった。
婚約者が一方的に婚約を解消して、伯爵家の令息と結婚してしまったのだ。
その報を聞いた彼は慌てて帰国したが、彼女は益々厳めしくなった彼をあからさまに嫌悪した。結局、嫁ぎ先の家格が上だったのもあり、彼とその家族は泣き寝入りするしかなかったと言う。
しかもその後に、彼女が実弟に言い寄っていた事が判明した。彼とは逆に子供の頃は父に似ていた彼は、成長と共に母親に似て、美少年と呼ばれる姿に成長していたのだ。彼女の夫も見目はよく、彼女は要するに見た目しか見ず、テオの彼女のための努力を見ようともしなかったのだ。
「あれから私は…女性に嫌悪感しか持てなくなりました」
そう言った彼はまだ目を閉じたままだったが…彼の気持ちは私にも通じるものがあった。私もまた家門と見た目のせいで、幼い頃から令嬢達に追い回されてきたからだ。その為、女性を前にすると言い表せないプレッシャーを感じていたし、それをさらに悪化させたのはあのアドリエンヌ王女だった。彼女の愚かしいほどの執着のせいで、女性には嫌悪感が先に立つようになってしまったのだ。
(…もしかして…テオも、同じなのか…)
都合のいい期待がじわじわとこみ上げてくるのを、必死に抑え込んだ。世の中、そんな都合のいい話がおいそれとある筈がないのだから…
「ソフィ、いえ、レアンドル様」
ゆっくりと目を開けたテオが、じっと私を見下ろした。どんな表情をしていいのかと思いながらも、彼から目が離せない。
「帰国なさると仰るのであれば、全力でお力になりましょう。お屋敷まで無事にお戻りになられるよう、尽力いたします」
力強くそう約束してくれるテオに、何だか泣きそうになった。本音を言えば帰りたくなどない。今この瞬間も、友人としてでもいいから側にいたいと強く願っているのだから。
「ですから、私の戯言だとお聞き流しください。レアンドル様……お慕い申し上げております」
決して通りがいい声ではないのに、それはやけに明瞭に聞こえたような気がした。
「…テオ…私も、だ…」
最後の声は掠れて自分でも聞きとれないほどだったけれど…目の前の彼は目を大きく見開いて、信じられないと全身で表現しながら立ち尽くしていた。その様子に思わず笑みが浮かんでしまった。ああ、彼はなんて真っすぐで揺るぎないのだろう。思わず両手を伸ばすと、彼は暫く戸惑っているようだったが、そっと私を抱きしめた。彼の耳が真っ赤になっていて、一層心が満たされた気がした。
それからの私達の関係は、ゆっくりと進んでいった。男同士だから何が正解なのかわからないのもあるかもしれない。それでも、これまで感じた事のない多幸感と安心感に満たされていた。この関係を周りはどう思うだろうか…
(いっそこのままソフィアとして、この国で二人だけで暮らしていけたら…)
セレスティーヌ様から思いがけない提案があったのは、そんな風に思っている時だった。
「…私には、婚約者がいました」
「…え?」
いきなり何だと思ったけれど、テオは目を閉じたまま何かに耐えているように見えて、何も言えなかった。
「子供の頃の私は母親似で、美少年と言われた事もありました」
それからテオは、婚約者の事を記憶の底から掘り起こすかのように話した。彼には幼馴染の婚約者がいて、とても仲が良かったと言う。将来を誓い合い、彼もそのつもりで語学や商売についても親や祖父から学んだという。
その関係が破綻したのは、彼が思春期を過ぎてからだった。子供の頃は母親に似て可愛らしいと言われる外見だったが、次第に厳つい父親のそれに近づいて行ったのだ。彼は女のような外見にコンプレックスを持っていて、尊敬する父に似る事を好ましく思っていた。
だが…婚約者はそうではなかった。日に日に愛らしさを失っていく彼に、次第に素っ気なくなっていった。彼が学園を卒業後、修行のためにと他国に行商に出ている間に、それは起こった。
婚約者が一方的に婚約を解消して、伯爵家の令息と結婚してしまったのだ。
その報を聞いた彼は慌てて帰国したが、彼女は益々厳めしくなった彼をあからさまに嫌悪した。結局、嫁ぎ先の家格が上だったのもあり、彼とその家族は泣き寝入りするしかなかったと言う。
しかもその後に、彼女が実弟に言い寄っていた事が判明した。彼とは逆に子供の頃は父に似ていた彼は、成長と共に母親に似て、美少年と呼ばれる姿に成長していたのだ。彼女の夫も見目はよく、彼女は要するに見た目しか見ず、テオの彼女のための努力を見ようともしなかったのだ。
「あれから私は…女性に嫌悪感しか持てなくなりました」
そう言った彼はまだ目を閉じたままだったが…彼の気持ちは私にも通じるものがあった。私もまた家門と見た目のせいで、幼い頃から令嬢達に追い回されてきたからだ。その為、女性を前にすると言い表せないプレッシャーを感じていたし、それをさらに悪化させたのはあのアドリエンヌ王女だった。彼女の愚かしいほどの執着のせいで、女性には嫌悪感が先に立つようになってしまったのだ。
(…もしかして…テオも、同じなのか…)
都合のいい期待がじわじわとこみ上げてくるのを、必死に抑え込んだ。世の中、そんな都合のいい話がおいそれとある筈がないのだから…
「ソフィ、いえ、レアンドル様」
ゆっくりと目を開けたテオが、じっと私を見下ろした。どんな表情をしていいのかと思いながらも、彼から目が離せない。
「帰国なさると仰るのであれば、全力でお力になりましょう。お屋敷まで無事にお戻りになられるよう、尽力いたします」
力強くそう約束してくれるテオに、何だか泣きそうになった。本音を言えば帰りたくなどない。今この瞬間も、友人としてでもいいから側にいたいと強く願っているのだから。
「ですから、私の戯言だとお聞き流しください。レアンドル様……お慕い申し上げております」
決して通りがいい声ではないのに、それはやけに明瞭に聞こえたような気がした。
「…テオ…私も、だ…」
最後の声は掠れて自分でも聞きとれないほどだったけれど…目の前の彼は目を大きく見開いて、信じられないと全身で表現しながら立ち尽くしていた。その様子に思わず笑みが浮かんでしまった。ああ、彼はなんて真っすぐで揺るぎないのだろう。思わず両手を伸ばすと、彼は暫く戸惑っているようだったが、そっと私を抱きしめた。彼の耳が真っ赤になっていて、一層心が満たされた気がした。
それからの私達の関係は、ゆっくりと進んでいった。男同士だから何が正解なのかわからないのもあるかもしれない。それでも、これまで感じた事のない多幸感と安心感に満たされていた。この関係を周りはどう思うだろうか…
(いっそこのままソフィアとして、この国で二人だけで暮らしていけたら…)
セレスティーヌ様から思いがけない提案があったのは、そんな風に思っている時だった。
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