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番外編~イネス元妃のその後
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「アドリエンヌ様の処置が終わったそうです」
あの子と面会した翌日の昼前、陛下と午前中の執務をしているところに宰相補佐がやって来てそう告げた。私は陛下と顔を見合わせた。実の姪を死に至らしめる決断をしなければならなかった彼の心情を思うと、私も胸が痛くなった。
アドリエンヌも最初から残忍な性格だったわけじゃなかった。幼い頃は無邪気で我儘ではあったけれど、人を傷つけて喜ぶような子ではなかった。全ては実の親の影響と言うべきだろうか。実父の王と実母の側妃は、愚かで身勝手で、凡そ国のトップに立つには相応しくない人物だった。
それでも、何度も軌道修正する機会はあったのだ。それを受け入れなかったのは彼らだ。他の王子王女が理解出来たことがあの二人には理解出来なかった。それが人生を大きく分けたと言ってもいいだろう。
秋になる前、夫だった元国王は持病が悪化して亡くなった。医師を派遣してあったが、長年の不摂生は彼の体をどうしようもないほどに蝕んでいた。国王だったとしても一年もつかどうか…と言われていたのだ。
アドリエンヌも幽閉生活で改心するかと期待したけれど…あの子も何も変わらなかった。神父を遣わして反省を促したりもしたけれど、あの子は最後まで不当だと文句を言うだけだった。幽閉する直前、改心しなければ厳しい沙汰が下りると説明してあったのに、だ。結局、更生の余地なしとして毒杯を賜る事になった。
「すまなかったな」
「何がですか?」
「アドリエンヌの事だ。辛い役目を負わせた」
陛下が謝った事に少し驚いたけれど、その心遣いに心が少しだけ軽くなった。
「いいえ。あれは私の役目です。母として導けなかった私の責任です」
「だが、育てたのは側妃らだ。そなたはただ名前だけの母だっただろう」
「それでも、もう少し何か出来たように思うのです」
「それを言うなら私とて同じだ。兄上にもっと強く諫言していたら…」
「それこそ無理な話ですわ。そんな事をしていたら…今ここにはいらっしゃらなかったでしょう」
そう、元国王はずっと優秀な彼を疎ましく思っていたのだ。あれ以上厳しい事を言っていたら反逆者として処刑していただろう。彼は彼の出来る範囲で精一杯の事をしていたのだ。
「後はアンリですわ」
「ああ。だが彼は…」
「ええ。まだ…救いがあるかと…」
そう、アンリはアドリエンヌほど頑なでもなく、今は自身のした事を顧みて反省の弁を述べていると聞く。既に子が出来ないような処置もしたし、もしこのまま心を入れ替えてくれれば、もう少しマシな場所に移る事も可能だろう。それでも、死ぬまで幽閉なのには変わりないけれど。
「陛下、王宮の予算削減の件ですが…」
「ああ、この件は…」
陛下が宰相と話を始めたため、私は自分の席に戻った。冷めた紅茶が一層心を冷やす気がしたけれど、弱音を吐いている余裕はない。
我が国よりも国力のあるリスナール国とロワール国からの援助が断たれた我が国は今、様々な難題がのしかかっている。両国とも事情を知っていて私達には同情的だけれど、国としてやった事には責任が伴う。なかった事にするには…元王や王女達はやり過ぎたのだ。
国王を廃し、中心人物の王女も毒杯を飲み干した。それ以外の関係者の処分も済んだが、お陰で主要な貴族が半減して我が国は大混乱に陥った。それでも、両国への謝罪は後ろ盾と紙一重、国は何とか維持出来ていると言える。
新たな王太子には陛下の長男が立った。真面目で堅実な性格だから特に問題ないだろう。五年前に夫人を亡くしているから王妃の座は空席だけど、陛下は妃を娶ればまた諍いの元になると固辞されている。
一時は私を妃に…との打診も頂いたけれど、前王の妻だった私が新しい体制に組み込まれてもいい影響にはならないだろう。私は…身分を捨てて一秘書官としてお仕えするだけだ。
(それでも、王妃だった頃よりはマシね)
長年思い続けていた方の側に仕え、その力になれる事は、何と有意義で遣り甲斐がある事か。王妃だった頃は元夫や王女達の尻拭いに奔走するばかりで虚しさが募ったけれど、今はそんな虚しさを感じる事はない。
(どうか、この国の未来が少しでも明るくなりますように…)
そう願わずにはいられない。これまで守り続けた国のためにも、そして愛するあの方のためにも。愛しい方の横顔に目を向けてから、机に積まれた書類を手を伸ばした。
あの子と面会した翌日の昼前、陛下と午前中の執務をしているところに宰相補佐がやって来てそう告げた。私は陛下と顔を見合わせた。実の姪を死に至らしめる決断をしなければならなかった彼の心情を思うと、私も胸が痛くなった。
アドリエンヌも最初から残忍な性格だったわけじゃなかった。幼い頃は無邪気で我儘ではあったけれど、人を傷つけて喜ぶような子ではなかった。全ては実の親の影響と言うべきだろうか。実父の王と実母の側妃は、愚かで身勝手で、凡そ国のトップに立つには相応しくない人物だった。
それでも、何度も軌道修正する機会はあったのだ。それを受け入れなかったのは彼らだ。他の王子王女が理解出来たことがあの二人には理解出来なかった。それが人生を大きく分けたと言ってもいいだろう。
秋になる前、夫だった元国王は持病が悪化して亡くなった。医師を派遣してあったが、長年の不摂生は彼の体をどうしようもないほどに蝕んでいた。国王だったとしても一年もつかどうか…と言われていたのだ。
アドリエンヌも幽閉生活で改心するかと期待したけれど…あの子も何も変わらなかった。神父を遣わして反省を促したりもしたけれど、あの子は最後まで不当だと文句を言うだけだった。幽閉する直前、改心しなければ厳しい沙汰が下りると説明してあったのに、だ。結局、更生の余地なしとして毒杯を賜る事になった。
「すまなかったな」
「何がですか?」
「アドリエンヌの事だ。辛い役目を負わせた」
陛下が謝った事に少し驚いたけれど、その心遣いに心が少しだけ軽くなった。
「いいえ。あれは私の役目です。母として導けなかった私の責任です」
「だが、育てたのは側妃らだ。そなたはただ名前だけの母だっただろう」
「それでも、もう少し何か出来たように思うのです」
「それを言うなら私とて同じだ。兄上にもっと強く諫言していたら…」
「それこそ無理な話ですわ。そんな事をしていたら…今ここにはいらっしゃらなかったでしょう」
そう、元国王はずっと優秀な彼を疎ましく思っていたのだ。あれ以上厳しい事を言っていたら反逆者として処刑していただろう。彼は彼の出来る範囲で精一杯の事をしていたのだ。
「後はアンリですわ」
「ああ。だが彼は…」
「ええ。まだ…救いがあるかと…」
そう、アンリはアドリエンヌほど頑なでもなく、今は自身のした事を顧みて反省の弁を述べていると聞く。既に子が出来ないような処置もしたし、もしこのまま心を入れ替えてくれれば、もう少しマシな場所に移る事も可能だろう。それでも、死ぬまで幽閉なのには変わりないけれど。
「陛下、王宮の予算削減の件ですが…」
「ああ、この件は…」
陛下が宰相と話を始めたため、私は自分の席に戻った。冷めた紅茶が一層心を冷やす気がしたけれど、弱音を吐いている余裕はない。
我が国よりも国力のあるリスナール国とロワール国からの援助が断たれた我が国は今、様々な難題がのしかかっている。両国とも事情を知っていて私達には同情的だけれど、国としてやった事には責任が伴う。なかった事にするには…元王や王女達はやり過ぎたのだ。
国王を廃し、中心人物の王女も毒杯を飲み干した。それ以外の関係者の処分も済んだが、お陰で主要な貴族が半減して我が国は大混乱に陥った。それでも、両国への謝罪は後ろ盾と紙一重、国は何とか維持出来ていると言える。
新たな王太子には陛下の長男が立った。真面目で堅実な性格だから特に問題ないだろう。五年前に夫人を亡くしているから王妃の座は空席だけど、陛下は妃を娶ればまた諍いの元になると固辞されている。
一時は私を妃に…との打診も頂いたけれど、前王の妻だった私が新しい体制に組み込まれてもいい影響にはならないだろう。私は…身分を捨てて一秘書官としてお仕えするだけだ。
(それでも、王妃だった頃よりはマシね)
長年思い続けていた方の側に仕え、その力になれる事は、何と有意義で遣り甲斐がある事か。王妃だった頃は元夫や王女達の尻拭いに奔走するばかりで虚しさが募ったけれど、今はそんな虚しさを感じる事はない。
(どうか、この国の未来が少しでも明るくなりますように…)
そう願わずにはいられない。これまで守り続けた国のためにも、そして愛するあの方のためにも。愛しい方の横顔に目を向けてから、机に積まれた書類を手を伸ばした。
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