明日の朝を待っている

紺色橙

文字の大きさ
上 下
12 / 22

12 ここにいます

しおりを挟む
 夜になれば外からの音も減り、おれは部屋の中でただ一人、動画の再生を繰り返す。
 姉の残した部屋は業者に掃除をしてもらったが、未だリョウさんが訪れてはいない。おれは以前より増えた面積を一人で掃除しなければならない。設定しなおした掃除ロボットは鏡を磨いてはくれず、ほっておけば再びうっすらと曇ってしまうだろう。

 再生数が増えるに伴いコメントも増えていく動画。そうなれば当然、二人しかいない登場人物の二人目にだって目が行くものだ。おれが一文字も打たずともリョウさんを素敵だと書いてあるものはちらほらと出てきていた。名もなきダンサーを良いと言ってくれる名もなきどこかの人。おれはそれを見かけるたびに嬉しくて、画面の前でにやついている。そうだよリョウさんはすごいんだよって、自分のものでもないのに自慢している。
 部屋に一人、画面に向かって笑っているのは気持ち悪い気もするけれど、これが一番楽しい。リョウさんが褒められている。リョウさんを好きだという人がいる。それが楽しい。

 楽しい気分のまま公園に向かって一人走る。リョウさんのように踊れはしないが、さらにはリョウさんのように走れもしない。だけれど真似して公園を走って、頭の中ではずっと彼を再生し続けている。
 走り始めたきっかけは単純なことで、寒かったからだ。寒いのなら動けばいいと、外にいることを世界に否定されているような気温の中で走ることにした。
 冷たい外気を取り込んでなけなしの体温を吐き出す。こんな短時間で生まれ変わりはしないが、自分の細胞が一新されていくような気がした。
 公園にはきちんとした『一周』があり、所々で看板が立っている。どこをスタートとしているのかわからないが100メートルだとか500メートルだとか示されていて、そこを走っている人はたまに見かけた。おれがリョウさんと会っているところは一周からは外れているから、運動目的の人にはやはり用が見えない。
 上がる息を沈めるように横道に反れ、いつものステージへと向かう。道はさらに分岐していて、併設の駐車場へも続いている。遊具広場はあっち。池はそっち。ステージはこっち。ステージなんて大げさな言い方のステージは、リョウさんのために誂えたものみたい。

 木々につけられた小さな名札を視界に入れながら歩く。次の瞬間には忘れてしまうし葉の形すら覚えもしないのに。
 おれはいつも何かを見てしまう。でもあの曲で踊るリョウさんはどこも見ていなかった。彼はあのとき何を見ていたのだろう。うつろな瞳で誰とも何とも視線を合わせず、だけれど何かを叫んでいる。助けを? 嘆きを? リョウさんの正解は何だろう。

 リョウさんは気の強い人だと思う。ずっと話してきた感じ、そう思う。別にキャラを作っているわけではなくきちんと断れるし、自分の意見を言える人。才能もある。だけれどそれでも悩むことがある。足を取られてしまう泥沼がある。それが他人事ながら悔しいような、せつないやりきれない気持ちになる。いくら声を張り上げてもどうにもならないヘドロがまとわりついているみたいで、綺麗に洗い流せる方法を探したくなってしまう。他人事なのに、そう思ってしまう。
 だってリョウさんは才能がある人だから。あんなに素敵な踊りを踊る人だから。おれの好きな踊りをする人だから、手伝いたくなってしまう。

 緒形タカヒロはリョウさんのことを認めている。だから振り付けを任せたし、動画でも表と裏として対峙した。コンサートにも連れていく。
 おれがいくらリョウさんを認めて褒めても何にもならない。それは、少し悲しい。

 深呼吸して、頭の奥まで酸素を入れる。
 ファンですと言えるだけ幸せ。リョウさんを身近で見れるだけ幸せ。少しの引っ掛かりは、多分幸せすぎるせいだと思う。幸せすぎてそれが当たり前になって、もっとさらにを望んでいる。今が当たり前だなんて普通ならありえないことなのに大変な幸運の中にいるものだから、頭が馬鹿になっている。

 緒形タカヒロのコンサート。おれは初日のチケットを持っている。楽しみすぎて眩暈がしそうだ。初日だとかラストだとか、そんなことで差をつける人ではないと思うけれど、自分の振り付けだから絶対に気合を入れてくるだろう。本気も本気のリョウさんが現れる。それはきっとぞくぞくするほど美しい。

 幸せだから、もう一度ラブレターの用意をしておこう。
 あなたの一番のファンがここにいると。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...