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第13章
2 温もり③
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病院の待合室には、こんな時間だというのにちらほらと患者が座っていた。
問診票を書いて待っていたら、看護師さんがやってきて、何やら額にピッとするハイテク機器で俺の体温を計った。
「青山さん、熱が高いようなので、あちらの部屋に移りましょうか」
「あ、はい……」
優子さんも俺を支えながら一緒に立ち上がろうとすると、
「奥さまはこちらでお待ちください」
「あ、わかりました」
奥さま!
最高かよと思いながらチラリと見ると、優子さんは恥ずかしそうに笑っていた。
意外と好感触じゃん……と、俺はちょっと顔がにやけてしまった。マスクしてて良かった。
通された部屋はベッドがあるわけではなく、ただの待機場所で、どうやら俺は何かしらの感染症の疑いで隔離されたらしい。
しばらくすると診察室に呼ばれ、軽い問診の後に「たぶんインフルエンザでしょうね」と言われた。
インフルエンザ!? と、俺は吹き出しそうになった。
こんなゴールデンウイークの季節にインフルエンザって生きてるの!?
半信半疑のまま手早く検査をされて、鼻の奥が痛い……と涙目になって手で抑えていると、
「食事と水分はとれていますか?」
「あんまり……昼は、家にあったチーズを、少し食べたけど、夜は何も、食べていません……。水分も、あんまり……。さっき……なんとか補水液、ってやつを……」
「経口補水液?」
「あ、それです。彼女が、買ってきてくれて、それのゼリーを、食べて、ドリンクも、少し飲みました」
「それじゃ、経口補水液の摂取を続けてください。あとは、アイスクリームとか、普通のゼリーとか、お粥とか、食べられそうなものでカロリーを摂ってもらって」
「あ、アイスクリーム……、食べられそう、かもです」
「はい。では、検査結果が出たらお呼びしますから、元の部屋でお待ちください」
「わかりました……」
またしばらく隔離部屋で待ちながら、優子さんに"インフルエンザの疑いで、検査結果待ち"とSMSを送った。
"インフルエンザ! ぽいなとは思ったけど"
"アイスクリームとか食べろって言われた"
"アイスクリーム買ってあるよ。冷凍庫に入れた~"
まじか。優子さん、何者。
"天才"
"うふふ"
そのうちに看護師さんが呼びに来て、もう一度診察室に連れて行かれた。
「青山さん、インフルエンザでしたよ」
俺が顔を見せるやいなや、医師は満足そうに言った。
「まじすか……こんな季節に……」
俺は促されて椅子に座った。
「たまにあるんですよ。免疫力が下がってたのかもしれないですね。お仕事忙しかったですか?」
「あ、……まあ、そう言われると、心当たりは……」
ここ一ヶ月、普段どおりの業務量をこなしながら業務改革も進めていて、帰る時間が一時間くらい遅くなっている上に、帰って夜ごはんを食べてから検定の勉強をする、という日々が続いていた。
寝るのは夜中の二時三時で、今思うと頭の冴え具合的にもあまり効率が良くなかったけど、早く目の前の課題を解決したくて、一生懸命になっていたのだ。
「ほどほどにしてくださいね。健康第一ですよ。それじゃ、お薬出しときますから」
「ありがとう、ございます……」
「あ、彼女さんは一緒に住んでますか?」
「あ、いえ……」
「それじゃ、大丈夫かな。同じ部屋で寝ると移るかもしれないから、気をつけてくださいね。彼女さん居る時は換気も忘れずに」
「わかりました」
「お大事に」
「お世話になりました」
俺は診察室を出て会計を済ませ、無事に優子さんの元に戻った。
体が辛いのは変わらないけど、原因がわかって薬をもらえて、気持ちはずいぶん楽になった。
帰りのタクシーを呼んで、外のベンチに座って到着を待つ。
「優子さん、後は俺、自分でどうにか、するから、駅で降りて、いいよ。あんまり一緒にいて、移るといけないし……」
「うん、大丈夫。まだ電車の時間あるし、心配だからギリギリまでいるよ」
そう言われて、ホッとしている自分がいた。
本当は、ずっと側にいてほしい。
一人じゃ心細い。
うちがワンルームじゃなくて、ちゃんと優子さんが泊まれる部屋と寝具があれば……。
いやいや、いい大人が何言ってんだ。
このくらい一人で乗り越えられなくてどうする。
マンションに帰り着いて、二人でこの家に帰るなんて新鮮だなと思いながら、パーカーを脱いで手を洗って、換気のために窓を少し開けてからベッドに倒れ込んだ。
「大丈夫?」
「うん……、きつかった」
「アイスクリーム食べて、お薬飲もうか」
「うん」
優子さんは俺にアイスノンを渡して、仰向けに寝かせると、アイスクリームの蓋を開けて、
「食べさせてあげる」
となんだかワクワクした様子で言った。
「マジで?」
「うん。はい、お口開けて」
そう言って、アイスクリームを乗せたスプーンを差し出す。
こちらの様子を伺いながら待っている優子さんの目は、かわいい。
軽く口を開けると、冷たく甘い物体がするりと口に滑り込んできた。
「どう?」
「うん、おいしい」
「よかった。はい、もう一回」
その柔らかで優しい声を聞きながら、ここは天国だろうかと考えた。
「実はね、私も夜ごはん食べてなくて……」
「えっ」
そりゃそうだ。
千葉から帰ってきてそのまま俺のとこに来て、すぐに病院に行って……。
ごはんを食べる暇なんてどこにもなかった。
何でそんなことすら気づけなかったんだろう。
「アイス買う時に一緒にサンドイッチ買ってきたんだ。これ終わったら、ここで食べてから帰ってもいい?」
「そんなの、当たり前じゃん。つか、あと自分で食べるから、優子さんは、サンドイッチ食べてよ」
「大丈夫大丈夫。もうお腹空いたの超えちゃってるから。はい、あーん」
反射的に口を開けたら、またアイスクリームがするっと入ってきた。
瞬く間に溶けて、口の中を甘くする。
問診票を書いて待っていたら、看護師さんがやってきて、何やら額にピッとするハイテク機器で俺の体温を計った。
「青山さん、熱が高いようなので、あちらの部屋に移りましょうか」
「あ、はい……」
優子さんも俺を支えながら一緒に立ち上がろうとすると、
「奥さまはこちらでお待ちください」
「あ、わかりました」
奥さま!
最高かよと思いながらチラリと見ると、優子さんは恥ずかしそうに笑っていた。
意外と好感触じゃん……と、俺はちょっと顔がにやけてしまった。マスクしてて良かった。
通された部屋はベッドがあるわけではなく、ただの待機場所で、どうやら俺は何かしらの感染症の疑いで隔離されたらしい。
しばらくすると診察室に呼ばれ、軽い問診の後に「たぶんインフルエンザでしょうね」と言われた。
インフルエンザ!? と、俺は吹き出しそうになった。
こんなゴールデンウイークの季節にインフルエンザって生きてるの!?
半信半疑のまま手早く検査をされて、鼻の奥が痛い……と涙目になって手で抑えていると、
「食事と水分はとれていますか?」
「あんまり……昼は、家にあったチーズを、少し食べたけど、夜は何も、食べていません……。水分も、あんまり……。さっき……なんとか補水液、ってやつを……」
「経口補水液?」
「あ、それです。彼女が、買ってきてくれて、それのゼリーを、食べて、ドリンクも、少し飲みました」
「それじゃ、経口補水液の摂取を続けてください。あとは、アイスクリームとか、普通のゼリーとか、お粥とか、食べられそうなものでカロリーを摂ってもらって」
「あ、アイスクリーム……、食べられそう、かもです」
「はい。では、検査結果が出たらお呼びしますから、元の部屋でお待ちください」
「わかりました……」
またしばらく隔離部屋で待ちながら、優子さんに"インフルエンザの疑いで、検査結果待ち"とSMSを送った。
"インフルエンザ! ぽいなとは思ったけど"
"アイスクリームとか食べろって言われた"
"アイスクリーム買ってあるよ。冷凍庫に入れた~"
まじか。優子さん、何者。
"天才"
"うふふ"
そのうちに看護師さんが呼びに来て、もう一度診察室に連れて行かれた。
「青山さん、インフルエンザでしたよ」
俺が顔を見せるやいなや、医師は満足そうに言った。
「まじすか……こんな季節に……」
俺は促されて椅子に座った。
「たまにあるんですよ。免疫力が下がってたのかもしれないですね。お仕事忙しかったですか?」
「あ、……まあ、そう言われると、心当たりは……」
ここ一ヶ月、普段どおりの業務量をこなしながら業務改革も進めていて、帰る時間が一時間くらい遅くなっている上に、帰って夜ごはんを食べてから検定の勉強をする、という日々が続いていた。
寝るのは夜中の二時三時で、今思うと頭の冴え具合的にもあまり効率が良くなかったけど、早く目の前の課題を解決したくて、一生懸命になっていたのだ。
「ほどほどにしてくださいね。健康第一ですよ。それじゃ、お薬出しときますから」
「ありがとう、ございます……」
「あ、彼女さんは一緒に住んでますか?」
「あ、いえ……」
「それじゃ、大丈夫かな。同じ部屋で寝ると移るかもしれないから、気をつけてくださいね。彼女さん居る時は換気も忘れずに」
「わかりました」
「お大事に」
「お世話になりました」
俺は診察室を出て会計を済ませ、無事に優子さんの元に戻った。
体が辛いのは変わらないけど、原因がわかって薬をもらえて、気持ちはずいぶん楽になった。
帰りのタクシーを呼んで、外のベンチに座って到着を待つ。
「優子さん、後は俺、自分でどうにか、するから、駅で降りて、いいよ。あんまり一緒にいて、移るといけないし……」
「うん、大丈夫。まだ電車の時間あるし、心配だからギリギリまでいるよ」
そう言われて、ホッとしている自分がいた。
本当は、ずっと側にいてほしい。
一人じゃ心細い。
うちがワンルームじゃなくて、ちゃんと優子さんが泊まれる部屋と寝具があれば……。
いやいや、いい大人が何言ってんだ。
このくらい一人で乗り越えられなくてどうする。
マンションに帰り着いて、二人でこの家に帰るなんて新鮮だなと思いながら、パーカーを脱いで手を洗って、換気のために窓を少し開けてからベッドに倒れ込んだ。
「大丈夫?」
「うん……、きつかった」
「アイスクリーム食べて、お薬飲もうか」
「うん」
優子さんは俺にアイスノンを渡して、仰向けに寝かせると、アイスクリームの蓋を開けて、
「食べさせてあげる」
となんだかワクワクした様子で言った。
「マジで?」
「うん。はい、お口開けて」
そう言って、アイスクリームを乗せたスプーンを差し出す。
こちらの様子を伺いながら待っている優子さんの目は、かわいい。
軽く口を開けると、冷たく甘い物体がするりと口に滑り込んできた。
「どう?」
「うん、おいしい」
「よかった。はい、もう一回」
その柔らかで優しい声を聞きながら、ここは天国だろうかと考えた。
「実はね、私も夜ごはん食べてなくて……」
「えっ」
そりゃそうだ。
千葉から帰ってきてそのまま俺のとこに来て、すぐに病院に行って……。
ごはんを食べる暇なんてどこにもなかった。
何でそんなことすら気づけなかったんだろう。
「アイス買う時に一緒にサンドイッチ買ってきたんだ。これ終わったら、ここで食べてから帰ってもいい?」
「そんなの、当たり前じゃん。つか、あと自分で食べるから、優子さんは、サンドイッチ食べてよ」
「大丈夫大丈夫。もうお腹空いたの超えちゃってるから。はい、あーん」
反射的に口を開けたら、またアイスクリームがするっと入ってきた。
瞬く間に溶けて、口の中を甘くする。
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