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第13章

2 温もり②

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 ベッドに入ろうとしたら、
「あ」
 と優子さんが言った。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない。先に体温計るから、寝てて」
 不思議に思ったものの、とにかく早く横になりたかったから、すぐに体を横たえた。
 優子さんから体温計を受け取って、わきに挟む。
「アイスノン念のため買ってきたけど、あった?」
 まじ優子さん神。
「ない」
「じゃ、冷やしとこうか。冷凍庫勝手に開けちゃっていい?」
「あ、うん。ありがとう」
「これ冷えるまではどうしようかな……。一応、冷却ジェルシート買っては来たけど……」
 言いながら優子さんはキッチンに歩いていった。
「あ、タオル、凍らせたのと、昼間入れた、ペットボトルが、もう凍ってるかも……」
 体温計はすぐにピピッと鳴った。
「すごい、工夫してる!」
「何も無かった、から、苦肉の策で……」
 俺は体温計を取り出して、見て、何かの間違いだと思って、いったん切ってもう一度計り直した。
「体温計鳴った?」
 優子さんが凍ったタオル片手に戻ってくる。
「うん、今計り直してる」
 またすぐにピピッと鳴る。俺は再び体温計を取り出した。
 表示は同じだった。三九度四分。

「何度?」
 そう聞かれ、おずおずと体温計を差し出すと、優子さんはぎょっとしたように目を見張った。
「た、高い……よね……?」
「高いね。……熱以外の症状は?」
 尋ねながら、優子さんは冷えたタオルを俺に渡して、まくらの側に置かれたままだった温んだタオルを回収した。
「体が痛い……のと、寒気がする。頭も痛い。喉も痛い。あと、食欲が、ない……」
「寒気がするなら、冷たいの当てないほうがいいんじゃない?」
「たしかに……でも、頭を冷やすと、気持ちいい……」
「じゃ、当てとこうか。水分はとれてる?」
「それなりには……と、思うけど、なんかお水、飲みにくくて……」
「それじゃ、とりあえず経口補水液飲もう。ドリンクとゼリーとどっちがいいかな?」
 優子さんは買い物袋から同じ製品のペットボトルとゼリー飲料を取り出して、俺に見せた。
「あ……、ゼリー、食べれそう」
「うん、じゃあこれ飲んで」
 そう言って、蓋を開けて渡してくれた。
 吸うのがキツかったから、両手の指で押し出しながら飲んだら、優子さんが「かわいい」と言って笑った。
 あんなに何も入らないと思ったのに、ゼリーは楽に飲み込めて、胃に溜まる感じもなく体に馴染んだ。

「亮弥くん、病院行こうか」
「え、こんな時間に、開いてるの?」
 時刻は夜九時を回っている。
「夜間診療あると思うから、調べてみるね。ソファ座っていい?」
「あ……」
 ソファはちょっと遠い気がして、側に居てほしいなと思った。
 ……ら、右手が優子さんの服の裾を掴んでいた。
 優子さんは笑って、
「それじゃ、ベッドの端に座ってもいい?」
 と言った。
 なんだか恥ずかしい気持ちになりながら、俺は少し体を寄せてベッドを半分空けた。

 スマホで病院を調べる優子さんの横顔は、いつもと違って見えた。
 集中していて、頼もしくて、仕事してる時ってこんな感じなのかなと、俺はぼんやりする頭で考えていた。
 優子さんは手際良く病院の予約を取りつけると、「タクシー呼んだから、五分くらいしたら降りようか」と言った。
 いつの間にタクシーに連絡したのかと思ったら、なんとアプリで呼んだらしい。
 今ってそんなこともできるのか。
 タクシーなんて乗ることないから、知らなかった。
 ウェブ屋なのに、情けない……。

「病院、遠いの?」
「ううん、そんなに遠くないけど、そんな状態で歩かせられる距離でもないから。こういう時は無理せずタクシー使ったほうがいい」
 俺一人だったら、タクシーなんて頭に浮かばなくて、頑張って歩いていってたかもしれない。
 それ以前に病院に行くことすら決められずにいたというのに、優子さんは自分がここに来ることも含めて、あっという間に最良の選択肢を決めてしまった。
 その迷いのない判断力と実行力に、やっぱり凄いんだな……と、改めて尊敬する。

 起き上がって、寒さ防止にクローゼットからパーカーを取り出して羽織った。
 すると、「パーカー姿懐かしい」と優子さんが笑うので、何のことかと思ったら、どうやら一番最初に会った日に俺はパーカーを着ていたらしい。
 そんなことよく覚えてるな……と、若い頃の自分を思い出されたことを恥ずかしく思う反面、優子さんにとっては何でもなかったはずの時のことを覚えていてくれたのが、嬉しかった。

 下に降りるとマンションの前にタクシーが待っていた。
 優子さんは何やら番号を確認して、運転手に合図をしてドアを開けてもらうと、「私が奥に行くね」と言って先に乗り込んだ。
 なるほど、確かに手前のほうが俺はラクに乗れる。

 相変わらず頭はぼうっとする。
 俺は座席に頭までグッタリともたれさせ、熱い瞼を下ろして、優子さんが時折運転手と軽い雑談を交わす優しい声を、コミュ力すげーと思いながら聞いていた。
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