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第3章
2 驚き③
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その真っすぐな告白を受けて、私は複雑な気持ちになった。
亮弥くんが泣いてまで喜んだ時点で、まだ私に対して何かしらの特別な感情を持ってくれていることは感じていた。それが恋愛感情の可能性もあるとは思った。
でも、君の目の前にいるのは、もうすぐ四十歳が近いおばちゃんなんだよ。
三十ならまだしも、四十なんだよ。
出会った頃と今とじゃ、私の魅力なんて控えめに言っても半減はしているはず。
そのギャップがこの子には見えていないんだろうか。
私は、この美貌溢れる若い男の子が向けてくれる想いを、自分に都合よく受け止めることができなかった。
こんな若いイケメンを虜にしちゃうほどの魅力が自分にはあるんだとか、自分が思うより全然若く見えるんだとか、こんなに想ってくれるなんて亮弥くんは自分の運命の人に違いないとか、そんなおめでたい考えになれないくらいには、三八歳の自分を見る目は冷静だった。
「えっと……」
真剣な眼差しに耐えかねて、私は視線を下げた。
「そんなふうに思ってもらえて、すごくありがたいし、素直に嬉しいよ。……でもね」
「あっ! ちょっと待って!!」
急に遮られたので、驚いて視線を戻した。亮弥くんは片手でしきりに私を制しながら、
「また断られて終わりは困るから、それ以上は待ってください。そもそもダメ元なんで。わかってるんで。でもダメならダメでいいからせめて……」
そう言ってポケットからスマホを取り出し、
「連絡先教えてください。せっかく会えたのに、今日だけの縁にはしたくないんで」
「えっと……」
「お願いします!!」
頭を下げられて、私は困ってしまった。
連絡先を聞いて、どうするんだろう。
電話は好きじゃないし、メールも億劫なほう。
既読機能やスタンプの多用、短文連投が当たり前のコミュニケーションアプリは、考えただけでゾッとするので、周囲に文句を言われながらも頑なに始めてない。
そして若い子のテンションには多分ついて行けない。
でも、私が亮弥くんの立場だったらこのチャンスを絶対逃したくないだろうし、必死になる気持ちもわかるから無碍に断るのもいたたまれない。
とはいえ、気持ちに応える気がないのに、気を持たせるようなのも良くないし……。
「あのね、正直に言うけど、私、電話とか、短文のラリーみたいなやり取りで時間を縛られるのがすごく苦手で……。そういうの、ちょっとできないんだけど」
「あっ、いや、そんなことしてもらえるとは思ってないんで……! ただ、また何年も会えないのは嫌だから、優子さんに直接連絡する許可がほしいっていうか……。できれば、たまに会って話したりとか、そういう……何か繋がりを持っときたいっていうか……あの、この際彼氏じゃなくていいんで……友達っていうか、知り合いとしてってレベルでも、全然……」
「あ、そうなの。そうか……」
知り合いとして。知り合いとしてか……。
まぁ確かに、たまに会うくらいなら、嫌な相手ではない。
いや、案外そうしてみたほうが、亮弥くんの気持ちが早く冷めるかもしれない。
「それじゃ、えっと……、私、コミュニケーションアプリは性に合わなくて使ってないんだけど、メールでも平気?」
「全然いいです!」
私は手帳から付箋を取り出して、メアドと名前を書いて亮弥くんに渡した。
亮弥くんはすぐに"青山亮弥"と書かれたメールを送ってくれた。
「俺のそれなんで」
「ありがとう。こんな面倒な女だと思わなかったでしょ。ごめんね」
「イヤ、実は俺もこういうの無頓着なほうなので、既読とか無いほうが楽かもしれないです」
「ほんと?」
「はい」
嬉しそうにニコニコしている亮弥くんを見て、少しホッとしている自分がいた。
「優子さん、俺の気持ち聞いた上で教えてくれたってことは、好きでいてもいいと思っていいですか?」
「うーん、そういうわけじゃないんだけど」
「えー、違うんですか!?」
「八年前に断った結果がこれだからね……、もう少し身近な存在になって、幻滅させていく方向にシフトチェンジしようかと」
「なんすかそれ」
「だって、亮弥くん頭の中で私の理想像を作り上げちゃってる気がするんだよね。もう後はガッカリの一途だよ、あはは」
「いや……そう言ってる顔が好きすぎるので、絶対、無理だと思います……」
「何言ってるの、よく見て、普通に年取ってるから! 見て、この辺、シミがあるでしょ?」
顔をよく見せようと少し身を乗り出して近づけたら、亮弥くんは真っ赤になって慌てた。
「うわ、ちょっと、ビックリした、なんのご褒美かと……」
「ご褒美じゃないよ……」
こりゃダメだ。やるほど逆効果だ。
もっと時間をかけて気づかせるしかない。
「優子さんこそ、俺のこともっとちゃんと知ってもらって、その上で結論出してもらっていいですか? 俺もう未成年じゃないし、仕事も五年目だし、いろんな人見た上で優子さんが良いんで、前とは全然状況が違うから、それも加味した上で判断してほしいんです」
たしかに、亮弥くんの言うことも一理ある。
あの頃とは状況が違う。
違うからこその問題もいろいろあるけど、とはいえ長年好きでいてくれた人に対して、しっかり向き合いもしないで門前払いするのは失礼かもしれない。
「多分亮弥くんが私に興味なくなるほうが早いと思うけど……。とりあえず、わかりました」
そう言うと、亮弥くんは目を輝かせてから子供みたいな笑顔になって、
「あーヤバい。ほんと嬉しい」
止まっていた手をようやく動かし始めて、パフェを口に運んだ。
優子さんと会えた時の目標一五〇%くらい達成した、と言いながら、顔が緩むのをこらえきれない様子でご機嫌で完食したのを見て、ちょっと期待を持たせすぎたかなと思ったけど、目の前の人が幸せそうに笑う顔を見ていると、私まで満ち足りた気持ちになった。
とりあえず今はこれでいいか。どうせ亮弥くんの恋愛熱が冷めるまでの短い間だけだし。
先のことは先で考えよう。
亮弥くんが泣いてまで喜んだ時点で、まだ私に対して何かしらの特別な感情を持ってくれていることは感じていた。それが恋愛感情の可能性もあるとは思った。
でも、君の目の前にいるのは、もうすぐ四十歳が近いおばちゃんなんだよ。
三十ならまだしも、四十なんだよ。
出会った頃と今とじゃ、私の魅力なんて控えめに言っても半減はしているはず。
そのギャップがこの子には見えていないんだろうか。
私は、この美貌溢れる若い男の子が向けてくれる想いを、自分に都合よく受け止めることができなかった。
こんな若いイケメンを虜にしちゃうほどの魅力が自分にはあるんだとか、自分が思うより全然若く見えるんだとか、こんなに想ってくれるなんて亮弥くんは自分の運命の人に違いないとか、そんなおめでたい考えになれないくらいには、三八歳の自分を見る目は冷静だった。
「えっと……」
真剣な眼差しに耐えかねて、私は視線を下げた。
「そんなふうに思ってもらえて、すごくありがたいし、素直に嬉しいよ。……でもね」
「あっ! ちょっと待って!!」
急に遮られたので、驚いて視線を戻した。亮弥くんは片手でしきりに私を制しながら、
「また断られて終わりは困るから、それ以上は待ってください。そもそもダメ元なんで。わかってるんで。でもダメならダメでいいからせめて……」
そう言ってポケットからスマホを取り出し、
「連絡先教えてください。せっかく会えたのに、今日だけの縁にはしたくないんで」
「えっと……」
「お願いします!!」
頭を下げられて、私は困ってしまった。
連絡先を聞いて、どうするんだろう。
電話は好きじゃないし、メールも億劫なほう。
既読機能やスタンプの多用、短文連投が当たり前のコミュニケーションアプリは、考えただけでゾッとするので、周囲に文句を言われながらも頑なに始めてない。
そして若い子のテンションには多分ついて行けない。
でも、私が亮弥くんの立場だったらこのチャンスを絶対逃したくないだろうし、必死になる気持ちもわかるから無碍に断るのもいたたまれない。
とはいえ、気持ちに応える気がないのに、気を持たせるようなのも良くないし……。
「あのね、正直に言うけど、私、電話とか、短文のラリーみたいなやり取りで時間を縛られるのがすごく苦手で……。そういうの、ちょっとできないんだけど」
「あっ、いや、そんなことしてもらえるとは思ってないんで……! ただ、また何年も会えないのは嫌だから、優子さんに直接連絡する許可がほしいっていうか……。できれば、たまに会って話したりとか、そういう……何か繋がりを持っときたいっていうか……あの、この際彼氏じゃなくていいんで……友達っていうか、知り合いとしてってレベルでも、全然……」
「あ、そうなの。そうか……」
知り合いとして。知り合いとしてか……。
まぁ確かに、たまに会うくらいなら、嫌な相手ではない。
いや、案外そうしてみたほうが、亮弥くんの気持ちが早く冷めるかもしれない。
「それじゃ、えっと……、私、コミュニケーションアプリは性に合わなくて使ってないんだけど、メールでも平気?」
「全然いいです!」
私は手帳から付箋を取り出して、メアドと名前を書いて亮弥くんに渡した。
亮弥くんはすぐに"青山亮弥"と書かれたメールを送ってくれた。
「俺のそれなんで」
「ありがとう。こんな面倒な女だと思わなかったでしょ。ごめんね」
「イヤ、実は俺もこういうの無頓着なほうなので、既読とか無いほうが楽かもしれないです」
「ほんと?」
「はい」
嬉しそうにニコニコしている亮弥くんを見て、少しホッとしている自分がいた。
「優子さん、俺の気持ち聞いた上で教えてくれたってことは、好きでいてもいいと思っていいですか?」
「うーん、そういうわけじゃないんだけど」
「えー、違うんですか!?」
「八年前に断った結果がこれだからね……、もう少し身近な存在になって、幻滅させていく方向にシフトチェンジしようかと」
「なんすかそれ」
「だって、亮弥くん頭の中で私の理想像を作り上げちゃってる気がするんだよね。もう後はガッカリの一途だよ、あはは」
「いや……そう言ってる顔が好きすぎるので、絶対、無理だと思います……」
「何言ってるの、よく見て、普通に年取ってるから! 見て、この辺、シミがあるでしょ?」
顔をよく見せようと少し身を乗り出して近づけたら、亮弥くんは真っ赤になって慌てた。
「うわ、ちょっと、ビックリした、なんのご褒美かと……」
「ご褒美じゃないよ……」
こりゃダメだ。やるほど逆効果だ。
もっと時間をかけて気づかせるしかない。
「優子さんこそ、俺のこともっとちゃんと知ってもらって、その上で結論出してもらっていいですか? 俺もう未成年じゃないし、仕事も五年目だし、いろんな人見た上で優子さんが良いんで、前とは全然状況が違うから、それも加味した上で判断してほしいんです」
たしかに、亮弥くんの言うことも一理ある。
あの頃とは状況が違う。
違うからこその問題もいろいろあるけど、とはいえ長年好きでいてくれた人に対して、しっかり向き合いもしないで門前払いするのは失礼かもしれない。
「多分亮弥くんが私に興味なくなるほうが早いと思うけど……。とりあえず、わかりました」
そう言うと、亮弥くんは目を輝かせてから子供みたいな笑顔になって、
「あーヤバい。ほんと嬉しい」
止まっていた手をようやく動かし始めて、パフェを口に運んだ。
優子さんと会えた時の目標一五〇%くらい達成した、と言いながら、顔が緩むのをこらえきれない様子でご機嫌で完食したのを見て、ちょっと期待を持たせすぎたかなと思ったけど、目の前の人が幸せそうに笑う顔を見ていると、私まで満ち足りた気持ちになった。
とりあえず今はこれでいいか。どうせ亮弥くんの恋愛熱が冷めるまでの短い間だけだし。
先のことは先で考えよう。
応援ありがとうございます!
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