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第3章

2 驚き②

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 空が高く澄み渡る、気持ちのいい秋の午後だった。
 道路沿いの並木はほんのり紅葉しかけていて、緩やかな風がサラサラと葉っぱを震わせていた。
「日影は寒いかもね、大通り沿いを行こうか」
「はい」

 数寄屋橋を過ぎて四丁目交差点の方へと進む。
 亮弥くんと歩いていると、普段より明らかに人と目が合う確率が高い。
 これは完全に亮弥くん効果だよな……と思いながら当の本人をチラリと見ると、すぐ目が合って、笑ってしまった。
「すみません、ガン見してて」
「ガン見してたの? あはは」
「ちょっとまだ信じられなくて……。あの、不躾かもしれないですけど、優子さん」
 不躾って言葉使うんだ、と思ってちょっと感心した。
「結婚とかは……」
「あはは、してるように見える?」
「してないんですか?」
「残念ながら。亮弥くんは? 彼女できた?」
「できたっていうか、それに関しては優子さんに言いたいことが山ほどあって」
「それじゃ、後で聞くね。亮弥くん、チョコは好き?」
「チョコ大好きです」
「じゃあ、チョコの美味しいお店あるから、そこに行こう。私ね、前にデートした時、ちょうどバレンタインの頃だったのに何もあげられなくて、心残りだったんだ」
「えっ……」
「本当は駅で何か買って渡そうと思ってたんだけど、その前にほら……、ね? それで渡すのもおかしいかと思って」
「そんな……そんなこと……」
「そこで奢るから、ゆっくり話そう」

 社長のお客様から手土産でいただいて知ったチョコレートのお店が、銀座にあった。
 そのチョコが美味しくて気に入って、このカフェにも何度か来たことがある。
 スタイリッシュでオシャレで、ここに来ると優雅な気分になれる。

 中に入ってメニューを見て、二人とも同じチョコパフェとコーヒーを頼んだ。
「パフェ好きなの?」
「なんか、あると食べたくなりますよね」
「なるなる。パフェにガトーショコラが乗ってるとか、最高だよね」
「ヤバいっすね」

 正面に座った亮弥くんを改めて見てみると、絵画みたいに美しかった。
 会社でも特別目を引く人って男女問わず何人かいて、見かける度に密かに目の保養だと思っていたりするんだけど、亮弥くんはそういう人達と比べてもずば抜けていた。
 愛美ちゃんも綺麗な子だけど、亮弥くんとはそんなに似ていない気がする。
 お父さん似かお母さん似かで分かれたのだろうか。だとしても、ご両親とも美形確定なんだけど。

 そんなことを考えていたら、亮弥くんは亮弥くんでソワソワしながらこちらを見ていた。
「久しぶりだね、なんか不思議な感じ」
「はい……」
「会うの三回目なのに、すごくよく知ってる子みたいな気分に勝手になってる」
「いや、もう、ありがとうございます……」
「なんで急に緊張してるの?」
「いや、ちょっと急に実感が……」
「遅いな!」

 しばらくして注文したものが運ばれてきた。
 ここのチョコパフェは高級チョコをたっぷり使ってあって、香りがよくて上品な味だ。
 チョコクリームやチョコアイスの上に小さなガトーショコラとビターチョコのプレートが添えてあって、生クリームは甘さがなくてチョコの味を引き立てている。
 一口食べて、おいしいね、と言って笑い合って、ようやく落ち着いた気分で話を始めた。

「さっき言ってた言いたいことって何?」
「えっと……、なんだっけ。何から話していいか……」
「思い浮かんだ順でいいよ」
「じゃあ……」
 考え始めた亮弥くんを見ながら、コーヒーを一口飲んだ。
「じゃあ、絶対言わなきゃいけないことから先に言いますけど」
「はい」
「俺と、つき合ってください」
 亮弥くんは、真剣というよりはむしろ少し怒ったような顔でそう言った。
「俺やっぱり優子さんが好きだし、優子さんじゃなきゃダメなんで」
「え、だって、彼女いるんじゃ……」
「え? いないですよ。ていうか少し前に振られたんですけど」
「あ、そうなの。うん? 最近振られて……? え、それじゃまだ彼女のこと好きだったり……」
「しません。俺、優子さんに言われて何人かとつき合ってみたんです。でもずっと中途半端な気持ちのままで、相手のことをちゃんと好きになれたことが無くて、優子さんが言ってたような、楽しい恋愛なんてできませんでした。俺は、恋愛って、本当に好きな人とじゃないと、意味がないと思うんです。もともと気が進まなかったけど、実際彼女を作ってみてわかりました。優子さんがいるのに他の人なんて無理だって。優子さんとじゃなきゃ楽しい恋愛なんてできないって。だから、俺に恋愛を楽しんでほしいなら、優子さんが俺とつき合ってください。俺は、あの時からずっと……今こうして会ってみてもやっぱり、優子さんが好きです」
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