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第2章
1 昔の恋人⑤
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さて、そんな元カレが、桜井さんの話の日からしばらくして、秘書室の私の元にやってきた。
それまでは時折遠目に見かけるばかりだったから、接触の意志を持って正面から向き合うようなことは、この時が初めてだった。
真っ先に込み上げたのは懐かしさだった。
あれから五年くらいが過ぎたけど、正樹は相変わらず穏やかな空気を纏っていて、品のいいスーツを着こなしていた。
大好きだった"仕事中の正樹"が目の前にいた。
社長への報告があるから時間を取ってほしいと言われて、ぎこちないやり取りをした後、正樹が机にそっとメモを置いた。
思いがけずこういうことをされると、内容に心当たりがあっても、一瞬ドキッとしてしまうものだ。
メモには、報告の件はフェイクだということと、仕事が終わったら連絡してほしい旨と、電話番号が書かれていた。
その夜、正樹の通勤経路との分岐駅である新橋の喫茶店で二人で会った。
恋人と別れた後に再会して二人きりで会う、というシチュエーションは初めてだったので、どんなテンションで接すればいいのかわからず気まずい思いをしていたら、それは相手も同じだったようで、席についてしばらくは沈黙が続いた。
「えっと……、謝らないといけないことが……」
「ですね、知ってます」
「桜井さんが優子のところに行ったんでしょう?」
「来られました」
「経緯も聞いた?」
「聞きました」
「隠し通せなくて本当にごめん。急に優子の名前が出たから、ビックリしてしまって……。自分でも迂闊だったと思う。本当に申し訳ない」
正樹は頭を下げた。
こういう姿を見るのは、あの時以来だった。
「いいよ、もう。桜井さんとはもともと顔見知りだし、嫌なこと言われたわけでもないし、気にしてないよ。勘ぐられて知らないところでアレコレ探られるよりは、直接私のとこに来てくれて良かったのかも」
「いや、その勘ぐられる原因作ったのが俺だし……」
「いいよ、そんなの仕方ないじゃん。意図的にバラしたわけじゃないんだし」
「本当に、いいの?」
正樹は真面目な顔で伺うように私の目を覗き込んだ。
「何が?」
「いや、優子はさ……言わないじゃん、傷ついても」
それを聞いて、少し顔がにやけてしまった。
「ふーん……」
「なんで笑ってんの」
「ううん、何でもない。そんなに重く考えてないよ。桜井さんすごいなーって逆に感心した」
「そうか、ならいいけど……」
私はコーヒーを一口飲んだ。
正樹はまだ少し気がかりな様子でカップの持ち手を触っていた。
喫茶店の中はほぼ満席で、年配の女性が思いのほか多く、おしゃべりの声で賑わっていたので、店内に流れているジャズはうっすら聞こえている程度だった。
カウンターの向こうではサイフォンが次々とコーヒーを抽出していて、テーブル席にいる私達からもよく見えた。
正樹はコーヒーが好きだった。
家でも自分で豆を挽いてハンドドリップで入れていた。
コーヒーの美味しいお店にも、二人でたくさん行った。
ブラックで飲むのを覚えたのも、正樹とつき合ってからだった。
それまでは時折遠目に見かけるばかりだったから、接触の意志を持って正面から向き合うようなことは、この時が初めてだった。
真っ先に込み上げたのは懐かしさだった。
あれから五年くらいが過ぎたけど、正樹は相変わらず穏やかな空気を纏っていて、品のいいスーツを着こなしていた。
大好きだった"仕事中の正樹"が目の前にいた。
社長への報告があるから時間を取ってほしいと言われて、ぎこちないやり取りをした後、正樹が机にそっとメモを置いた。
思いがけずこういうことをされると、内容に心当たりがあっても、一瞬ドキッとしてしまうものだ。
メモには、報告の件はフェイクだということと、仕事が終わったら連絡してほしい旨と、電話番号が書かれていた。
その夜、正樹の通勤経路との分岐駅である新橋の喫茶店で二人で会った。
恋人と別れた後に再会して二人きりで会う、というシチュエーションは初めてだったので、どんなテンションで接すればいいのかわからず気まずい思いをしていたら、それは相手も同じだったようで、席についてしばらくは沈黙が続いた。
「えっと……、謝らないといけないことが……」
「ですね、知ってます」
「桜井さんが優子のところに行ったんでしょう?」
「来られました」
「経緯も聞いた?」
「聞きました」
「隠し通せなくて本当にごめん。急に優子の名前が出たから、ビックリしてしまって……。自分でも迂闊だったと思う。本当に申し訳ない」
正樹は頭を下げた。
こういう姿を見るのは、あの時以来だった。
「いいよ、もう。桜井さんとはもともと顔見知りだし、嫌なこと言われたわけでもないし、気にしてないよ。勘ぐられて知らないところでアレコレ探られるよりは、直接私のとこに来てくれて良かったのかも」
「いや、その勘ぐられる原因作ったのが俺だし……」
「いいよ、そんなの仕方ないじゃん。意図的にバラしたわけじゃないんだし」
「本当に、いいの?」
正樹は真面目な顔で伺うように私の目を覗き込んだ。
「何が?」
「いや、優子はさ……言わないじゃん、傷ついても」
それを聞いて、少し顔がにやけてしまった。
「ふーん……」
「なんで笑ってんの」
「ううん、何でもない。そんなに重く考えてないよ。桜井さんすごいなーって逆に感心した」
「そうか、ならいいけど……」
私はコーヒーを一口飲んだ。
正樹はまだ少し気がかりな様子でカップの持ち手を触っていた。
喫茶店の中はほぼ満席で、年配の女性が思いのほか多く、おしゃべりの声で賑わっていたので、店内に流れているジャズはうっすら聞こえている程度だった。
カウンターの向こうではサイフォンが次々とコーヒーを抽出していて、テーブル席にいる私達からもよく見えた。
正樹はコーヒーが好きだった。
家でも自分で豆を挽いてハンドドリップで入れていた。
コーヒーの美味しいお店にも、二人でたくさん行った。
ブラックで飲むのを覚えたのも、正樹とつき合ってからだった。
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