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第2章
1 昔の恋人⑥
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「お母さん元気?」
「優子のおかげさまで。"優子さんは元気かしら"って、よく言ってる。母は優子のこと大好きだったからなあ。優子が通ってくれてた時も、娘が出来たみたいで嬉しいってずっと言ってた」
「そうだったんだ……」
「そんなことも伝えないままで、無理させっぱなしになって、本当、何やってたんだろうな、俺」
「仕方ないよ、あの時は現場すごく忙しかったしね」
「優子、俺さ」
「うん」
「優子が本社に行って、少し嫉妬しちゃってたんだよね。同じ会社にいて、年下の彼女のほうが上の組織に上がって、気にならないつもりだったけど、無意識に焦りや惨めさを感じてた。そういう気持ちになったこと自体が情けなくてさ。優子と別れてから、自分も頑張って本社に行こうと思ったんだ」
「そうなんだ……」
私はこの時に聞くまで、正樹がそんな気持ちだったなんて全く知らなかった。
正樹と自分を比べるようなことは考えもしなかったし、私は私が働きたい場所に行ったというだけで、自分が正樹より上に行ったという意識もなかった。
「それで来てみたら優子、社長秘書になってたからびっくりした。また手の届かない人になったなぁって」
「全然だよ……。秘書なんて何もエラくないし、会社に対してもお客様に対しても何も直接的な利益を生み出せない。秘書の仕事は好きだし、性に合ってるとも思うけど、ね」
この仕事で本当にいいのかな、私がやりたかった仕事って、本当にこれだったのかな、という思いは総務の時からずっとある。
しかも社長秘書になったのも、別に能力を買われたわけでもなく、社長が私の顔が気に入ったからという謎の理由だったことを先輩秘書から聞いて、相当凹んだりした。
「ま、それはいいんだけどさ。つき合うの? 桜井さんと」
そう聞くと、正樹は一瞬驚いたような顔をして、
「いや、さすがにちょっと年下過ぎるかなと……」
と視線を逸らしながら言った。
「あー……まあね」
その時私は亮弥くんのことを思い出した。
「たしかにけっこう大きい差だよね……」
「何その実感こもった言い方」
「でも男の人のほうが年上ならそんなにおかしくないんじゃない?」
「いや、逆にその……あんな若い子が好きなんだなみたいなさ……」
「なるほど」
女性の立場から見ると男性が年上だとリードしてもらえていい気がしてたけど、逆から見るとそういう認識もあるのか。
ましてや良識の固まりのような正樹なら、それを恥ずかしく感じる気持ちは少しわかる。
「でも二七歳と……正樹が三八? ならそんなにおかしくない気がするけどな……」
「そうかな……」
「正樹が好きになれるならいいんじゃないかな」
私の場合は年が離れていること自体がダメだったんじゃなく、恋愛対象に見られないことがダメだったんだし。
「優子は彼氏いないの?」
「ああー……、私は、ちょっと、いないですね……」
「あれからずっと?」
「う~ん……そういうわけでもないんだけど……」
「優子もだいぶ年下の子に言い寄られたの?」
「いや、まあ……、でもそれはあの、つき合ってはいないよ」
「それ以外にもいたんだ」
「えっと、まぁ……どうかな」
「優子が否定しない時は、イエスなんだよね」
正樹は、ははは、と優しく笑った。
実は特筆する程でもないけど、正樹の後につき合った人が一人いた。
バーで知り合って、半年ほどつき合ったけど、最終的には正樹がいかにいい男だったかをしみじみ思っただけだった。
「俺はね、ずっと一人」
「えっ、そうなの?」
「うん」
「それじゃ、桜井さんとつき合うだけつき合ってみればいいじゃん。嫌いじゃないんでしょ?」
「優子はもう俺とつき合ってはくれない?」
一瞬、周囲の音が消えて、息が詰まる感じがした。
「え……」
「俺はずっと優子以外に考えられなくてさ。堂々と優子の隣にいられるような男になろうって、頑張ってきたんだけど」
「正樹……」
「優子のおかげさまで。"優子さんは元気かしら"って、よく言ってる。母は優子のこと大好きだったからなあ。優子が通ってくれてた時も、娘が出来たみたいで嬉しいってずっと言ってた」
「そうだったんだ……」
「そんなことも伝えないままで、無理させっぱなしになって、本当、何やってたんだろうな、俺」
「仕方ないよ、あの時は現場すごく忙しかったしね」
「優子、俺さ」
「うん」
「優子が本社に行って、少し嫉妬しちゃってたんだよね。同じ会社にいて、年下の彼女のほうが上の組織に上がって、気にならないつもりだったけど、無意識に焦りや惨めさを感じてた。そういう気持ちになったこと自体が情けなくてさ。優子と別れてから、自分も頑張って本社に行こうと思ったんだ」
「そうなんだ……」
私はこの時に聞くまで、正樹がそんな気持ちだったなんて全く知らなかった。
正樹と自分を比べるようなことは考えもしなかったし、私は私が働きたい場所に行ったというだけで、自分が正樹より上に行ったという意識もなかった。
「それで来てみたら優子、社長秘書になってたからびっくりした。また手の届かない人になったなぁって」
「全然だよ……。秘書なんて何もエラくないし、会社に対してもお客様に対しても何も直接的な利益を生み出せない。秘書の仕事は好きだし、性に合ってるとも思うけど、ね」
この仕事で本当にいいのかな、私がやりたかった仕事って、本当にこれだったのかな、という思いは総務の時からずっとある。
しかも社長秘書になったのも、別に能力を買われたわけでもなく、社長が私の顔が気に入ったからという謎の理由だったことを先輩秘書から聞いて、相当凹んだりした。
「ま、それはいいんだけどさ。つき合うの? 桜井さんと」
そう聞くと、正樹は一瞬驚いたような顔をして、
「いや、さすがにちょっと年下過ぎるかなと……」
と視線を逸らしながら言った。
「あー……まあね」
その時私は亮弥くんのことを思い出した。
「たしかにけっこう大きい差だよね……」
「何その実感こもった言い方」
「でも男の人のほうが年上ならそんなにおかしくないんじゃない?」
「いや、逆にその……あんな若い子が好きなんだなみたいなさ……」
「なるほど」
女性の立場から見ると男性が年上だとリードしてもらえていい気がしてたけど、逆から見るとそういう認識もあるのか。
ましてや良識の固まりのような正樹なら、それを恥ずかしく感じる気持ちは少しわかる。
「でも二七歳と……正樹が三八? ならそんなにおかしくない気がするけどな……」
「そうかな……」
「正樹が好きになれるならいいんじゃないかな」
私の場合は年が離れていること自体がダメだったんじゃなく、恋愛対象に見られないことがダメだったんだし。
「優子は彼氏いないの?」
「ああー……、私は、ちょっと、いないですね……」
「あれからずっと?」
「う~ん……そういうわけでもないんだけど……」
「優子もだいぶ年下の子に言い寄られたの?」
「いや、まあ……、でもそれはあの、つき合ってはいないよ」
「それ以外にもいたんだ」
「えっと、まぁ……どうかな」
「優子が否定しない時は、イエスなんだよね」
正樹は、ははは、と優しく笑った。
実は特筆する程でもないけど、正樹の後につき合った人が一人いた。
バーで知り合って、半年ほどつき合ったけど、最終的には正樹がいかにいい男だったかをしみじみ思っただけだった。
「俺はね、ずっと一人」
「えっ、そうなの?」
「うん」
「それじゃ、桜井さんとつき合うだけつき合ってみればいいじゃん。嫌いじゃないんでしょ?」
「優子はもう俺とつき合ってはくれない?」
一瞬、周囲の音が消えて、息が詰まる感じがした。
「え……」
「俺はずっと優子以外に考えられなくてさ。堂々と優子の隣にいられるような男になろうって、頑張ってきたんだけど」
「正樹……」
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