大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

根城と居場所

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とりあえず試験が終わり、どこからともなく現れた審判役であろう先生がジャッジを下した瞬間、アーネがそのまま治癒魔法を俺に使う。
俺をズタボロにした本人から治療を受けつつ、なぜ俺だと分かったのか尋ねる。
すると、アーネ曰く、「動きがあまりにも貴方そっくりだったので」とのこと。
「まぁ、相当動きがぎこちなかったので、最初は戸惑いましたけれど、流石に色々と不自然ですぐに気づきましたわ」
「俺と分からないように色々やってたんだけどなぁ……」
「……少しばかり、背丈も大きくしてましたしね……」
『少しばかり……?』
何故かアーネが少し目線を逸らしながらそう言う。
「さて、今日の治療はここまでですわね。今、完治させると大変なことになりますわ」
回復魔法より身体への負担が少ない治癒魔法とはいえ、限度がある。左腕に添え木と包帯を巻き、軽く手を握ろうとして痛みに顔を顰める。
「思い切りやったろ、お前」
「もちろん。本気ではありませんけれど、全力でぶつかりましたわ」
「俺だと知っててやったのかよ。死ぬかと思ったぞ」そう言おうと思ったが、アーネの事だ。「これぐらいで死ぬ訳が無いでしょう?」そう返してくるのは容易に想像がついた。
代わりに別のことを聞く。
「全治までどのぐらいかかりそうだ?」
「やろうと思えば明日にでも。ですけれど、様子を見ながら五日程は掛けたいですわね」
「ふぅん。じゃあゆっくりして行こうか。急ぐ必要も無いしな」
ついさっきまで「これ本当に俺の腕?」という状況だったものが、少なくとも大怪我をした腕という認識ができる程度には戻っている。
ただ考え無しに治癒魔法を使えば、本人の体力を著しく消耗させたり、ウィルの時のように不自然な形で治癒され、元に戻す事も困難になる。アーネの治癒の腕は相当な物だし、その彼女が勧めないということは、そういう事なのだろう。
幸い、冬休みまでもう数日ある。それまでに完治させ、森の方へ戻って年末恒例の魔獣による大侵攻を止める。それだけの時間はありそうだ。
「私も行きますわよ」
「……あ?何が?」
「紅の森。またあの魔獣達が押し寄せてくるんでしょう?私も手伝いますわ」
「そりゃ正直言って助かるが……」
その後の言葉は飲み込んだ。
違うよな。コイツが欲しいのは「危ないから」とか「俺とヤツキだけで大丈夫」とか、そう言う言葉じゃねぇんだよな。
「いや、助かる。頼む」
「えぇ、頼まれましたわ」
そう言って、アーネがニコリと笑う。
「……さて、ちょいと俺はこの後用があるんで、悪いが先に戻っててくれ」
「後からにしたらどうですの?その状態なら余程の事じゃない限り、明日にしても仕方ないと思いますけれど」
「大丈夫大丈夫」
「なら、せめて付き添いを……」
「いんや、平気だ」
そこまで言うと、アーネは溜め息をついた。
「後で聞かせてもらいますわよ。絶対」
「おう」
そう言ってまだ動く右手をヒラヒラと振って応える。
完全にアーネが訓練所から出、辺りがシンと静まり返ってから、痛む足に鞭打って立ち上がる。
「で、仕事っぷりはしっかり見てくれたかよ」
「ありがとうございました。お陰で無事試験を終えることが出来ました」
「礼はいい。それより報酬だ。忘れたとは言わせねぇぞ」
俺が試験を請け負う代わりに、シエルの情報を俺に寄越す。そういう取引だった。
攫われ、《魔王》と成り、殺せるはずの俺達をそのままにして去ったシエル。
否、最早あれはシエルではない。彼女の皮を被っただけの《魔王》。
あの時はまだ本調子では無い様子だった。それに何故か《腐屍者》を追って消えた。天敵であるはずの《勇者》を殺す最大のチャンスだったろうに、それを差し置いてまで《腐屍者》を追った。それがどういう意味かは分からないが、目の前の敵よりもその場にいなかった魔族を追う方が優先された。
神より創られた特殊ユニットであるなら、本来自身の神と敵対する特殊ユニットの排除は相当優先度が高いはず。それに、相手は一度痛い目を見た《勇者》だ。それを理解した上で、《魔王》は俺を置いて《腐屍者》を追った。
それほどまでに重要な理由が俺には皆目見当もつかない。
それがどこへ行き、何をしているのか。当然全く分からない。
分かっているのは、《腐屍者》を追っているということ、付き添いの従者のような女魔族がいるということ、そして──
──「あの程度の結界なら、造作もなく砕ける」
あの言葉に嘘偽りは有るまい。
奴は何時でもこの結界を砕き、混沌へと陥れる事が出来るのだ。
「シエル・フィーネは以前の奪還作戦以降、姿を消していました。そして結界の外は恐ろしく広く、捜索も困難を極めて──」
「前置きはいい。内容を言え」
そう言うと、珍しく学校長は溜め息をついた。
「いいでしょう。結論から伝えますと、シエル・フィーネは現在、王都より見て南東の果て、光も届かず見えぬ地の底、世界を断つ崖こと、断黒崖だんこくがいに居ると思われます」
だんこくがい?なんだそれ?
『戦時中、魔族の大きな拠点があり、そこ目掛けて機人が全力で火力を集中させた結果出来たドデカい割れ目クレバスだ。王都の位置からは遠い上に、その後機人が滅んでグルーマルの改竄があったから、知ってる奴はそう居ないはずなんだが……』
「どうやってその情報を掴んだんだ?」
「聖女様の方から聞かされた内容ですので、どうして手に入れたかまでは。ただ、貴方達が得た情報が非常に役立ったと聞きました」
俺らの情報……?どれの事だ?と思っていると、シャルが『あッ!!』と声を上げた。
『そうかアレか!って事はジェルジネンの場所もやっぱり──』
「?」
『前の逆探知で出した絵!アレの場所が今言ってた断黒崖の下だ!』
あー?言われりゃなんかやってたな。
『元々あった魔族の拠点が、地底深くにあった地底栄城。それを機人が墜そうとしたが、地底栄城は耐えた。その結果、ただでさえ攻めにくかった地点栄城は馬鹿みたいに深い割れ目の底に押し込まれ、魔法や魔術が得意な魔族達には攻めにくく守りやすい地形となって、実質的な攻略は不可能となった』
「でもそれって滅んだって……」
『あの難攻不落の都市をどうやって落とすんだよ。侵入方法は上から降りるしかないのに、降りようとすれば魔法や魔術の的にされ、周りの岩壁はそんじょそこらの方法じゃ崩れない。そもそも、クレバスの底にあるより前の時点で地形が変わるレベルの集中砲火を食らっても全然問題なかったんだぞ。むしろどうやったら墜とせ──』
「はい。地底栄城の事でしたら、確かに滅びました」
「どうやって?」
「噂によると、地底栄城はあの断黒崖が出来た時点で既に滅んでいたと聞きます」
『んな訳あるか!!下に降りようとしただけで何十人も魔法を食らって死んだんだぞ!誰かが、何かがいなけりゃ無理だろ!!』
「……崖を降りようとした奴が地底栄城の攻撃で死んだって話は?」
「そこも知ってますか。ならそこの真相だけお伝えしましょう。地底栄城はあの割れ目に呑まれた際、街や城と言ったものは完全に残っていたそうです」
『あぁ、それは俺も魔導具を使って視認した。だから──』
「ですが、魔族はほぼ全滅していたようです」
『──は?』
「それ故に、地底栄城が墜ちた時点であの拠点は滅んだ。けれど、度を越した強度の街並みは綺麗に残り、一方で中にいた魔族は耐えきれず死亡。運良く生き残った僅かな魔族が暫くは生き残っていたようですが──いつの間にか魔族は居なくなっていたそうです」
『なんだよ……それ……』
「証拠は?あと、その地底栄城が墜ちた時に魔族が死んだってのはなんでそう言える?」
「何年か前、当時の二つ名に依頼して行って貰いました。すると、地下に降りきるまで一切の攻撃はなかったそうです。レンガのような四角の石材で築き上げられた都市に降り立つと、そこには無数の墓標らしき石がそこら中に積んであったそうです」
誰かが居て、沢山死んで、誰かがそれを埋め、弔った。
「状況から推察するなら、一度に無数の魔族が死ぬタイミングは墜ちた時しかない。だとしても、死体は勝手に埋まらないし、墓石も置かない。誰かが居て、それを埋めて帰った。そうとしか解釈できない」
それが一番しっくり来るか。まぁ、俺は正直実際のクレバスも地底栄城も見たことないから何とも言えねぇんだけど。
「まぁ、把握はした。で、その情報は何時の話だ?」
「この前の魔獣騒ぎが終わったぐらいの頃ですね。そして──」
学校長が懐から紙を一枚出す。
長方形のそれはよく見ると真っ白な封筒で、表面に金で聖女の紋が描かれている。
「これが今朝届いた報告書です」
ピッ、とひったくるようにそれを取り開く。だが、俺が文字を読むより先に学校長が書いてある内容を読んだ。
「そこには以前の連絡の時と変わらずシエル・フィーネが断黒崖に居ることが書いてあります」
「今から向かったらどのぐらいかかる?」
「馬なら二十日、スレイプニルで十二日、と言ったところですね」
遠すぎる。《魔王》が何を企んでいるのかは全く不明だが、今から向かって間に合わない可能性の方が高い。
だから学校長も情報を寄越したのだろう。今知ってもどうにもならない。
「そう、か……」
「それでは以上で依頼は終了です。ありがとうございました」
嫌に綺麗なお辞儀が、逆に鬱陶しく感じた。

── ── ── ── ──

改めて地上に降ろされた私が、最初にした事は現状の把握です。と言っても、この荒れ果てた荒野からは絶対に出られないので、そこでの生存も並行して、ですが。
本当に何も無かったので、家を建てるより下に潜る方が早いと判断して地下へ。さらに有り合わせの道具で偵察機を作って現状把握も。
五日で分かったのは、私の知らない障壁に似た強固な壁がある事、相当遠い所にヒトの王都があり、そちらから誰かが荒野へ一直線に向かってきていることでした。
そのヒトは翌日、私がいる所へと来ると、私を呼び出して一通の書状を渡してきました。
「ここに英雄の育成校を建てる。貴方にはその教師をしてもらう」
冗談じゃない。私は抗議しました。こんな僻地で研究もさせられて、その上畑違いの後進の育成。無理難題、無茶無謀は過去に何度もこなしましたが、この時ばかりは不可能だと言い切りました。けれど。
「やりなさい」
その一言を聞いた瞬間、私は肯定の言葉を口走っていました。
あとから知ったのですが、このヒトは偉い人の使い走りなどではなく、もっと神に近い存在。《聖女》だったらしいのです。
結局拒否する事も出来ず、せめてここに施設を建てるための資材と人手をくれと言うと、二日で用意する。一週間でどうにかしろ。そう言って去っていきました。
滅茶苦茶だ。私は泣きそうになりながら、準備を始めました。
それがこの始まりです。

── ── ── ── ──

部屋に戻り、アーネにどういう話があったかを全部隠さずに話し、そのままベッドに入って翌日。
一日もしたら流石に下半身の激痛は無くなり、普通に動かせるようになっていた。
「で、どうするんですの?」
「とりあえず、今からその断黒崖に行くのは無理だ。結界抜けるにも許可が要るし、往復で二十日以上かかるとなると、年末の魔獣行進モンスターパレードに間に合わない。あれをヤツキ一人でどうにかするのは不可能だ」
「貴方が居なかった時はどうしてたんですの?」
「昔はあんなに酷くなかったんだよ。ただ、年々数と質が増してる」
それだけ魔獣が増えてきているのか、それとも結界が年々弱まっているのか。どちらにせよ、《魔王》も気になるが、パレードの方をどうにかしないと、結界を食い破られて大量の魔獣が東側から王都目掛けて雪崩込む。
きっとなんとか持ちこたえられはするが、そこから立ち直るのにどれだけ時間がかかるか。もし、それを察知して《魔王》なり《腐屍者》なりが攻めてきたら、それこそヒトは終わる。
今《魔王》が不穏な動きをしているからと言って、そちらに向かえないのは歯痒いが、紅の森に向かうしかあるまい。
「他に助けを呼ぶとか……」
「中途半端な奴だとむしろ邪魔だぞ。助ける手間が増える。必要なのは最低でも二つ名クラスの手練だ」
その上で相性とかもあるけどな。正直言うと、アーネの魔法は下手したら一発で森が焼けてなくなる可能性があるから決して良くはないんだが……生木は燃えにくいし、多少は大丈夫だと思いたい。
「ま、そんな訳だ。頼りにしてるぜ」
「もちろんですわ」
心配事は決して言わず、アーネにそう言って、数日。
試験の結果が出た。

── ── ── ── ──

必死にやりましたが、無理なものは無理でした。
出来はするのですが、時間が足りません。
神に命じられた研究をしろという命、それに加えて聖女からの教師をしろという命。
どちらか一方ならまだ出来ます。けれど、どちらも両方となると、圧倒的に時間が足りません。
ああ全く、本当に効率が悪い。
効率が悪いので、良くすることにしました。
私という存在を二つに分け、一人は学校を経営する存在として。
もう一人は、研究に没頭し、成果を上げる存在として。
普通はそんなことは出来ないでしょう。
けれど私は普通ではありませんでした。
稀代の天才で、魂というモノの存在、その把握までは機人の頃にやっていました。
そして、幸運なことに、私の魂は二つありました。
機人としての私と、ヒトとしての私。
それを半分こにして、別の存在として分ける。
そうして私が生まれ、新しい《英雄》を何人も排出する一方で、表には出せない数々の発明を行っている。
神の奴隷として、今も、これから先も、ずっと。
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