大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

帰路と到着

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試験が終わって俺の身体も完治する頃、俺はアーネの家が出してくれた馬車に相乗りして、とんでもない速度でゼランバへと向かっていた。
試験は俺の知り合いは全員クリア。ただ、《剣姫》は少し学校で鍛え直しらしい。
《雷光》はウィルに付き添って学校に残る。ユーリアは父親との取り決めで家に戻るらしい。ついでに少し金を返しといてくれと言って、いくらか宝石を渡してお願いした。《臨界点》は知らん。
二つ名では無い知り合いだとリーザも家に帰るとのこと。クアイと会って話たいそうだ。あとセラ。彼女は俺が冬の間どうするか聞いてきて、森に帰ると言うと、自分も着いてこようとしていた。
もちろん断り、自分の家に帰れと言っておいた。
さて、そんな訳で例年通りならパレードまであと一週間ないぐらい。割と急ぎで紅の森へ帰ろうとしていたのだが、アーネの家が迎えに寄越した御者に「旦那様がレィア様とお話されたいそうです」と言われ、少し考えてから乗る事にしたのだ。
急ぎではあるが、パレードまでは少し余裕がある。元は馬も無しで直で紅の森へと向かうつもりだったが、ある程度とは言え馬車を使えるなら話は変わる。ルート的には少し遠くなるが、それを差引いても日帰り……いや、一日ぐらいなら時間を捻出できるだろう。
それに、俺もゼランバに全く用が無い訳では無い。もし行けるなら、そこで少しばかり用を済ませてから行くのもアリか。
「旦那様が早く来るように、との事なので急げるだけ急ぎます。舌を噛まないようにしてください」
「ん?そりゃありがたいが……おぉっ!?」
御者が急ぐと言った途端、馬が尋常ではない速度で走り出す。
見る限りは普通の馬なのに、なんでこんなに早いんだと思ってよくよく見れば、御者の握る手綱から魔力が漏れている。
『面白いな。手綱に術式を刻印して魔法陣の代わりにしてるのか』
という事は恐らく何かしらの魔法が馬にかかってるのだろう。この速度でも危なげなく運転出来る御者には流石の一言だが、それはそうと御者にこんなに急がせて俺を呼び出してるってのは少しばかり怖いな。何の話なのかさっぱりわからんだけになおのことだ。
流石に街に入れば速度は落ちるだろうが、ゼランバまでだと荒野が半分弱程占める。大幅な短縮にはなるだろう。
思ったより時間的余裕が出来るかもしれないな。

── ── ── ── ──

舐めてた。まさかその日の夜に着くとは思ってもなかった。
いやいや早過ぎるだろ。いくら何でも一日でゼランバに着くのは流石に想定外だわ。
二時間程で荒野を抜け、街をそれなりの速度で移動。一番時間を食う関所は何故かほぼ素通り。二、三度止まったようだが、すぐにまた動き出していた。
いやマジでどうなってんだよ。アーネの家って金持ちだけど貴族とかって訳じゃなかったはずだが。つか貴族でもほぼ素通りってまず無いと思うんだが。
「つ、つかれた……」
「お嬢様、レィア様、お疲れ様です」
ほぼ休憩もナシのノンストップ走行。御者も馬も俺達もぐったり。
そして時刻は既に八時前。腹も減っているが、それ以上に疲労がしんどい。乗ってるだけだったが、長時間の移動は堪える。
「ただ今帰りましたわ~。レィアも一緒ですわよ~」
と言いながらアーネが玄関の扉を開いて中へ。当然俺も後を追って入る。
「お邪魔しまーす」
「お待ちしておりました、アーネ様、レィア様」
そう言って綺麗なお辞儀をするのは執事のモーリスさん。もしかしてずっと待っていたのだろうか。
「長時間の移動、お疲れ様です。食事のご用意が出来ております。皆様お待ちですよ」
そう言っている間にどこからともなくメイドさん達が来て、俺とアーネの荷物を受け取って去っていく。
個人的にはもう寝てもいいぐらいなのだが、流石に呼ばれて断れはしない。つかもうアーネもフラフラと行ってるし。
「父様、母様、兄様、ただ今帰りましたわ」
「おぉ、お帰りなさいアーネ。レィア君もよく来たね」
広間にはアーネの両親と兄のエルストイが既に座って待っており、父親のニコラスがこちらに笑いかけながらそう言った。
「お、お世話になります。今回は俺だけだけど」
「あぁ、シエル君の事は簡単に聞いている。詳しくは聞かないが……」
ニコラスはどこまで知ってるんだろうか。俺は夏以来彼に会ってないし、特別連絡も取ってない。多分アーネが話したのだろう。
「大丈夫ですわ。次の夏には必ず連れてきますの」
「そうかい。楽しみに待つとしよう。さて、何はともあれよく来てくれた。歓迎しよう」
そこから俺達は聖学であったアレコレを話せる範囲で話したり、逆にニコラスやエルストイから最近街がどうとか、後はくだらない雑談をしながら夕食を楽しんだ。
最初はよく分からない呼び出しをされて少し身構えていたが、それを見抜かれて「もっと楽に、以前のようにして構わないから」とニコラスに言われた。変に緊張しすぎたな。
「あぁそうだ、冬季休暇はいつまでだったかな?」
夕食が終わる頃、ニコラスがそう聞いてきた。
「二週間ちょっとですわ。六日には向こうに戻りますの」
「そうか。それまでレィア君もゆっくりしていきなさい」
「ん、いや。悪いけどそこまでここに居ねぇわ。一日二日で行かにゃならん所があってな」
「ほう?差し支えなければどこか聞いても?」
魔族襲撃の件やらシエルの魔王化の事と比べればなんてことは無い。特に隠すことでも無いので、あっさりと答える。
「紅の森。俺の実家だ」
「なるほど。年末ぐらいは顔を出した方がいいだろうからね。帰りはともかく、行きの馬車ぐらいは出そう」
「父様。私も行きますの」
「アーネも?ダメだ。急に行ったらレィア君のご家族に迷惑がかかるだろう?」
「あー……まぁ、そこは問題ないだろうけどな。そんなの気にする奴じゃないし」
「だとしてもだ。それに去年も急に聖学から指示があったからとか言ってシエル君と家を飛び出し──」
そこでニコラスもふと口を止める。なんだその話。初めて聞くぞと思いながらアーネの方を向くと、珍しく視線を泳がせている。
「さてはアーネ……お前、やったな?」
「け、結果的に助かったんですからいいでしょう?」
「待てアーネ、助かったとはどういう事だ?私に隠している事があるな?ちょっと私の部屋に来なさい」
『あーあ、最後の所で完全に墓穴掘ったな』
「えっと……俺は……?」
「疲れているだろう?ゆっくり休むといい。モーリス、案内してあげなさい」
「かしこまりました」
いつの間にか近くにいたモーリスさんが俺を「こちらへどうぞ」と案内し、逆にアーネは父親に「こっちに来なさい」と連れ去られていく。
「……去年のヤツ、許可取ってなかったのか」
下らないことに今気づき、俺は溜息をついてモーリスさんの後を追った。

── ── ── ── ──

「う、ぅーん……」
柔らかいベッドから身を起こし、朝イチの背伸びをすると、背中からバギボギ!!と凄まじい音がする。昨晩は良く眠れたようだ。
「マキナぁ、今何時だ?」
「八時二分です。少々遅めの起床ですね」
「疲れも溜まってたしそんなもんだろ」
テーブルの上に置いておいたマキナを手に取り、空の眼窩に軽く触れさせる。するとマキナが自分でサイズを調整し、ピタリと来るようにはまる。ベル曰く、毎日外して寝る必要などは無いらしいが、ずっとつけていると自分が隻眼である事を忘れてしまいそうになるので外す事にしている。
自分の目ではないと言うのはメリットでありデメリットだ。そこを忘れないようにしたい。
確か朝食の時間はいつも決まって八時頃だったはず。まだ間に合うな。
寒い寒いと言いながらも一分で身支度を終え、非常に冷たい水で顔を洗い、部屋を出る。
丁度そのタイミングで少し遅い俺を起こしに来たらしいモーリスさんと会い、挨拶をして広間へ。案の定俺が最後だったらしい。
「何で昨日見捨てたんですの!?」
「阿呆、ありゃ言ってねぇお前が悪い」
「おはようレィア君。昨日はすまなかったね。それで結局聞きそびれたんだが、今日か明日にでもここを出ると?」
「ん、あぁ。どうしても外せない用事でな。それで……その、なんだ。アーネの力も借りようかと思っていたんだが……」
「その話は昨日その子とも話した。良いよ。行ってきなさい。ただし、絶対に怪我はしない事。特に顔はね」
「……いや、悪いが無理だ」
そう言うと、ニコラスが思い切り眉を寄せる。
「無理、というのは?」
「戦いに怪我はつきものだ。無傷で終わることなんて十対零ぐらいの有利じゃないと出来ないし、どうしたって擦り傷やちょっとの切り傷とかは……うん?」
そう言っていると、ニコラスの顔がなんとも言えない顔をしているのに気づいた。
「あぁいや、レィア君。なんというか、そこまで完璧である必要は無いんだ。私だって商人とはいえ、少し荒っぽい分野にいるし、エルストイもどちらかと言えばそちら寄りだ。そのぐらい怪我とも思わないさ。つまり、何が言いたいかと言うとだね」
一拍置いてから誤解がないようにニコラスが言う。
「無事に帰ってきなさい。それだけの事だよ」
「それは……出来る。やるさ」
俺がそう答えると、ニコラスが少し困ったように笑った。
「さて、では先に失礼するよ。少し用があってね。基本は書斎に居るが、居なければモーリスに言伝を頼む」
そう言ってニコラスが先に部屋を出る。
ふむ、さてどうしようか。
とりあえずベルの所に顔を出さにゃならんのよな。
マキナの整備を出来るタイミングが、俺がゼランバに寄った時ぐらいしかないので、一度行っておきたい。それとは別にまたベルに頼みたい事もあるし、この辺は優先度高め。
あとそこそこ長持ちする食料を買い込みたい。
「よし、行くか」
「?、どこへ行くんですの?」
「ちょっと街の方をぶらぶらとな」
と言うと、アーネが即座に「私も行きますわ」と言う。
「え、大した事しねぇけどいいのか?」
「いいんですわよ。貴方と一緒なら楽しいんですもの」
そういうモンなんだろうか。この辺はよく分からないが、アーネが良いと言うなら良いんだろう。
「んじゃ行くか」
という訳で、アーネと二人で街へ。
アーネの兄は仕事、母親は……何してるか分からんが、屋敷の奥へと消えていった。
三十分程して、アーネがようやく玄関まで来る。
「ま、待たせましたわね……」
「何、待つのも慣れたさ。しかし……」
じっとアーネを爪先から天辺までじっくり眺める。
「な、何かあるんですの?」
「いや。やっぱり赤が似合うんだなって」
「ありがとうですわ」
何よりも赤く鮮やかな髪と瞳、それを際立たせるような真っ白な上着と真っ白のふわふわとした帽子。ベースの服は白をメインに所々黒のボタンや赤のラインが見える。流石にこの寒さなのでスカートは足首まであるような長い物。足元は踵を少し上げるような黒のブーツ。お陰でなおのことアーネがデカく見える。
生憎とコーディネーションの事は全くと言っていい程分からないが、かなり良いんだろう。
というか。
「うーん……」
「?」
「いや……ぶっちゃけお前が着れば大体何でも良く見えるんじゃねぇかな」
スラリと長い手足に、かなり女性的丸みが強い身体。顔だって一目見ればそう忘れられないような整った顔。
前提条件としてこれだけのものがあるなら、余程のことがない限りは失敗しないだろう。
「……褒めて、るんですわよね?」
「もちろん。何を着ても様になるってのは、素材と服を合わせて八十から九十点を取れるって話だ。結局素材に合ったものを合わせないと百点は出ねぇよ」
「じゃあ今の私は何点ですの?」
「百五十点。文句無しに最高だ」
そう言って手を差し出す。
「そう言う貴方は余計な一言で減点ですわよ」
『何でも良く見えるってのは一概に褒め言葉とは言えねぇしなぁ』
そうなのか?うーむわからん。
「そりゃ手厳しい。どうやったら赤点を免れるか教えてくれ」
「もちろん私を満足させてくれたら、ですわ」
アーネはそう答えて俺の手を握った。

── ── ── ── ──

冬になると、どこの都市もかなり静かになるらしい。
日も落ちるのが早いし、寒いし。活気が少し落ち着くそうだ。
だから夏の時とは大きく雰囲気が違うかもね、とエルストイが言っていたのだが……
「思ったより活気あるじゃん」
表が騒がしいとか、大通りが人で埋まるとか、流石にそこまでではないが、充分にヒトが居て、往来がある。
「じきに聖女様の生誕祭ですものね。まだ時間があるから屋台も無ければ、言うほどに活気もありませんけれど……」
「そうか、そういやあったなそんなの」
たしか去年は、ヤツキと二人で屋根の上から遠くの花火を見たっけか。もう何年も前のことに思える。
「とりあえず色々見て回ろうぜ。俺の行きたい所は午後からでも何とかなるしな」
アポは取ってないけどまぁなんとかなるだろ。あそこ年中暇そうだし。
「どうせベルの所でしょう?」
ま、流石に言わなくてもわかるか。
「じゃあ、行こうか」
そう言って俺達は街へと繰り出した。
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