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エンドロールの後も人生は続きます

兄弟と親子

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 オルフェウスを亡くしたお前は、あの時のまま時を止めてしまった。

 それを知っていたのに、お前が笑うから、大丈夫なのだと思っていた。

 いや、大丈夫なのだと思いたかった。

 皇帝を演じる時、無駄にお前がはしゃぐ時、憎い筈のジルベールを真似ていると、気付いていたのに。

 お前の危うさから、俺は目を背けてしまった。

 共に走り続けていると、思っていたかった。

 時を止めたお前には、辛いだけの人生だったのに・・・・。

 俺はお前に甘えていたんだ。

 子供の頃から兄貴ぶって、事ある毎に兄と呼ばせようとするお前に。

 俺とお前は全く似ていなかったが、生まれてから今まで、多くの時間を共に過ごし、同じ思い出を共有するお前を、俺は双子みたいだ、と思ってたんだ。

 俺達の思い出は辛いことの方が多かったが、それでも、お前と過ごした時間は、楽しかったよ。

 ありがとう。兄さん。

 そして、すまなかった。

 ウィリアムの収められた石棺の上に花を置き、オルフェウスの石棺に向き直り、花を手向けた。

 オルフェウス。

 守ってやれなくてすまなかった。
 
 埋葬もされず、ウィリアムのそばで過ごした10年は辛かったか?

 それとも幸せだったのか?

 最後の最後に、ウィリアムは道を誤まったが、全てお前を想っての事だ。

 どうか許してやってくれ。
 
 アウラよ、俺の声を聞いているか?
 俺は、あんたの尻拭いを頑張っただろ?

 俺の働きを評価してくれるなら、どうか、ウィリアムを許し、次の人生はオルフェウスとウィリアムが、二人で幸せに暮らせるようにしてやってくれないか?


 祈りと言うには不躾な物言いだろうが、今の俺にはこれが精一杯だ。

 二人の石棺に背を向け、霊廟を出ると、祈るように両手を組んだレンが、冷たい風に髪を揺らしながら俺を待っていた。

「もういいの?」

「あぁ。オルフェウスとの蜜月を邪魔したら、ウィリアムに怒られるからな」

「そうね。邪魔しちゃダメよね」

 瞳を覆った涙の膜を揺らし、微笑む番の肩を引き寄せた。

 それだけで、灰色に見えていた世界に、色彩が戻った様な気がする。

「ここは冷えるな。馬車に戻ろう」

 等間隔で立つ衛兵が作る道を辿り、馬車へと向かった。

 帰りの馬車では、レンに癒してもらおうと目論んでいた俺だが、馬車の前では、ロイド様とアーノルドが、俺達を待ち構えていた。

 首に花輪を掛け、白い羽を揺らす馬を撫でていたアーノルドが、俺たちに気付いて、手を振っている。

 ロイド様は、黒い毛皮のマフで手を覆っているが、マフの中でも、愛用のミスリルの扇を握っているのだろうか。

「気は済みましたか?」

「はい。お待たせして申し訳ありません」

「道を違えてしまいましたが、貴方達兄弟の絆は、本物であったとわたくしは思いますよ」

 ロイド様の労りの言葉に母性を感じ、胸が熱くなった。

「貴方の母とは仲良く出来ませんでしたが、貴方とレン様の事は気に入っています。実母の様にとはいかないでしょうが、困ったことがあれば、いつでも相談にいらっしゃい」

「ありがとうございます」

 胸に手を当て、騎士の礼を取ると、ロイド様は「困ったことがなくても、会いに来ていいのですからね?」と笑っていた。

「では、レン様は、私達わたくしたちと一緒の馬車で帰りましょうね」

「はい。ロイド様ありがとうございます」

 にっこりと頷くレンの後ろから付いて行こうとする俺の行手に、アーノルドが立ち塞がった。

「何をしている」

 不機嫌な声を出す俺に、アーノルドは苦笑いだ。

「アレクサンドルは、そっちの馬車にお乗りなさい」

「えっ?」

 番の温もりで癒して貰おうと想っていた俺は、レンを奪われて動揺してしまった。

「なんですか?貴方はいつもレン様を独り占めしているのですから、皇宮へ帰る間くらい我慢なさい」

「え・・・いや・・あの」

 ピシャリと言い渡され、しどろもどろになった俺にレンは「また後でね」とにっこり笑って、ロイド様と一緒に馬車に乗り込んでしまった。

「じゃあ。僕は母上と同じ馬車に乗りますので、兄上はこっちに乗ってください」

 レンの乗る馬車に向かおうとする、アーノルドの腕を思わず掴んでしまった。

「おい! なんで俺だけ別の馬車なんだ」

「もう、兄上。大人気ないですよ? 兄上は自分のサイズ、分かってます?」

 狭くなるから嫌だとでもいうのか。

 俺の手をするりと抜け、アーノルドもレンと同じ馬車に乗ってしまった。

 何なんだ。
 話しなら、皇宮に帰ってからでも良いじゃないか。
 不満を募らせながら、馭者に扉を開けさせると、そこには親父殿の姿があった。

「おやじ・・父上。ロイド様とご一緒だったのでは・・・」

 戸惑う俺に、親父殿はのんびりとした声で、風が入るから早く乗れと言った。

「私が一緒だと、ロイド達は居心地が悪い様なのだ」

「そう・・・ですか」

 いや。俺だって居心地悪いぞ?

 馬車の中は沈黙が支配し、居心地が悪いのを通り越し、既に苦痛だ。

 馭者の掛け声が聞こえ、軽い揺れの後、馬車が走り出した。

 親父殿は、腕を組んだ姿勢で目を閉じている。
 どうやら会話をする気は無いらしい。

 あの日記を読む前なら、親父殿にあれこれ問い質したかもしれないが、今は何かを聞く気にはなれない。

 あの日記に記された内容が、ただの妄想だったとしても、母にとっては真実だったのだろう。

 それさえ分かれば、公表出来ない事柄を掘り返す気にはなれなかった。

 互いに沈黙を守ったまま、俺は沿道で手を振り祈る人々を、ぼんやりと眺めていた。

「アルサク城で」

「えっ」

 唐突に口を開いた親父殿に、不躾に聞き返してしまった。

「失礼しました。今なんと?」

 他人行儀な物言いに、親父殿の眉が下がった。

「アルサクで、レンと色々話したのだが。あの子は良い子だな」

 良い子と来たか。
 まるっきり子供扱いだな。

「そうですね。レンは皆から好かれています」

 そうであろう、と頷く親父殿は何処か嬉しそうだ。

「私には4人も子が居たのに、幼い頃全く構ってやれなかった。レンと話していて、子育てというものを、もっとするべきだったと後悔した」

その原因は母なのだが。

「そうですか・・・今からでもアーノルドを可愛がってやれば良いのでは?」

「うむ。しかし可愛がるには、お前達はガタイが良過ぎるな」

 ガタイの問題か?
 どんな可愛がり方を考えてるんだ。

「では、孫を可愛がれば宜しいでしょう」

「孫?・・・そうか孫か」

 何故、目から鱗みたいな反応なんだ。
 
 何を想像しているのか、瞳が弧を描いている。

 俺の知る限り、親父殿はいつも夢を見ているような、ぼんやりとした表情の、人形の様なお方だったが、今は瞳に光が灯り、人間らしさを取り戻したように見える。

「・・・お前は私とリリーを恨んでいるか?」

 遠慮がちな質問に、出来るだけ感情を乗せないように気を配りながら、俺は答えた。

「子供の頃・・・寂しいと想ったことは有ります。しかし、恨んではいません」

 俺の答えに、親父殿は「そうか」とホッとしたように呟いた。

「・・・お前から、リリー達の罪を聞かされた時、私はリリーのやりそうな事だと思った。マシューはあれの全てであったからな」

 親父殿は、母の狂気じみた執着を知っていたのか?
 知った上で、共に過ごして来たのか?

「リリーは可哀想な人だった、と言ったであろう?哀れなほど番を求めるリリーが、私は愛しかった」

「愛しい?それは、幻術で作られた感情では無いのですか?」

 幻術と聞いて、親父殿の目が驚きで大きくなった。

「リリーは幻術が得意なことを隠していたのだが、お前は知っていたのか?」

「いえ、最近知りました」

「そうか、そうであろうな」と親父殿は一人で納得している。

「皇家の人間は、その血の濃さ故に、特異な能力と欠陥を併せ持って生まれるものが多い。私と父上もそうだった」

 急に話しが飛んだが、親父殿は何が言いたいのだろう。

「おや・・父上が?」

「私には、どんな魔法も毒物も効かないのだよ」
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