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アレクサンドル・クロムウェル

邂逅/ 邂逅4

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  なんて可愛いんだ
 心に空いた空虚な穴を、温かな感情が埋めていくのがわかる。

 この人は・・・俺の番だ

 やっと出逢えた、魂の片割れ、俺の伴侶。

 眠っているのか、瞼を閉じたままの愛しい顔を見下ろしていると、ふと違和感を覚えた。
 洗礼の間を満たす花の香りの中に、嗅ぎ慣れた鉄臭い、嫌な匂いが混じっている。
 
 そんな!!・・・まさか!?

 今までの温かな気持ちは消え、鷲掴みされた様に心臓がギュッと縮まった。

 信じたくない気持ちで、恐る恐る番の全身を目で確かめる。
 すると腕に抱く俺の腹側、番の右の脇腹が溢れた血で赤黒く染まっていた。

 嘘だっ!!

 俺は白蓮の花を蹴散らし、水飛沫をあげて泉から飛び出した。
 泉から上がった俺は、床についた膝の上に番を抱え直した。
 すると愛しい番の首が、力無く後ろへ仰け反り白い喉がむき出しになった。
 震える指で触れた頬は、氷の様に冷え切っている。

 嗚呼!! 
 そんな・・・ダメだ。だめだ、駄目だ!!

「グウウ・・・」番を失う恐怖と怒りで、喉から唸りが漏れた。
 それでも瘧のようにガクガクと震える躰を叱咤し、邪魔な剣を番の腰から引き抜いて放り投げ、衣を捲り上げて、脇腹の傷を確認した。
 そこには玉白の肌に似つかわしくない、刃物で出来た深い傷があった。

 誰だ!?
 俺の大切な番に、こんな酷いことをしたの は?!

 殺してやる!!

 怒りで目の前が赤く染まった。

 だがよく見ると、俺の番は自ら治癒魔法を掛けているのか、傷口が白く光ってゆっくりとだが、傷が塞がり始めていた。

 俺は上着の隠しから回復薬を取り出し、白い肌に刻まれた傷に振りかけた。
 薬の効果で出血は止まったが、傷口は開いたままだ。

 いったいどれだけ深く刺されたんだ!?
 これ以上、何をしたらいい?

 心臓が早鐘を打ち、耳の中で流れる血の音がうるさい。

「閣下!しっかりして下さい!!」
 誰かが俺の肩を掴んだ。
 俺は本能のまま、肩に置かれた手を振り払い威嚇を放った。

 誰であろうと、俺から番を奪うなんて許さない!!

 しかし相手は、俺の本気の威嚇を難無くいなし、今度は前に回って両方を掴んできた。
「愛し子は、怪我をされているんですね?ロロシュは治癒魔法が使えます。彼に見せて下さい」
 金茶の透き通った瞳が、俺を覗き込んだ。

「治癒?ああ……そうだな、そうだった」
 俺は治癒魔法は使えない。
 ロロシュは治癒魔法が使えると、ウィリアムが言ってきていたじゃないか。

 頭では解っているのに、腕の中の小さな人を他人の眼に映らせたくなかった。
 腕の中に囲って誰にも見せたくない。
「愛し子が死んでもいいんですかっ!?」
 マークに怒鳴られ、ビクリと肩が跳ねた。
 
 死ぬ?この人が?
 そんな……そんな事は許されない!!

 俺はロロシュから番が見えるように、ノロノロと腕を解いた。
「オレの治癒魔法は一級品だ。まかせろ」
 ニカリと笑うロロシュに頷き返した。

 魔力を両手に込めたロロシュが、番の腹に手を充て、治癒魔法を掛けていく。

 その間俺は、番の滑らかな頬を撫で続けた。
 人形の様に白い顔は本当に小さくて、俺の無骨な片手で隠してしまえる程だ。
それが愛しくて切なくて、涙が溢れそうだった。

 早くこの人の瞳が見たい。
 その瞳に、俺の姿を映して欲しい。

 ロロシュは額に汗を浮かべ、一心に治癒をかけ続けてくれた。
 やがてロロシュは長く息を吐き、傷口は塞がったと、番の身体から手を離した。
「もう大丈夫だ」

 氷の様に冷たかった頬には温もりが戻って来たが、番は目覚めないままだ。
 このまま目覚めなかったらと考えると、絶望に目の前が暗くなる。

「何故・・・・目を覚さない」
「一応塞ぐ事はできたが、その子の傷はかなり深かった。その分大量に血を流しただろうし、回復には時間がかかる」
 番を目覚めさせられないロロシュに、筋違いと分かってはいても苛立ちが募る。
「大丈夫と言わなかったか?」

 この人に何かあったら、その首を捥ぎ取ってやる。

「あのなぁ、そんな怖い顔で睨んでも、どうにもできんぞ?さっきも言ったが回復には時間が掛かる。何よりこの子は今、魔力切れを起こしてる」
 説明するロロシュの顔に疲れが滲んでいる。

「魔力切れ?」
「そうだ。何があったか知らないが、この子が負った傷はもっと深かったんだろう。それを自力であそこまで治したんだ。相当量の魔力を持っていかれただろう」
「そうなのか?」
「そうだ」と言いながらロロシュは、手をあてた首をゴリゴリと回した。
「だから、あとは回復薬を飲ませて、ゆっくり休ませれば、直に目を覚ますさ」

「さあ閣下。宿坊に寝所を用意してあります。その方を休ませて上げましょう?」

 ミュラーの声が妙に優しくて
 俺は「あぁ」と惚けた声しか出せなかった。
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