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アレクサンドル・クロムウェル

邂逅/ 理性とは

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 奥の院から宿坊へと急ぎ移動する道すがら、愛し子を抱える俺を見て、興味を隠せない団員が近寄ろうとしたが、威嚇を垂れ流す俺に気付くと、皆一様にその場で凍りつき、動こうとはしなかった。

 後ろの3人は
「これはあれですよね?」
「疑う余地があるか?」
「やっと閣下にも春が・・・」
「でも子供ですよ?」
 とヒソヒソと話していたが、今の俺にはどうでも良かったし、半分も頭に入ってこなかった。

 マーク達が用意した寝所は、遠征先であることを考えれば、最良の手配がされていた。
 本当なら、その心配りを褒めてやるべきだが、今の俺はその全てが気にくわない。

 何故なら、俺が自分の手で、この部屋の準備をしていないから。

 マーク達からすれば、こんな理不尽な不満は、お門違いもいいところだろう。

 だが、腕の中で眠る愛しい番の、身の回りの全ての世話を俺がしてあげたい。
 という欲求は抑え難く、着替えや髪の手入れだけでなく、生活の全ての世話を焼く自分の姿を夢想すると、やり場のない苛立ちも、僅かだが薄れたような気がする。

 しかし、「こちらに」と言って、ミュラーがベットに掛けられた毛布を捲るのにも嫌悪感が湧く。
 俺は両手が塞がった状態なのだから、ミュラーの行動は、俺に対する気遣いでしかない。
 それが分かっていても、気に入らないし腹が立つ。

 だが今は、俺の小さな番を休ませてあげなければならない。

 まるで誂えたかのように、腕の中にピッタリと収まる、華奢な躰を手放したくはなかった。

 断腸の思いとはこう言うことか、と考えながら、羽のように軽い番を、そっとベットに下ろした。
 頬にかかった髪を指で梳いてどかしてやると、切なさで心臓が握りつぶされそうだ。

「閣下、愛し子のお召替えはどうされますか?」
「着替え?」
 番の顔を見つめたままの俺に、マークが綺麗に畳まれた服を差し出した。
「・・・・俺がやる」
 俺以外の誰かに、番の肌を見せる訳が無い。
「でしょうね」マークは疲れたように言って、俺の手に着替えの服を乗せた。

 マークから着替えを受け取った俺は、マークとミュラーにウィリアムへ通信鳥を飛ばして報告することと、帰還の準備に入るよう指示を出し、ロロシュには回復薬をあと何本か取ってくるように言いつけた。

「回復薬は、こんな小さな子に、ガバガバ飲ませるもんじゃない」
 とロロシュには言われたが、そんな事は言われなくても分かっている。
 ただ単に、俺がロロシュを追い出したかっただけだ。

「まぁ、いいけどよ」とロロシュは手持ちの回復薬を一本俺に手渡した。
「だがな、2人きりになったからって、手ぇ出すなよ!!」
「あ"ぁ?」
 意識の無い相手に、俺がふしだらな事をするように見えるのか?
 唯でさえイラついているのに、俺の機嫌はさらに悪化し、漏れ出した魔力で急激に気温が下がった。

「さむっ!」
 ロロシュの吐く息が白い。
「まあまあ」と俺達2人の間に入って、宥めたのはミュラーだ。
「閣下もやっと番を見つけたんです。求愛行動に入ったばかりで、気が立っているんですから、揶揄っちゃダメですよ」
「そうです。閣下は怖いのは顔だけで、別に非情な訳では無いんです。いくら番だからって、こんな子に無体な真似はしませんよ?」

 擁護しているつもりかもしれないが、マークの言い方だと、褒めてるのか貶しているのか分からん。

「い~や!番を前にしたオスなんて、皆んな同じケダモノだ!」
 これには俺より先にマークが反応した。
「おや?ロロシュ殿は独身と伺いましたが、経験がおありで?」
「あッ?・・・いやその・・・それは、あれだ、オレは独り者だが・・・・」
 と何故かロロシュの顔色が悪くなった。

 俺たち3人を見る、ミュラーの視線が生温く見えるのは、既婚者の余裕だろうか?

 しかし、愛し子が俺の番だと、3人も理解しているらしい。
 そして俺は、求愛行動の期間に入った。

 獣人は婚姻に至るまでに、三つの段階を踏む義務があるが、その間求愛行動中の雄には、自分が最も優れた雄であると、番に証明する為に、自分以外の雄を排除する権利が与えられる。
 それは、法に触れない事が大前提だが、物理的にでも社会的にでも、己の力を証明する為であれば、何でもありだ。
「そうだな・・・番だな」

 ならば俺は、俺以外の全ての雄を、全力で排除していい訳だ。

「なんか、変なスイッチ入ってないか?」
「貴方が、無駄に揶揄うからですよ」

「出て行け」
 他の雄に遠慮は無用だ。

 不機嫌丸出しの俺の顔を見た3人は、仕方なさそうにドアへと向かった。
 が、ドアの前でマークが振り返った。
「愛し子は人族ですよ?分かってますよね?」
 と念押ししてきた。
「いいか?人族の子供に無茶なことをしたら、嫌われるぞ!」
 とロロシュが被せて来る。

 コイツ等、俺の事を鬼畜かなんかだとでも思ているのか?

「さっさと出て行け」
 自分でも驚く程低い声が出た。
「はいはい」とミュラーが2人を部屋の外に押し出し、ドアの前で俺の事をマジマジと見て

「閣下。愛し子を驚かせたく無いなら、耳と尾は仕舞った方がいいですよ」
 と言い残してドアを閉めた。

 ミュラーに言われて慌てて頭と尻に手をやると、二次性徴後、マンドラゴラの鳴き声を聞いて以来、出した事のない耳と尾が出ていた。
 フサフサした懐かしい手触りに、自分の動揺の程が知れ、己の不甲斐なさを反省するしかない。
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