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アレクサンドル・クロムウェル

邂逅/ 邂逅3

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 深夜の奥の院。
 控えの間から持ち込んだ椅子に腰掛けた俺は、魔石を溶かしたような薄青く透明な光に包まれたアウラの神像を、1人で見上げていた。
 壁の灯火は、微かな風にオレンジ色の光を揺らめかせ、絶え間なく湧き出す清らかな流れは、大小様々なツボに弾かれて、月の光を溶かして天上の楽を奏でている。
 流れ去る水が同じではないように、奏でられる楽の音も、同じものは一つとしてない。
 天上の刹那の音曲だ。

 愛し子はどんな方だろうか?

 650年前、招来されたヨシタカは、伝説では目を疑うほどの美丈夫だったと言う。
 此度招来される愛し子も、美しい方なのだろうか。
 それとも俺と同じような、屈強な方だろうか。

 あと半刻もしない内に、月が中天にかかり満月と成る。
 神託の解釈が間違っていないなら、あとほんの僅かな時間で本人と見えることができると言うのに。
「俺はどうしてしまったんだ?」

 愛し子の存在など、端から信じてもいなかったくせに、今では愛し子の招来が待ち遠しくて仕方が無い。
 何かに急き立てられる様な焦燥感と、自分の中の何かが根本的に変わってしまう様な、恐れとも、予感ともつかないものも感じる。
 
 もうお手上げだ
 
 こんなに落ち着かない気分は初めてだ。

 やり場のない気持ちを拭い去りたい一心で、俺は両手で乱暴に顔を擦り、アウラの神像に向き直った。
 水面に反射した月光が、アウラの顔の上で揺らめいて、慈愛の微笑みが深くなったように見えた。

「閣下」
 呼び声に振り返ると、マークとミュラー、少し離れたところにロロシュが立っていた。
「準備は整ったのか?」
「滞りなく」答えたミュラーの顔がこわばって見えるのは、彼も緊張しているのか?
「そうか」
「愛し子にお休みいただくのは、天幕より宿坊の方が良いかと、そちらに宿泊の準備をさせました」
「任せきりですまんな」

 2人は、俺の様子がおかしいことに気付いいたのだと思う。遅めの午餐の後、2人から手配は自分たちがするからと言われ、俺は早々にこの洗礼の間に押し込められてしまったからだ。

「閣下も偶にはゆっくりなさってください」
 ミュラーの言葉に、マークの瞳が弧を描いた。
 その時“リン”と何処からか鈴の音が聞こえた。
「閣下!後ろ!!」
 ロロシュの叫びに慌てて後ろを振り返ると、先程まで青く軟らかだった月光が、その全てを集めた様に、強く輝く一筋の光の束となって、泉を黄金色に染め上げていた。

 全員が呆然と見つめる先で、泉は輝きを増していく。
 俺の身体は歓喜に打ち震え、バクバクと拍動する心臓が今にも破裂してしまいそうだ。
 緊張のせいか、カラカラに乾いた喉がゴクリと鳴った。

 その時ヨロヨロと泉に近付くロロシュと、扉の前に居た筈の、護衛2人の姿が目の端に映った。

 近付くなっ!! 

 怒声をあげたい衝動が湧き上がった。

 近付くなっ!!あれは俺のものだっ!!

 俺のもの?・・・俺は何を考えている?

 訳のわからない激情と、内心の動揺に無理矢理蓋をした俺は、腕を横に上げる事で、ロロシュ達を押し留めた。
 その間も月光は益々強く輝き、アウラの胸元を明るく照らしだす。

 するとアウラの胸元の光が集まり、ポウと小さな光の点となって、それが徐々に大きく膨らんでいく。
 頭の中に心臓が出来たのかと思うほど、ドクドクと脈打つ音がうるさい。

 やがてアウラが人々を慈しむ様に広げた両腕の中に、すっぽりと収まるほどの大きさの、白く輝く光の繭が出来上がった。

 繭の中にうっすらと人の影が見える。

 微笑みを浮かべたアウラ神と、輝く繭に吸い寄せられた俺は、軍靴が濡れるのも構わず泉の中をザブザブと進み、光の繭に両腕を伸ばした。

 差し出した両手の指が震えているのは、神の御業に対する恐れか、身の内で暴れ回る歓喜の為か。

「創世の神アウラよ、俺の名はアレクサンドル・クロムウェル。貴方の愛し子を迎えに来た者だ。愛し子の招来に喜びと感謝を申し上げる。そしてこれから先、この命が潰えるその刻まで、愛し子を守護し続けることを、この剣と俺の命に懸けて誓おう」

 俺の言葉を聞き入れたかのように、再び鈴の音が“リン”と鳴った。

 その残響が水音に溶けるとともに、世界を染め上げていた輝きが次第に薄れ、光の繭が俺の腕の中に降りてきた。
 繭を抱き寄せると、愛し子を護り包んだ光が、糸が解ける様にホロホロと溢れ落ちていった。

 繭の中からその姿を現した愛し子自身も、淡く輝いていたが、その輝きも次第に治まり、洗礼の間は再び染み入るような青い光に包まれた。

 緊張が解け、ほうっと息を吐いた俺は、腕の中の愛し子の美しさに息を飲んだ。

 なんと可憐で美しい人か。

 月明かりでも分かる、長く艶やかな黒髪、まだ成人前なのだろう、顔も体も小さくて、シミ一つない白い頬に、髪と同色のまつ毛が影を作っている。
 薄く開いた可愛らしい唇は、まるで熟れた果実のようだ。

 小さな体を包む衣は、サラサラした布で作られ、白い上着は長くたっぷりとした袖と裾に、シンプルだが美しい模様が描かれて、仕立ても上質だ。
 黒い内着と同色の下穿きもゆったりと幅が広く、見たことのない装いだがとても優雅だ。

 左の腰に見慣れない剣を佩いているのは、騎士の卵なのだろうか?
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