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聖女の行進
巡幸
しおりを挟む西部辺境域、北部領域。
――― 自然豊かな、人の手のあまり入っていない場所 ―――
先々代獅子王陛下が御代、大きな戦いが幾度も重なった事と、魔物暴走が頻繁に発生したことで、この地は何もなくなってしまった。 此処にあった筈の国も、街も、人も…… 瓦礫という、かつて人の住んでいた痕跡が点々と残っている荒れた土地となってしまったの。
――― 点在する林と、草原と、湖沼が広がる…… 何もない土地なのよ。
獅子王陛下が御崩御されてから、新たな国王陛下が二度、即位された。 でも…… ファンダリア王国が新たな王の元、国力を得た後でも……、十分には開拓されていない。 特にこの西部辺境域 北部領域はね。
ク・ラーシキンの街の暗殺者ギルドの総本山を出発し、真冬の道なき道を進む私たちの目の前に、寒々しい光景が広がっていたわ。 白と灰色と枯草色の世界。 吐き出す吐息が白く濁るのよ。 心まで寒くなりそうな風景よね。
^^^^^
未開のまま取り残されたのには、大きな理由が西方辺境域には在るの。 それがね、「西方禁忌の森」と呼ばれる広大で深い、魔物がうじゃうじゃと生きている森のせいなの。 歴史書にも度々出てくる、魔物暴走の、発現地なのよ。 森で養いきれなかった魔物達が、大挙して森から溢れ出したの原因。
さらに、そんな状態になる原因は、やはり ” 人族 ”
森の静謐の中で暮らす魔物達はそこまで攻撃的では無いの。 ただ、飢えると体内魔力が増大して、凶暴化して走り出すわ。 でね、襲われた、今は亡き。この西方辺境域の小国の歴史書は云うの。 人族の領域を確保しようと、森を伐採し農地に変え、開発を進めると、決まって魔物暴走が発生していたってね。
先々代の獅子王陛下が力でこの地を平定し、安易な『 森 』の伐採を禁じてからは、魔物暴走が発生した事案は無いわ。 つまり、全ての根源は、人の所業。
かつて、おばば様に連れられ、ルーケルさんと一緒に、「西方禁忌の森」の最深部に向かった事が有ったわよね。 シュトカーナ様と巡り会えた場所。 樹人族の長である、ツードツガ様がおわします、樹人族の『 聖域 』。 そう、そんな「古代の森」を内包する、西方禁忌の森は、この大陸でも有数の ” 人族の侵入 ” を、拒む場所なのよ。
森と共生しえる獣人族は、明らかな拒絶をされていないけれど、それでも尚、「森の掟」をしっかりと護らないと、排除されるような場所なの。 ” 巨大な火は使わぬ事。 土壌の持出し禁止。 木々の伐採は禁止。 石を使った建物の建造は不許可 ” 様々な 『 掟 』 が、あるのよ。
――― 当然 ” 人族 ” は、そんな事は、受け入れられないわ。
だから、森を伐り出し、耕地を創り、石材を使って強固な『防壁』を造るの。 人の生活を護る為に必要な事なんだものね。
ねっ、禁忌の大部分を占めちゃう訳なのよ、人の『所業』はね。 だけど、そんなことしたら、「太古の森」は人の都合の良い状態に遷移して、本来の原初的な森は失われるの。 一旦その状態になれば、元の状態に戻るのには、数百年から数千年の時を要するわ。 さらに言えば、人族が森を管理しなければ、その森ですら、荒野に変わるの。
森を伐り開いて作った耕地だって、長くは持たないもの。 岩盤が近く、耕地に適した土壌が薄いこの西方辺境域北部領域では、耕作地の寿命も短いわ。 だから、森から大規模に客土しないと…… あっという間に痩せた土地に成ってしまう。
河だってそんなに多くは無いわ。 小川や沼地が点在するだけ。 森がため込んでいる水を、地下水脈として利用するのよ。 でね、森を伐り倒してしまったら…… 保水力を失ってしまって、水すら容易には手に入らなくなるの。
だから、西方辺境域、特に北部領域は人が切り拓くには、本当に都合の悪い場所なのよ。
増大するファンダリア王国の人口を支える為に、広大な耕地も必要になり、南部諸領では盛んに開発が進められているわ。 あそこは…… 豊かな大地があり、森からも遠い。 これから増々耕作地は広がっていくでしょうね。
でも、西方辺境域の北方諸領では、安易に耕作地を広げる事は出来ない。 勿論、出来る場所だってあるわ。 ク・ラーシキンの街の周辺とか、別の街道沿いの街の周りとかはね。 客土せずとも、休ませるだけで、土壌の力は戻るんだものね。
でもさぁ……
既に禁忌の森に ” 人族の手 ” は、入りつつあるのよ。
流石に耕地にしようとするような人々はもう居ないわ。 だって、ねぇ…… 耕地にしても、その労力に見合った穀物の収穫は期待できないし、さらに、魔物暴走の危険すら孕んでいるのだものね。 学んだのよ、人族もね。 過去の所業で何が起こったのかをね。 でも、この辺境域の領主様方も食べて行くためには、何らかの方策が必要となったのね。
目を付けたのが、南方領域との交易。 南方辺境域は、ベネディクト=ペンスラ連合王国との海上交易が盛んに成りつつあるの。 それに、あの国の商人さん達はとても貪欲でね、様々な国を巡り、特産品に目を付けるわ。 商隊も組んで、この大陸のあらゆる場所に顔を繋いでいくの。
情報と云う武器を携え、時には懐柔し、時には威圧して、商圏を広げていくのよ。 その手が、ここファンダリア王国 西方辺境域 北部領域にも伸びているのよ。
この情報はね、新たに私達、第四〇〇特務隊に参加してくれた、鼠人族のエストから齎されたモノなの。 彼女、ほら、例のギルドの『眼』と『耳』でもあったわけじゃない。 顔を変えて、商隊に潜り込んで、このファンダリア王国北西部を渡り歩いていたのよ。
^^^^^
「やはり、冒険者ギルドが…… ですか。 西方辺境域の高貴なる方々が噛んでましたの?」
「はい。 農産物では、生きてくのが精一杯のファンダリア王国北西部。 ならば、他の収入源を見つけなければ、干上がり、干し殺しになります。 魔物由来の産物に光明を見出したと、仄聞致します」
「魔物由来の各種生産物……ね。 目の付け所は間違いはないわ。 そして、技術を持つ方々を囲い込まれた……と云う事ね」
「地を這う魔物の幼体が吐く糸を紡ぐ者達。 特殊な魔甲虫の殻を使い、装飾品や果ては軍兵士の簡易装甲となる切片を切り出しておりますね。 魔物を痛めつける様に狩ると、商品価値が途端に落ちますから、生け捕りにせねばなりません。 この地域で細々と暮らしていた、獣人族の者達が、その採取を担っておりました。 が……」
「大々的に商業的に流通させるとなると、そもそも数が足りない。 そう言う事ね。 そこで、冒険者達が、無理を承知で禁忌の森の奥に遠征を仕掛け、乱獲を始めたと」
「はい…… 『 森の掟 』を知らぬ ” 人族 ” ですので、乱獲と云っても良いでしょう。 おかげで森の魔物達が攻撃的になり、以前ならば、森に棲む妖精様方や、精霊様に黙認されていた魔物の幼体の捕縛採取もままならず…… かなり危険な状態になっております。 必要とされている魔物の数は増大するばかり、そして、実際に捕縛採取できる数は減少するばかりと…… 禁忌の森の ” 需給の均衡 ” が、崩れつつあります」
「財貨への渇望は、限りありませんものね。 無ければ、値を上げて、付加価値を付ける方がよほど理にかなっておりますのにね」
「……北西部の資金需要は底なしです。 リーナ様も、この荒れた土地をご覧に成れば、ご理解いただけるとおもわれますが?」
「金の卵を産む親鳥を〆て血肉を啜り、富めるのは現世代のみよ。 親鳥を育む方が、幾世代に渡って食べていけるのにね。 それに、そんなことを繰り返していけば、いずれ太古の森は消滅してしまうわ。 沢山の種族が絶滅してしまう。 ……それは、世界の理に反する事よ」
エストの紅い目が輝くように光るの。 その言葉を待っていたっていう風にね。 結構わかりやすい人なのよ。 そう、均衡が崩れそうなら、押し戻すべきね。 幸いにして、私は妖精さん達とも交流があるし、いざと成れば、ブラウニー達にも手伝ってもらえるもの。
為すべきは、森に生きる者達の、生存権の確立。 異界の魔力の汚染からの防御。
これは、ティカ様の願いにも合致するわ。 結構無茶しても、後でお叱りを受ける事も無いでしょ? たぶんね。 西方経済はしばらく停滞するかもしれないけれど、衰退して死滅するよりはましじゃない? そう思うのよ。
――― 第一義には、異界の魔力による『汚染』からの防御。
――― 第二儀には、人族の無茶な開拓を止める事。
目標は二つね。 此処から始めましょうか。 異界の魔力によって、西方禁忌の森の魔物達が、異界の魔物に「身体第変容」してしまったら、それこそ、大問題だもの。
異界の魔物って、基本とても攻撃性が高いのよ。 飢えなくても、暴走状態になってしまうもの。 つまりは、魔物暴走《スタンピート》が常態化するのよ。 それも、堅く強い異界の魔物の状態でね。
何としても、それは避けなければならない事なの。
始まってしまえば、止める術はないわ。 個人の力なんて、圧倒的な数の前には無力なのよ。 私が…… 第四〇〇特務隊が一体の異界の魔物に対処している間に、数十、数百の魔物達が村を、街を襲う。 軍を投入しようにも、西方の第二軍は現状、北伐の為に北方に展開中……
ファンダリア王国の正規の兵では、止めようがないわ。 生半可な戦力投入じゃぁ、全滅するに決まっているもの。 それほどの力なのよ、異界の魔物って……ね。
だから、予防線を引くの。 イグバール様が持たせてくださった、あの先行量産型の魔道具。 異界の魔力を浄化できる、あの魔道具を設置して魔力線で結んでいくのよ。
当初はね、ク・ラーシキンの街のシャオーラン小聖堂に聖壇を置かせてもらって、そこに祈りを捧げて貰おうかなって思っていたの。 ほら、聖職者様の祈りって絶大な力を発揮するでしょ? 聖壇にティカ様が編み出された、祈りによって魔力を収集する例の魔方陣を刻み込んでおけば、魔力線が長大になっても、相応には各魔道具への魔力の供給は確立できると思っていたのよ。
でもね……
ほら、エストの話を聞くに、望みは結構…… 薄いかもしれないって、そう考えるに至ったのよ。 ク・ラーシキンの街を納める御領主様とか、周辺の貴族の方々とか…… 今、イケイケ どんどん な、訳よ。 南方との交易が盛んになって、入ってくる収入も、以前と比べ物に成らない程、増大しているのだもの。
もしね、万が一ね、シャオーラン小聖堂に彼らの ” 事業 ” を、阻害するような 聖壇が有るとわかってしまえば、たぶん…… そうね、祈りの祭祀を御止めになるか、最悪…… 聖壇を打ち壊してしまわれるわ。
思惑が絡み合う、” 人族の領域 ” では……
―――― 無理もない事なんだけどね。
なんだかな……ってね。
とっても、嫌な気分になって……
嫌悪感が渦巻いてしまうの。
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