その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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聖女の行進

聖女の行進

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 いくらファンダリア王国では、まつりごとと聖堂教会が分離しているとはいえ、デギンズ枢機卿のような方だって居られるのよ。 聖堂教会がまつりごとに口を差し挟む様な事ね。

 ” 逆もまた『真』也 ” よ。 聖堂教会の祭祀に、貴族様方が色々と掣肘してくるのよ。 特に辺境域には多い事柄ね。 深く ” 地方政治 ” やら、 ” 御領主様 ” と、結びついた ” 神聖不可侵の神官様 ” もおられると聞くわ。



 ――― エストの話によると、この西方辺境域北部領域にも、結構の数が居るようね。



 まぁ、予想は出来た事なのよ。 だから、初期に必要な魔力の供給は、暗殺者ギルドにお願いしたの。 元々、とても敬虔な精霊様の信徒ですもの。 暗殺者ギルド、最奥にある 「祈りの間」 に聖壇を設置させてもらったの。 ここなら、余計な干渉は避けられるしね。 でも、聖職者様ほどの強力な祈りは期待できないから、もう一つ考えたの。

 この網の目のように広げるつもりの『 魔力線 』に接続される魔道具に対しての 『魔力供給源・・・・・』は、小さな祈りの集合体で賄おうと思ったの。 大きな聖壇による大規模魔力供給では無くて、小さな祠とか、小祭祀場から少しずつ分けてもらうって感じにね。

 だからこそ、その祈りの担い手が必要なの。 とっても、とっても大切な、個々の祈り。 私だけじゃ、どうしようもないから、相談をするのよ。 そう、皆にね。

 ファンダリア王国北西部の荒野。 と云っても、北部程荒れてはいないわ。 木々も緑もしっかりと残っているし、林くらいの規模の木々の集まりだってあるんだもの。 ただ、人が暮らすにはとても難しいってだけでね。

 巡月の澄んだ空気の中、粉雪が舞うそんな最果ての地。 整備された街道なんか、ずっと昔にくさむらに埋没している様なそんな場所。 広がる荒野を目の当たりにして、少々不安な気持ちになるの。

 夜陰に乗じてク・ラーシキンの街を出て、ここまでは来たのよ。 私の馬車は、いつの間にか暗殺者ギルドの方が持ってきてくれたしね。 勿論、他の馬車も一緒にね。 そして、バラバラに西の荒野にむかったのよ。 それぞれが、それぞれに成すべきを成すためにね。

 常に濃密な連絡が取れるように、皆に【漆黒の鳩便極秘遠話】を刻み付けた魔法紙を沢山渡しておいたのよ。 刻々とお願いした情報は集まっているわ。 プーイさん達には、先行して禁忌の森の中に入って貰っているの。 


 ――― だって、あそこが一番重要で、『力』の必要な場所なんですもの。


 今夜もまた、焚火を取り囲んで、ラムソンさん、シルフィー、そして、エストさんと一緒に野営しているの。 澄んだ空気の冬の夜空…… いつの間にか粉雪を降らせていた雲も去り、星々が無数の英雄譚を語る様な夜空がとても素敵な場所よね。 壊れ、苔むした、かつて存在した王国の住居跡が、いい野営地に成るのよ。 

 でもね、そんな最果ての地に、住んでいる人…… いるかな? この地の事をよく知るエストに問うてみたの。 答えはちょっと複雑な感情を私に呼び起させるのよ。




「……今でも野に棲む獣人族はおります。 古の掟に従い、草と木々を使った家に住み、僅かばかり取れる木の実や、野獣の乳や肉をもって、生きている者達です。 魔獣を狩り、捕縛し、人族が必要ならば、それらを売り糊口をしのぐ者達ですが」

「……生活に困っているの?」

「普段の生活に関しては…… 別段困りはしないでしょう。 森が失われ、生活が辛くは在りますが、人族が見捨てた地域ですので、彼等だけで暮らすので有れば、さほど困難を感じる事はないでしょう。 しかし、獣人族の密度は低いのです。 狩猟や採取先で負傷しても、満足に手当てをする者はおりません。 呪術医ソーサラー見習いですら、見当たらないのが現状です」

「病を得たら、それこそ……」

「野に生える薬草を噛んで癒すか…… 効果が無ければ、そのまま放置が基本です」

「…………ノクターナル様が御心を痛める訳よね。 生きたいという意思と、まだ遠き時の輪に接する処に行くべきない魂が、ここではいとも簡単に失われる…… 判りました。 エスト。 貴方の知る限りの人脈を使い、この荒野に点在する獣人族の集落を案内してください。 彼らの集落に、癒しのむろを造ります。 種族、種族に特化した風土病も在るでしょう。 対応できるお薬の準備もしましょう。 巡月の名は、” 師匠様といえど、忙しくする月 ” の名称。 その名称のごとく、私が薬師として、奔走することに致しますわ。 宜しくて?」

「……その対価は?」


 多分、頭の中で色々と計算しているのよね。 そんな顔をエストはしていたのだもの。 正当な対価としては、相当な高額になるのは必定。 でもね、わたしは金穀の為にするんじゃないわ。 うんそう! 決めた。 異界の魔力の汚染からこの地を護る結界の担い手を、彼らにお願いしようってね。 それと判らぬ様に、幾久しく精霊様に祈りを捧げられるように。 この地に精霊様の御加護を頂ける様に……



「祭壇に、祈りを捧げてもらいます。 その為の祭祀場も作らねばなりません。 祈りは、精霊様に対し深く真摯に。 怪我や病に打ち勝った喜びを分かち合い、感謝の祈りを捧げて頂ければ対価としては、十分です。 そして、その祈りが真摯であれば真摯である程、この地の結界線は強力になります。 祈りが異界の魔力の汚染を遠ざけるのです」

「……リーナ様。 思召しのままに。 皆、喜ぶでしょう。 ……早速取り掛かります」

「無理はダメよ? 着実に一歩一歩ね。 無理強いしても良き結果には結びつかないからね」

「御意に」




 満天の星空の元、この地に精霊様の御加護を導くための方策が本格的に動き出したわ。 忙しくなりそう…… 色々とお薬を作って、各村々にそのお薬を貯蔵する室を立てて…… それから、村の人が祈りを捧げる小さな祠を設置するの。

 勿論、その祠には魔力線を接線させるのよ。 魔力線で編んだ網の目と、結節点に置く魔道具。 編みの目が細かければ細かい程、この地に異界の魔力が侵入する可能性は低くなるもの。 そして、絶対に成し遂げなければ成らない事は、異界の魔力を 「西方禁忌の森」に侵入させない事。



 皆の成すべき事は……



 森猫族のローヌさん達は、既にク・ラーシキンの街の周辺から、西方辺境域北部領域に展開しているわ。 エストさんの情報の裏付けを取っている筈。 【漆黒の鳩便極秘遠話】で、刻々と様々な情報をもたらしてくれているもの。




 兎人族の方々…… 特にウーカルさんは、私と一緒に行動を共にして貰うわ。 多分、錬成するお薬の量と質がとても重要になる筈よ。 それに、荒野の村々の人々は、ほぼ獣人族の方々。 とすれば、呪術医ソーサラーの知識を持つウーカルさんの助けが絶対に必要ね。




 ナジールさん達、狐人族の方々に関しては、” 小さな祭祀場 ” の設置をお願いするの。 森の神官たる彼等の能力はとても高いわ。 本来ならば、聖堂教会の司教様にお願いするべき事柄なんだけれど、この地の人族は獣人族の事をあまりよく思っていないもの。 

 なら、此方で用意する方がいいわ。 村々の住人の方だって、森の神官である、ナジールさんが祭祀をなさるの方が良いに決まっているものね。 そう云うモノよ。 こればっかりは、時間が経たないと、解決しようのない問題よ。 だって、心の在り方なんだもの。




 森狼族の方々には、特異点探しを厳重に行って貰うわ。 ほら、前に魔猪が「身体第変容メタモルフォーゼ」しちゃってたじゃない。 あんな風に異界の魔物化しちゃった魔物達は早々に見つけ出さないと、そこから、異界の魔力が爆発的に広がってしまうんだものね。

 今の所、ツェナーさんからも、テトさんからも、そして、他の森狼族の方々からも、特異点の発見は報告されていないわ。 でも、用心に越したことはないもの。 一報が入り次第、私も参戦する事に成っているのよ。 三人の戦闘力抜群の人達を引き連れてね。 

 多分…… 大抵の異界の魔物ならば、屠れるわ…… ね、そうでしょ? 【疾風の影】に、暗殺者ギルドの統括の右腕。 そして…… 私の守護戦士のラムソンさん。 この方々が居る限り、負ける要素は無いんだもの。 




 穴熊族の方々には、難しい事をお願いしているの。

 西方禁忌の森の中に入り、結界線を引いてもらうの。 あちらの高位の方々が、人族が入る事を許可した部分と、太古の森に連なる深い森の間にね。 妖精族の方々にも協力を得たいの。 力ある森の種族である、穴熊族のプーイさんなら、きっと…… 大丈夫よね。 

 設置をお願いしたのは、重結界の術式を刻み込んだ大魔石。 イグバール様から頂いていた魔石の中でも最大級の大きさの魔石に私が刻み込んだ物。 魔力線で互いに結び、綻びの無いように設置してもらっているの。 その上、妖精さん達の強力な結界魔法での補強もお願いしたわ。

 多重の重結界。 生半可な魔術師では抜くことはおろか、その存在も感知できない代物よ。 森に入っても、深部に到達する前に、迷いそして、ほぼ同一地点に送り返される事に成るんですものね。




 太古の森は、” 人族 ” の入るべき場所では無いわ。

 それが出来るのは、彼の地の高位の方々と友誼を結ばれておられる方だけ。


  おばば様…… ” 海道の賢女様 ” くらいしか…… いらっしゃらないわね。






 皆さんに伝達するの。

 方策が決まったって。

 そして、私が出来る限りの能力を以て、この地の ” 護り ” に、入るのよ。





 西方辺境域 北部領域は……




     ―――― 護り切って見せるんだもんッ! ――――





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