その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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聖女の行進

朋輩

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「お呼出しして申し訳ない。 どうしても、御礼を直に申し上げたくてな。 コレが何としてもと…… そう申し出て、不遜ではありますがリーナ殿にお運びを願ったのです」

「ご招待を頂き、わたくしは嬉しく思います。 ラディック様。 そちらが…… 患者さんでしたか。 改めまして、薬師錬金術士リーナに御座います。 以後、お見知り置きを」




 御紹介に預かっていないから、形式的なご挨拶を交わすの。 一応礼節に則った対応よ? ほら、あまりに馴れ馴れしい態度は、こと、この暗殺者ギルドの中では、何時何時、此方の身が危なくなるか、判った者じゃ無いもの。 念には念を…… ってねッ!





「…………リーナ様。 この度は、誠に、誠に…… マスターにご報告すべき事柄が山の様にありました。 任務を遂行できずに、忸怩たる思いがわたくしを苛んでおりました。 こうやって…… 元の姿になり、任務を完遂出来ました事、全てはリーナ様のお陰。 リーナ様と「闇」の精霊 ノクターナル様に感謝を。 感謝の証として、我が名を。 わたくしは、エスト 古き ” 暗渠を住処 ” とする一族が末裔。 鼠人族のエストに御座います」



 鈴を転がす様な声…… 澄んだ森の空気を思わせるような雰囲気。そして、とても儚げで、今にも消えてしまいそうな気配…… ラディック様が御自らの「眼」であり、「手」であると仰っておられた方なんだ。 そして、何より、そのラディック様の愛しの令嬢…… でも有るのよね。




「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります、エスト様。 浅学なわたくしでは御座いますが、古き森の住人たる、死と埋葬を司る御一族、鼠人族の方々に御逢い出来ました事、精霊様に感謝を」




 私の古式に則ったご挨拶に、ちょっとたじろがれた様ね。 まぁ、そうでしょうね。 このご挨拶を知る者は、王族かソレに等しい者達の間にしか伝承されていないんだものね。

 なんだかんだ言っても、私は前王妃の一人娘なんだもの。 お母様の記憶を引継いでいるから……ね。 ラディック様が、着席を促されるの。 ” 折り入って ” の、お話がありそうね。




「お席に…… 少々、お願いも御座います」

「はい。 わたくしも又、暗殺者ギルドのギルドマスター様に、強くご要望致したい儀も御座います」

「なんなりと、申し出て下さい。 さぁ……お席に」




 促されるまま、席に着くの。 お願い? なんだろう?  お茶が出て来てね、シルフィーが毒見をしてくれたの。 まぁ、不作法では無いわ。 面体の奥のラディック様の瞳が面白げに光っているけれどね。 出されたお茶を一服。 ふーん、シルフィーは気が付かないけれど、混ぜ物が有るのね。 

 だから、あんな光を眼に浮かべていたんだ。




「結構なお茶ですわね。 出来れば、この馥郁たる茶葉の本来の”香”を楽しみたかったですが」

「お分かりか…… 侍女殿、もう少し精進を重ねよ。 それでは足りぬ」




 シルフィーが目を丸くしているの。 まぁね、でも、コレを感知するとなると…… 相当な感覚の持ち主よ? 耐毒性を獲得しているなら、何ら問題にも成らない位の微量なものなの。 ラディック様もお人が悪いわ。 取り敢えず、その事には触れずに、まずは私からの要望をお伝えするの。 事私に関しては、徹底的な不干渉をお願いするの。

 過剰反応なんてして欲しくないし、その結果多くの命に危険が迫るなんて、考えたくも無いもの。

 腕を組まれたラディック様が、沈黙を以て御答えになった。 その沈黙の意味を違わずに理解できたの。 そうね、明かな ” 拒否 ” ね。 でも、私は、此処で引き下がる様な、そんな性格していないもの。 理を説き、精霊様の御意思に沿えるように行動しなくては、私自身の誓約が破られると、ご説明したのよ。

 渋々…… 本当に、渋々だけど、何とかご納得いただいたわ。 ……ふぅ。 危ない危ない。




「リーナ殿がそう仰られるのならば、致し方ありません。 既に発令している幾つかの指示を、変更し御心に叶うよう、計らいましょう。 …………それでは、此方の願いを申し上げましょう。 リーナ殿の御要望とも一部通じる部分がありましてな」

「はい。 それで、その” お願い ” とは?」

「此処に居る、エスト。 リーナ殿の、” 旅の仲間 ” に、御加え頂きたい」




 えっ? な、なんで? ラディック様の大切な「眼」「手」なんでしょ? 監視?




「エストは命を救われました。 そこに居る侍女殿も且つてはギルドの者。 立場は同じでありましょう?」

「しかし、エスト様は、ラディック様直下の御手。 その様な方を、何故にわざわざ、危険が多い場所へ向かう私どもと? 繋ぎならば、魔法通信でどうとでもなりますでしょ?」

「エストの…… ” 娘 ” のたっての希望に御座います。 任務でしか会話の無かった娘が初めて我儘を申しましてな。 こやつが成人してから、親娘として始めて私に我儘を申し出たのです。 任務では無く、貴女の側に付きたいと…… エストが知る得た情報は、必ずやリーナ殿のお役に立ちますでしょう。 そして、コレの有する能力は、『 疾風の影 』にも、勝るとも劣りますまい。 どうでしょうか、エストが望み…… 叶えてやってくれませんか?」




 えっと…… えっとね。 わたし、そんな大それた人物じゃ無いわ。 暗殺者ギルトの統括とも云える人の片腕が私に仕えたいって? あり得ないわよ。 ほら、シルフィーですら、固まっているわ。 




「御言葉ですが…… わたくしがエスト様を ” 使う ” のですか? 不遜に過ぎはしないでしょうか?」 

「エストが言うに、” 任務遂行が完遂出来た今。 拾われた命をエストが思うがままにして頂きたい ” とね。 正直言いますと…… わたしも拒否したかった。 したかったが、あまりにも真摯な上、わたくしがリーナ殿へ差し出した 『精霊誓約』 を、盾に取られました。 ハハハ…… 「鉄の掟」を、反故にした結果の応報と云えましょうな。 ノクターナル様へ差し出しておりました、古の誓約を反故にした罰と…… そう受け入れるに至りました」

「…………すべては、精霊様の」

「…………思召しに御座いましょう」

「成程…… 理解いたしました。 お申し出を受けぬ訳に行きませんね」

「そう言って頂けると、幸いでございますな。 エスト…… 喜べ。 お前の望みが叶ったぞ」





 それまで沈黙を貫いていた、エスト様。 面体を剥ぎ取り、私に素顔を御見せになったのよ。 灰色の短髪。 頭の上の丸い二つの御耳。 紅い両の眼。 かわいらしい御鼻の脇から生えている三本づつの御髭…… 鼠人族の特徴ね




「リーナ様。 有難く、有難く……存じ上げます」

「わたしの行く道は険しく、危険に満ちております。 それを承知で、御同道されたいと、そう申されておられるのですね」

「承知の上に御座います。 しかし、この領域に於いて、わたくしの知る事は、きっとお役に立てると…… 確信しております。 もうお前など要らぬとそう、思召しになるまで…… わたくしは、付き従うと決めました」



 溜息が漏れるわ。 だってそうでしょ? 相手は「闇」の世界では一目も二目も置かれているそんな方。 その方が、全てを投げうち、私と行動を共にしたいって、仰っているのよ?

 あり得なくない? ほら、シルフィーだって、ラムソンさんだって、とっても困っているのよ。 顔を視れば判っちゃうわよ……

 でも…… 拒否は…… 無理そうね。 うるうるとして、どうにも硬そうな意思を浮かべる紅い瞳に見詰められると…… いいわ、条件付きで同道を認めるわ。 



「私達と……旅の仲間に成るのです。 重く考えないでね。 シルフィーも居るし、ラムソンさんだっているわ。 貴女はラディック様のとても大切な人なのよ? 貴方の意思は判りました。 受け入れもしましょう。 ただ、覚えておいて。 貴方には帰る場所があるって。 大切なご家族が居るって事をね。 忘れなければ、同道を許可しましょう」

「…………リーナ様」




 御髭がタランって下がっているわ。 そんな顔しないで。 なにかと暴走しがちな、第四〇〇特務隊の面々に関して言えば、貴女が錘石おもりいしになるのよ。 ほら…… みんな、あまり家族の縁が無いから…… ね。 他の皆と、そこが違うの。 大切にしようよ、本当の家族なんだから。

 でもね、私と同道するなら…… 私達とも家族の様に接して欲しいな。 私達は皆、家族の様な気持ちに成っているのよ。 共に慶び、共に悩み、時として怒りをぶつけ合う、そんな仲なのよ。 

 貴方も…… そんな気持ちに成ってくれると……




  ―――― 嬉しいな。












       ******************



      ――― ファンダリア王国 王国代記 ―――
           第15巻 三章 十五節 






 ………………の信任を受けし、薬師錬金術士、西方に旅立つ。


 §15 


 巡月 十五日  西方シャオーラン小聖堂にて、魔力爆発在り。 当代聖女覚醒の御徴。 聖堂教会の神官達、大いに喜ぶ。 同月同日、西方領域における任務遂行中の薬師錬金術師の消息が途絶える。 王宮、王太子府は混乱と困惑。 王宮魔導院、特務局 全力を以て、薬師錬金術師の足跡を追うも、その痕跡を追えず。

 巡月 二十日 王都暗殺者ギルド依り連絡あり。 当日よりファンダリア王国西方領域、及び、北方領域における依頼を全て凍結。 大陸全土における、薬師、及び、薬師錬金術師に対する依頼の受付を停止。 話を持ってきたモノに対しては、厳重・・な注意を喚起すると通告される。 王宮執政府、困惑す。

 巡月 晦日  西方辺境域、北部領域に於いて、深部禁忌の森への侵入が不可能となる。 精霊結界、及び、重結界により、人族の侵入が不可能となる。 プルシャトの森と同様、森の民、獣人族はその限りにあらず。 西方未開の地の開発が断念さる。

 巡月 晦日  西方辺境域、北方領域より報告。

 ――――― 汚染の進行、停止す。



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