その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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従軍薬師リーナの軌跡

悪意が形を持つ日

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 安息日には、街でお買い物。



 シルフィーも一緒。 ウーカルも一緒にどうかなって、誘ってみたの。 雑貨屋さんで、衛生兵が使う、救護袋の小さいモノを、購入しようかと思って、どうせなら使う人にも見てもらいたかったから。

 獣人さんも厭わない、そんな素敵なカフェだって、教えて貰っているから、帰りにでも、寄ってこようかなって思っていたの。

 もう、暮れ六刻の鐘は鳴ったし、勤務時間も終わってるから、後は帰るだけなのよ。 その前に、ちょっと、お話てたのよ。



^^^^^^



 バタバタと、足音がして、二つの影が、薬品備蓄庫に走り込んで来たのが判った。 女性よね。 慌てている姿と見るのは、二回目なの。 大きく息をしながら、私を見詰めて、シャルロット様が言葉を紡がれるの。




「アノ財務官…… こっちに来たのか! 薬師リーナ! 大丈夫だったか!!」

「あの財務官、と申されますと、ミストラーベ宮廷伯爵様に御座いますか?」

「あぁ、アノ、調査局の飢狼が!! 兄弟揃って、二年も学院の卒業を飛び級で終えた、ミストラーベの悪魔達! 飛び級で主席卒業、入職してから、目覚ましい功績により、二階級の陞爵なんて離れ業をやってのけた、リベロット=エイムソン=ミストラーベ宮廷伯がきたのであろう!  「調査局の飢狼」との二つ名を持つアイツが来たんだ! な、何か、マズい事でも有れば……」



 同じように駆けつけて来た、イザベル様も蒼い顔をしているのよ。 えっと、遣り合ったのは事実よ? 実際に、かなり強烈な財務調査だったけれど、 おかしな事なんかしていないから、取り立てて、困った事なんかにはならないしね。 キョトンとした顔で、お二人を見詰めてしまったわ。




「な、なんと、申されたか! 財務寮にて、再調査するとか……」

「いいえ、そのような事は、仰っておられませんわ。 ” 君達、第四四〇特務隊に対する、疑義はすべて無くなった。 調査部は保障する。 第四四〇特務隊に関して、財務寮の干渉は無くなる ” としか……」

「えぇぇぇ!! そ、それは、誠か!! そう、言ったのか?! あの『調査局の飢狼』がか?!」

「はい…… なにか、不都合な点でも?」




 引っ張られる様に、作業台に戻されたの。 それから、滾々と、リベロット様の事を御聞かせ頂けたの。 とても、能力のある財務官様って事は理解できた。 組織の金庫を預かる者は、皆、リベロット様を恐れているともね。 あの方の慧眼に掛かれば、どれほど隠しても、暴き出されれると。

 事実、彼の手により、二つほど王宮内の組織が、不正な蓄財を見咎められ、事実上解体されたって。 それが、陞爵の理由でもあるのよ。

 その上、アンソニー=テムロット=ミストラーベ伯爵様の事もついでに教えて下さったの。 二年の飛び級で、学院を卒業されて、財務寮に入職。 現在は、執行局にて予算の執行を執り行っているんだって。 少しでも疑義が有ると、直ぐにリベロット様に申し上げて、調査が入るの。

 御兄弟が、入職してから、不正蓄財に関しては、それこそ、どの役所も戦々恐々なんだって。 過去…… 必要に迫られて、組織内に貯めた金穀。 現在もまだ、その仕組みを利用して、予備費を捻出している組織にとっては、天敵みたいな御兄弟なんだもの。

 一旦、不正が見つかると、王国の財務関連の法律を縦横に使われて、最後の一滴迄、国庫に返還される。 そして、次年度の予算は本当にギリギリまで、押さえつけられてしまうらしいわ。 

 軍は、その性格上、予備費の蓄財には積極的よ。 必要なモノが、必要な時に、とても高価になっている場合も有るもの。 たとえ、予算上は辻褄があってようが、現場ではその限りに無いものね。 だから、手元に現金を置きたいのよ。

 それを、不正蓄財と判断されてしまえば、根こそぎ国庫に取られるばかりでなく、次年度の予算もその分を切られてしまう…… 悪夢よね、庶務主計長、及び、輜重幕僚としては。




「大丈夫ですわよ? 特に大きな問題も有りませんでしたし、きちんと部隊運営費を認めて頂きました。 第十六中隊に付けられていた予算は、第四四〇〇護衛中隊が引き継ぎ、兼任指揮官である、第四四〇特務隊のわたくしが予算の執行する事を認めて頂きました。 第四四師団、第四軍の方々にはご迷惑になる様な事は無いと、そう思いますわ」

「グゥ…… そうか…… 宮廷伯を相手にされて……か。 す、すごいな、リーナ殿は。 正直、師団付きの庶務主計長では…… 対応に限界があるのだ…… よくぞ、そこまで」

「本当に。 本来ならば、わたくし達も同席の上、調査に臨むべきでしたのに…… 財務寮の息の掛かった者達が、あの面倒な会議を作り出して…… 執拗に食い下がられたのも…… 数字を出して、したくても出来ないと、あれほど言を重ねましたのに…… これが、目的だったのですね」

「あぁ、そうだ、イザベル。 だから私は言ったのだ。 いい加減に切り上げろと」

「あの時点では、無理よ、シャルロット。 第一軍も、第二軍も、輜重隊の編成に苦慮しているのは事実なんだもの…… 食い下がり方が尋常じゃ無かっただけよ」

「後日…… という訳にも?」

「アノ時は、鬼気迫るものが有ったわ…… 多分、財務寮の者達から、予算を人質に取られていたのではないかしら。 私たち二人の足止めに…… 今ならそう思えるもの」

「……汚い」

「ええ、そうね、たしかに」




 お二人が、とても辛そうな顔をした居られたの。 でもね、大丈夫。 いざとなれば、第四四〇特務隊を切り離せばいいんだもの。 その為の、特務隊でしょ? 不思議そうに彼女達を見つめて居ると、もう一人、この薬品備蓄庫に走り込んで来る人が居たの……


  ――― アントワーヌ副師団長様


 こちらも、とても、慌てていらっしゃるの。 そんなに、この財務調査が怖かったのかしら? 古い組織には、それなりに人には言えない部分もあるって云うし…… 予算を絞られている第四軍なら、そう云う事も多いと思うし…… それでかな?




「まだ、帰って居なかったか! 良かった。 薬師リーナ。 済まない、財務調査の話は突然飛び出たんだ。 おれも、その対応に今まで追われていたんだ。 事前にそんな話は無かった。 財務調査だと?! ふざけた命令を発したのは、ミストラーベ大公閣下…… もう、止められはしなかった。 幸い、第四四師団の方は、調査局では無く、執行局の連中の調査だったから、まだしも……」




 そこで、言葉を切られ、私を見詰めてこられるの。




「気が付くと、ミストラーベ宮廷伯の姿が見えないんだ。 焦ったよ…… シャルロットも、イザベルも、例の会議に引っ張り出されている…… いわば、リーナ殿が丸裸なんだ。 そこに、あの飢狼が調査に向かったと知らせが入ったんだ…… 最悪を想定したよ」




 最悪? それは、なにかしら。 えっと、第四四師団にとっての、私は…… あぁ、最悪は師団から引き離される事かな? そして、予算の削減と、備蓄した薬品類の供出…… それは…… 最悪ね。




「ところが、「調査局の飢狼」が、王城に戻る前に、私の所に挨拶に来てな、” とびきりの 「薬師」殿を手に入れられましたな。 大事にされよ ” と、告げて帰ったんだ。 薬師、リーナ、君は…… 何をした?」




 驚愕に目を丸くしている、三人様。 いや、まぁ、そのね…… お話を聞きたがっている方々に、先程の調査について、お話したの。 調査に入る前の、「お話」は聞かせられないけれど。 まだ、片付けていない、作業台の上を見ながらね。

 相手が知っているって事は素直に認めて、その証拠を提出して、正当な取引だったと証明して…… せっかく移送した、お薬もポーションも、財務寮調査局には、全部お見通しだったわ。 私の本来の役目である、「薬師」としての、練成に関しても、ある程度ご存知だったし。 そうね、錬金釜無しでの、薬品類の錬成が可能ってことも。




「それもかっ!」

「はい」




 アントワーヌ副師団長様は、頭を抱えてらっしゃった。 第四四師団…… ひいては、第四軍の隠しておきたかった事を、暴かれちゃったものね…… コレは…… 仕方ないわね。 わ、わたしのせいじゃないわよ! あちらの調査能力が異常なの!! でも、第四四師団にとっても、私にとっても、最悪は避けられたと思うのよ。

 第四四〇〇護衛中隊の予算をお返ししなくても良いみたいだし、第四四師団の財務に関しては、執行局の方々の調査でしょ? つまりは、きちんと支払われているかどうか。 空手形切ってないかどうかとか。 だったら、必要以上に不安に思う必要は無いと思うの。 

 その辺は、突っ込まれないようにしている筈だもの……ね。

 山盛りの資料を前にした、アントワーヌ副師団長様は、唸る様な声で私に告げたの。




「厄介な奴に、眼を付けられたかもしれない…… 今後、財務寮からどんな要求が来るか…… 判ったものじゃないからな」

「あの方は、自身で「青」に染まったと、そう口にされておられました。 今その言葉を口にされるのは、どのような方でしょう?」




 謎掛けは、あまり好きじゃない。 でも、直接的に云うには、憚られる。 それに、それを知っておくべき人なんだもの。 どうにか伝わってって思って…… 言葉を紡いだの。




「青に染まった? ………………そうか、そう申されたか」

「はい」




 意味が判らないのは、 シャルロット様と、イザベル様。 でも、アントワーヌ副師団長様は、理解された。 リベロット様が、王太子殿下に付いたとね。 厳しい調査は、変わらないけれど、その矛先が何処に向くのかは…… 判り切っているわよ。




「そうか…… そうなんだな」

「はい」




 これだけで、何となく伝わった。 それまでの憂いの表情が、若干緩むアントワーヌ副師団長様。 当面の危機は、どうにでもなるわね。 そして…… 未来への希望が生まれたの。 

 息を付けたとばかりに、どさりと腰を下ろすアントワーヌ副師団長様。 困惑の表情を浮かべ、その横に侍するのは、シャルロット様とイザベル様。 あとで、彼女達にもきちんと説明してあげて下さいね、副師団長様。


 私からは言えないもの。


 ただ、そう云われたと告げるぐらいしか……

 その意味を測るのは、副師団長様よ。 それが、指揮官ってものでしょ? 

 頬に浮かぶ笑みは、極上のもの。 さぁ、明日は、買いものに出かけよう! 楽しい、街の散策付きでね!! あっ、そうだ! フルーリー様も誘うおうかな? そういうお約束してたものね!

 楽しい、休日の予定を考えて、微笑みが浮かぶ私と、安堵に脱力しているアントワーヌ副師団長様の元に、伝令兵さんが駆け込んできたの。



 ――― 特大というか、もう、爆弾の様な 『通達』 を、持ってね。







「 アントワーヌ副師団長様 申し上げます! 緊急通達が発っせられました。 以下、緊急通達の内容であります!

 ” 発; 王宮宰相府。 宛: 第四軍 司令部 

 本日、宵第九刻より、王宮宰相府より、貴 第四軍麾下、第四四師団への視察を実施する。 事前に申し合わせた通達、王宮薬師院所属、第四四〇特務隊 指揮官 「薬師」リーナの同席を求む。 即発の命令として、授受されたし。 場所は、第四軍司令部。 ニトルベイン大公閣下も同席される。 準備されたし。

 王国騎士団 総団長  モーガン=クアト=テイナイト公爵 ”


 に、御座います! お早くお戻りください! 軍団長オフレッサー侯爵閣下、第四軍幕僚全員、及び、第一師団、第二師団、第三師団の各師団長、及び幕僚もお集まりです。 お急ぎください! 」






 ほら…… まただよ……

 予定では、来週だったのに……

 突然の予定変更……


 これも、私が、聖堂教会に、喧嘩を吹っ掛けたからかしら?


「視察」なのに、宵九刻からだなんて…… 


 あちらも…… 意見の ” すり合わせ ” を、したいみたいね。





 どんどんと、波紋が大きくなる……


 ティカ様、ゴメン…… 


 なんか、手に負えなくなって来てしまったわ。






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