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従軍薬師リーナの軌跡
其々の思惑を胸に…… 相まみえる
しおりを挟む第四軍司令部の大会議室の中に、第四軍の高級指揮官様がすべて集まっていたの。
もうね、なんていうか…… 実質の第四軍の総司令官である、オフレッサー侯爵閣下が、皆さまに席に着くように、仰ったわ。
軍服の偉丈夫さん、素敵なお姉さんたちが、靴音も荒く席に着くの。
錚々たる出席者の皆さんにちょっと気圧されたわ。 第四軍の首脳が全部 揃っているんだもの。
第四軍、総指揮官であるオフレッサー侯爵閣下。
幕僚の方々が難しい御顔をされていた…… ミッドバース主計参謀も、法務参謀の御顔も見える。 さらには普段あまりお目に掛かれない戦務幕僚の方々も…… その他にも担当される職務の各幕僚様達、総勢十五名。 全員よ……
―――さらに
第四一師団:師団長 リカルド=バン=ファンダンテ伯爵様
第四二師団:師団長 ミシェル=イーリス=バレンタイン伯爵様
第四三師団:師団長 フーゴ=ホワイト=バンテンベルグ伯爵様
三名の師団長様と、彼等の側に戦務、法務、輜重の師団参幕僚達が席に御着きになっているわ。 第四四師団は…… アントワーヌ副師団長様が、エドアルド師団長の代理として出席して…… お隣に、戦務幕僚のアーバスノット子爵、輜重幕僚のグラスコー子爵、法務幕僚のエルグラート男爵様が御出席になっているわ。
シャルロット様は、私に付いて来てくれている。
トンデモナイ、大会議になっているのよ……
私達、第四四師団の面々の入室が一番遅かったわ。 いきなりの財務調査だったし、師団長が謹慎中という、特殊事情もあったし…… 対応が、後手、後手に回った事は否めない。 事情を勘案してか、オフレッサー侯爵閣下は遅参には、何も言わなかったの。
「この様な時間に集まってもらった。 対応を協議したい」
静かにそう仰られたの。 王宮からの緊急通達が、この人達を集めちゃった訳よね。 柱時計が、宵七刻半を告げている…… あと、一刻半で、王国宰相 ケー二ス=アレス=ノリステン公爵閣下と、国務大臣 ブロンクス=グラリオン=ニトルベイン大公閣下が、此方に見えられる。
「本日の聖堂教会 及び、財務卿ヘリオス=フィスト=ミストラーベ大公の ” 視察 ”。 第四四師団に対する 『緊急』の財務調査…… そして、第四四〇特務隊への調査局の『緊急財務調査』 異常な事態が頻発した。 宰相府に それらが伝えられ、予定の前倒しと、相成った。 何分と忙しい方々故、宵九刻からの 『 視察 』 となったらしい。 あちら側も相当に慌てている」
「やはり…… 第四四〇特務隊の件でしょうな」
法務幕僚様がそうおっしゃったの。 その会議に出席していたほぼ全員の視線が私に集中する。 いや、そんなに見られても…… ただ、火の粉を払っただけよ……
「第四四〇特務隊の指揮官、「薬師」リーナ殿は、単に対応した迄。 軍法典に則り、立場、隊の運営、そして、上位指揮官に関しての ” 事実 ” を述べたに過ぎない。 すべては、あちら側に非があるのは、明白。 あ奴らのやり方が汚いだけだ。 それを、真っ向から指摘したのだ。 ……なにも、問題は無い。 諸君等も「薬師」リーナの献身に付いては、聞き及んでいると思うが?」
オフレッサー侯爵閣下の重く渋い声が、大会議室に広がる。 何人か、頷くのが見えた。
「此方の対応としては、宰相府から命じられた、出席者を用意し、お待ちするだけと、考えるのだが、どうか」
侯爵閣下がそう、全員に問いかけられると、数名の方々が挙手し、発言を求められるの。
「うむ、ファンダンテ卿」
「意見具申いたします。 求められている出席者は、オフレッサー侯爵閣下と、第四四〇特務隊の「薬師」リーナ殿だけと聞きおよびますが、それでよろしいのか! せめて、幕僚の方々だけでも!」
「儂もそれは考えた…… 宰相府から、追加で通達があった。 総軍指揮権は、フルブラント大公閣下に有る故、総出の出迎えは不要であると。 少し、「薬師」リーナ殿と、話がしたいと…… ニトルベイン大公閣下よりの思召しだ」
「あ、あの方は何を……」
「判らん」
オフレッサー侯爵閣下の発言許可を待たず、アントワーヌ副師団長様が言葉を発するの。
「閣下! それは、あまりに!!」
「判っておるわ、アントワーヌ卿。 師団長代理としては、看過できぬ事もな。 本来ならば、「宰相府」の第四軍全体視察であった。 予定ではな。 昼の一件で…… あちらが危機感を抱いた。 王太子殿下の肝煎での、従軍薬師…… 海道の賢女様の直弟子。 なにより、「薬師錬金術士」の力。 むざむざ、あちら側に、取り込まれるような愚を、我らが犯さぬかとな。 むろん、リーナ殿を護るという儀は、王太子殿下より、承っている。 ……今回の事は、儂の失態よ」
「閣下!」
「軍人たる我らは、宮廷の慣習や、制度には疎い…… こんな事態になるとは、想像もつかなんだ」
第四軍の幕僚の人が声を挙げるの……
「では、予定を前倒しにして来たのは、「薬理」リーナ殿を王宮側に取り込む為にと?」
「そうでは無いかと、勘案する。 宰相府は、王太子府とは近しい…… 暗に云われたようなものだ、” お前らには任せられない ” とな」
グッと、奥歯を噛みしめるの。 なによそれ…… 結局は、囲い込もうとしているだけじゃない。 それじゃぁ、「誓約」を護れない。
「薬師リーナ殿…… 悪いのだが、儂と共に面前に立ってもらえないか? そして、もし叶うならば、君の意思として、第四四〇特務隊の指揮官なって欲しいと…… そう思うのだが」
「発言許可、お願いいたします」
「うむ……許可する」
「ありがとうございます。 出向の身とは言え、わたくしは第四軍第四師団に従軍いたしました。 そこで見た物は、王国の護りを心に誓う方々の苦悩でした。 わたくしは、「精霊様」との違えがたき誓約が御座います。 万が一、宰相府の方々が、わたくしの身柄をお望みであれば、わたくしの誓約は叶えられぬと、勘案致します。 我が師、ミルラス様から、” 世界を見よ ” とも。 ファンダリア王国の民草の安寧は、高みからでは、感じる事もなりますまい。 わたくしは、是非とも、第四四〇特務隊の指揮官として、軍に同行し、ファンダリア王国の困難な状況にある民草の安寧を護りたい所存に御座います」
「うむ…… よく言った。 軍という、暴力を生業とする組織に置いて、従軍薬師の役割は、まさに正反対。 そして、君は軍の使命以外にも、民の安寧を護ると精霊誓約を交わしている。 ……法務、人事、可及的速やかに、薬師リーナ殿のエスコー=トリント練兵場への異動を為せ。 あそこは、王城外苑よりも、もっと民に近くなる…… 宜しいかな、薬師リーナ殿」
「御下命、承ります」
「今宵の視察は…… 正念場だな。 出席者に第四四師団、師団長代理、グスタフ=ノリス=アントワーヌ子爵を加える」
会議は終わった…… 大会議室を押さえつけるような、重い、重い雰囲気だった。 オフレッサー侯爵閣下の言葉は、そこに集まっている高位の方々の胸を抉っている。 ニトルベイン大公閣下の意図は、私の囲い込みだと、そう皆さんは認識している。 多分、私の知らない処で、そんな話に成っていたのかもしれない。
最初は様子見…… 使えるとなると、手駒に…… 最後は籠の鳥…… 前世の記憶と同じね、宰相府の考え方は。 ” 刑場で、蒼い空を見たくない ” そんな思いが、私の全てだった。 すべては、そこから始まった。 でも、今は違う。 精霊様とお約束したんだもの。 生きとし生ける者を慈しみ、その安寧を護るって。
だから、私は…… 私は負けないわ。
ただ、逃げるだけじゃなく……
鎖を食いちぎる為に……
「精霊様」……
「 力 」 を……
怯む私に、確固たる力を……
お与えください……
^^^^^
第四軍司令部 応接室。
本日、二度目の入室ね。 特にと指定されて、私は下座のソファの中央に座っているわ。 両隣には、オフレッサー侯爵閣下と、アントワーヌ副師団長様が座っていらっしゃるの。 ジリジリと、時間は過ぎる。 大会議室のお話は、宵八刻半までかかったわ。
あと、半刻で…… 場所を異動して、応接室に来たの。
「薬師リーナ殿。 君は本当に十三歳なのか? 高位貴族を相手取って、その姿勢。 高位貴族の子弟でも、そこまでは無理だ。 その上、その能力。 信じられぬのだ。 儂の見立てでは、その域に達するのは、少なくとも第二成人を超えた者でないと…… 肝の据わり方が、尋常では無い」
「買被りですわ。 侯爵閣下。 わたくしは、辺境の薬師。 辺境では常に覚悟を求められます。 街道をゆく時ですら、命の危険はすぐ隣にあります。 それが、獣で在れ、魔獣で在れ…… 人で在れ」
「事に当たっては常に冷静に……か。 まるで、歴戦の兵士のようだな」
「高位の冒険者様も同じに」
「なるほどな。 肝の据わりは、死への関り故か」
「薬師として、治癒にも関わります。 生きるという意思を失った者が、いとも容易く、死んでしまう事を見続て参りました。 半面、どう見ても、命を繋ぐ事 難しい者が、生きる意志で蘇る所もまた、見て参りました。 そして、生還した者達が、一様に笑顔でいる事も。 死を恐れぬ達観した心と、それすらも、笑い飛ばず、柔らかで、強き心の持ち主達でした」
「まさに、剛の者という訳か」
「困難にあっても、笑い飛ばし、そして、周囲に居る同様な者達の心の支えとなる者。 絶望に囚われた者達を平安に、そして、立ち向かう意思を植え付ける者。 慈しみ、共にあるという、力強き足音。 傷付き倒れたるモノに差し伸べる、暖かな御手。 辺境で、体験してまいりました、種々の出来事は、わたくしの目標とすべき事柄の数々にございます」
「高みを望むのか」
「精霊様との誓約を果たすには、必要な力に御座いますれば」
「そうか…… 精進なされよ。 儂などが、伺しれぬその高みに到達するその時まで」
「御意に」
オフレッサー侯爵閣下は、私の目標でもあるのよ? 困難にも直面しても、古き誓約を護り続け、第四軍を維持してきたんですもの。 そして、その努力は、何物にも代えがたい、珠玉の意思。 弱い私の心は、その強き心に、憧れさえ覚えるもの。
そして、時は来た。
「宰相府より、宰相 ケー二ス=アレス=ノリステン公爵閣下、 国務大臣 ブロンクス=グラリオン=ニトルベイン大公閣下、御着きに御座います。 入室されます!」
従卒の方の先触れ。
ソファから立ち上がり、軍令則の則った敬礼を捧げ待つ。
扉が開き、この国に置いて、最重要な役職を保持する、お二方が入室された。
辺りを圧する威圧感。
自然と頭も下がる。
これが……
ファンダリア王国の、国体の保持者……
謀略と、奸計と、思惑の源泉……
その方々と……
いま、相まみえるの。
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