その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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従軍薬師リーナの軌跡

追撃の財務寮(3) 

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「ご理解頂けたようで、何より。 さて…… 本来のお仕事と、参りましょうか」

「はい…… 何なりと、ご質問下さいませ」

「判っているとは思うが、ちょっとした調査という訳には、行かないんだよ。 俺が出張って来たからには、財務寮が、” 君の「不正」を見つけ出せって ” そう云う指示が有る物と思ってくれていい。 そして、俺は、この職務によって、王国に寄与している。 だから、手を抜くわけにはいかないんだ。 いいか?」

「王国の藩屏たる、宮廷伯のお仕事に御座います。 わたくしには、そのお仕事に対する、「意趣」は、持ち合わせておりません。 どうぞ、御存分に」

「…………相判った。 調査を開始する」

「御意に」




 引き絞られた、宮廷伯の御顔。 こっちが、本来の御顔なのね。 私だって、 伊達に ” あの教本 ” を、編纂した訳じゃないわ。 判りやすくを念頭に置いて作ったけれど、それを実行しようとしたら、御国の法律を精査しなきゃ出来ないものね。

 そう…… ならば、存分にダンス財務調査を、踊りましょう。





 ^^^^^




 夕暮れ時…… 第六刻の鐘が鳴る。 護衛隊の皆さんの晩御飯…… 準備し損ねた。 でも、皆さん、適当に食べた感じね。 そんなに空気も悪くなっていないわ…… だって、私が、必死に ” ご説明 ” 申し上げている姿を、間近に見ていたんですもの。

 ミストラーベ宮廷伯の ” 調査 ” は、微に入り細に入り、事細かく…… 当然、私が第四四〇特務隊に着任してから全ての事に関して…… お調べになったわ。

 隠すつもりは無くても、どうしても出て来てしまう、細かな差異。 その差異も余すところなく、突っ込んでこられるわ。 もし…… ダクレール男爵領での、アノ日々が無かったら。 きっと、数々の「不正」の証拠とやらを見つけ出されていたでしょうね。

 法に照らし合わせて、税法の解釈の違いや、支払い方法とかまでね。 グランクラブ商会とのお取引だって、かなり「興味」を引いてしまった。 だって、「政商」なんですものね。 そして、少ない予算で、あれだけの量の、お薬や、ポーションを錬成した事。 その代金の一部が支払われていない事。 そんなところまで、突っ込んでくるのよ?

 修正事項は多岐に渡るの。 主に解釈の違いでね。 とうの昔にシルフィーは白旗を上げている。 あまりにも難解な法理ですもね。 ほんと、教本を作る時に、法典関連を読み込んでいてよかった。 

 ダンスは、優雅に。 そして、身も斬れる様な ” 言葉の刃 ” を振り回しながらね。 私だって、唯やられている訳じゃないわ。 財務寮の法の運用の不備を突くもの。 変わらぬ表情のミストラーベ宮廷伯の御顔。 でも、” それを云うか! ” って、内心が漏れているわ。 

 そんな大立ち回りも、やっと…… やっと、終わるの。 第一、私が第四四〇特務隊に出向してから、そこまで日はたっていないものね。 調べ尽くすと云っても、古い部署とは違うから。 これが、第四四師団だったらと思うと、ちょっと、背筋が凍るわ。

 積み上げられた資料を前に、ミストラーベ宮廷伯の御顔が破顔する。




「リーナ、良く判った。 君がとても財務に関して精通している事がね。 この教本のお陰かな? ダクレール男爵領で、君は薬屋『百花繚乱』で、仕事をしていた。 それは、判っている。 でもねぇ…… 王国の法理まで、理解しているとはねぇ…… 参ったよ。 これだけつつき倒しても、” 修正 ” のみって…… 前代未聞だ。 ニトルベインの魔女が俺に忠告したとおりだな」

「あ、あの、ロマンスティカ様が?」

「あぁ、そうだよ。 ” 手を出して、火傷やけどをするのは、貴方の方よ ” ってな。 この上つつくと、財務寮の方が危うくなる。 アーノルドが、手を焼いている、「 仕事 」 の手伝いを、お願いしたいくらいだ」

「買被りですわ。 わたくしは、第四四〇特務隊を ” 綺麗なまま ” にしておきたいのですから」

「何よりだ。 王国の ” 宿将オフレッサー侯爵閣下 ” の参謀でも、やっていけるよ。 あの方は、そう云う意味では、腋が甘い。 付け入る隙が、まだまだ沢山あるんだ。 そりゃ、第四軍 主計参謀のミッドバース=リフターズ氏も、遣り手だがね。 でも、王国の法理には疎いんだ。 まぁ、庶民出身の彼には、必要の無い知識だからね。 現状を纏め上げる力は相当なモノだけど…… それを動かしている王国法には……ね。 まぁ、だからこそ、親父殿が第四軍の予算を削れるって所も有るんだがね。 調査は終わりだよ。 君達、第四四〇特務隊に対する、疑義はすべて無くなった。 調査部は保障する。 第四四〇特務隊に関して、財務寮の干渉は無くなるってね」

「有難うございました。 お役目、お疲れ様です」




 ツィっと、視線を私に向けられる宮廷伯。 素敵な御顔が憂いを含んでいるの。 その意味は? 宮廷伯の紡ぎ出されるお言葉は、ある意味予想は出来た。 直接的に尋ねられたのは、少し意外だったわ。




「…………ウーノル殿下の側近には、入られないんだよね」

「はい、わたくしには、誓約が御座います故」

「その誓約、殿下のお側で果たす事は……………… 無理か。 殿下はファンダリア王国を一番に考える御方。 その際、君の「誓約」と、合わない判断も下される。 重い職責を与えれば、君の本来の「仕事」から、乖離する。 ……ままならんものだね。 愚妹にも、教えたいが…… まぁ、理解はしないだろうしね。 ここは、黙っておくか」

「……御意に」



 言葉を選びながら、宮廷伯は続けられるの。 そう、大切な質問という訳ね。 真剣な光を帯びた視線が私を貫くの。 誤魔化しや、嘘は言えない。 そして、彼は、その問いで、私と云う「人物」を量ろうとされているのが、垣間見える。




「ファンダリア王国の未来の為に尽力してくれるか? 君の誓約の内側でいい」

「御言葉のままに」




 大きく笑み崩れる、宮廷伯。 良かった…… お望みのお応えと、私の意思が、合致したのね。 素敵な笑顔のまま、彼は云うのよ……




「よし。 君の言葉を信じよう。 俺からの「信認」を与える為に、俺の名を、リベロットと呼ぶことを許す。 いや、ミストラーベ宮廷伯って云われると、面はゆいんだ。 頼むよ」

「リベロット様…… に御座いましょうか?」

「あぁ。 魔女は ” リベ ” って、愛称で呼ぶけどな。 まぁ、そこまでは望まないよ。 今後とも、よろしく頼むよ。 ” シア ” が、アレじゃぁね…… まぁ、不出来な兄と云う立ち位置で」

「まぁ、そんな……」




 能吏…… ウーノル殿下のお側に侍る、財務の要…… そんな気がしたの。 と云う事は…… 殿下…… ミストラーベ大公閣下に見切りをつけたの? そして、ベラルーシア様にも? 荒れるわよ、きっと。 私の表情を読んだのか、リベロット様は、言葉を紡ぎ出されるの……




「そこは、気にする所ではないよ。 アンソニーも居る。 俺も「殿下の駒」になる。 殿下が、” 勘違い野郎 ” を、排除されるだけだからね。 親父殿も、ガングータス陛下の側近としてやって来たんだ。 代替わりする時に、進退は伺う事になっているしね。 あの狸親父と…… ニトルベイン大公閣下と、違う所だよ、そこが。 権に汲々とする輩には、財務大臣の責務は重すぎるってこった。 まぁ、王宮財務寮あっちの方は任せな。 俺たち兄弟二人して、やるだけはやるから。 おおぉ、時間も遅くなった。 すまんね。 今日はこれまでとするよ。 また、いずれ」

「リベロット様も、お気をつけて。 殿様」

「うん、いいね、その響き。 さて…… あっちでも遣り合うか。 財務寮の奴らとのいくさが、有るんでね。 退散させてもらうよ。 君の献身に感謝を。 では!」




 そう、口にされると、颯爽と第四四師団の薬品備蓄庫を、後にされた…… 良かったのか、悪かったのか…… トンデモナイ人に目を付けられたような気がしたの。


 でも…… これで、第四四〇特務隊の安寧は保たれた。 



 ホントに、高位貴族様達の ” 視察 ” って……




 面倒しか、無いわね。






 次は…… 狸と狐かぁ…… 



 気の重い、「視察」は……



 まだまだ、続くのね。






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