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第四章「ディープな関係!?」
8 ニ・ブ・ち・ん
しおりを挟む―――それから夕方前。
「久しぶりですね、キトリー様。帝都はどうでした?」
にこやかな顔で手を挙げて俺に声をかけたのは、公爵家の騎士を辞め、領地の村人になった犬獣人のザックだ。相変わらずモフモフの尻尾がフリフリ、耳がピコピコと動く。しかしその尻尾は俺を見て、ぴたりと止まった。
「キトリー様、どうしたんです? レノの奴と喧嘩でもしました?」
そうザックは俺に聞いた。ザックとレノは同い年なので、仲良しなのだ。
「いや、喧嘩はしてないけど……。まあ、そんな所」
俺がもごもごと誤魔化しながら答えると、ザックから納品食材を確認していたヒューゴが茶々を入れる。
「坊ちゃんはモテますからねぇ~」
「ちょ、ヒューゴ! 俺、モテてない!」
「はいはい」
俺が言うとヒューゴは楽し気に笑って答えた。これは絶対楽しんでるやつだ。
……全く、うちの奴らは~。
「モテるって何かあったんですか?」
「何でもない。気にするな。何でもない」
俺はザックに顔を近づけて二回言えば、ザックは「はぁ」と困った返事をした。
「ところで、急な注文に対応してもらって悪いな。あ、これ帝都に行ったお土産。……今日はノエルは一緒じゃないのか?」
俺はお土産を渡しながらノエルの姿を探す。だがどこにもいない。
「ありがとうございます。注文に関しては大丈夫ですよ。ノエルはちょっと体調を崩してましてね」
「え、大丈夫なのか!?」
「家で安静にしてれば大丈夫みたいですから」
「そっかぁ。見送ってくれた時は元気だったのに」
「夏の疲れが出てんじゃないですかね。ここんとこ暑かったですから」
「あー、まあそうねぇ」
俺は納得して答える。ポブラット領は湿気も少ないので日陰に入れば涼しいものだ。でも日中はやはりそれなりに暑い。ノエルもその暑さにやられたのだろう。
……うーん、領民の為にかき氷屋でも始めようかしら。ヒューゴにシロップを開発してもらったし。
なんて俺は真剣に考える。でもそんな俺にザックは窺うように問いかけた。
「それよりキトリー様。あんなに発注されて、何かパーティーでもされるんですか?」
「いや、ちょっと大量に食べる客人がいてな」
「もしかしてそれって……聖人のアシュカ様ですか?」
ザックはこそっと俺に尋ねた。だから俺は驚く。だって、まだこの屋敷の人間以外にアシュカが来ている事は知られていない筈だったから。
「え!? なんで、その事!!」
「村の方で、ポブラット家の事を聞く若い青年が現れたって話で。聞いてみたら容姿がアシュカ様そっくりだったし。キトリー様、アシュカ様と仲良しだったでしょ?」
ザックに言われて俺はアシュカと町中で会った時、ザックも護衛として同行していたことを思い出した。
「でも、やっぱりアシュカ様がこっちに来てるんですね」
ザックはそう言うと、少し考えるような表情を見せた。
「キトリー様、大丈夫なんですか? 聖人様がこんな田舎にいて。村の者は俺以外、誰も気がついていないようでしたけど」
「良くないに決まってるだろ? でも追い返すこともできないしぃ」
「まあ、相手は聖人様ですもんね。もしかして、モテてるってアシュカ様にでも告白されました?」
お前、なぜそれを!! と思うと、俺の表情を見たザックはあっさり答えた。
「それはわかりますよ。アシュカ様、キトリー様に気がある感じでしたし。それにレノの機嫌も悪いでしょ」
……なんでそんなに見てきたみたいにわかるんだよ。探偵かよ!
そう思うと、俺の心まで見抜くザックは小さくため息を吐いた。
「はぁ、キトリー様がニブちんなんですよ」
「ニ・ブ・ち・ん!!」
……未だかつて言われた事ない言葉! 数多のカップルのキューピットになってきた俺がニブちん!!
「レノだってアシュカ様の気持ちに気がついていたから、アシュカ様にあんな態度だったんですよ。ま、嫉妬ですね」
……レノも気がついてたのかぁーッ!
「まあ、坊ちゃんのポンコツぐあ、いや……鈍さは計り知れないからなぁ」
「ヒューゴまで!」
……今、ポンコツ具合って言いそうになりましたよね!? 俺ってば、そんなにポンコツニブちんなの!? 人より察知能力は強いと思ってたのに!!
俺はショックを受けて両手で頬を抑えて考え込む。
「あんまりレノを刺激しないように気を付けてくださいよ? キトリー様」
「そうそう。大人しい奴ほど、嫉妬に狂ったら何をするかわかりませんよ? パクっと食べられちゃうかも」
ザックとヒューゴは笑って俺に言う、しかし。
「あ、あのぉ~。明日、アシュカと二人っきりで湖にピクニックに行くんだけどォ~」
俺が人差し指同士をツンツンっと合わせながら窺い聞けば、二人は真顔になった。そして。
「まさか自分から地雷を踏みに行くとは」
「デートなんて。レノに知られたらどうなるか」
二人は信じられないと言う顔で俺を見る。なので俺はおずおずと続きを告げる。
「それがぁ、実はレノももう知ってるんだよねぇ」
俺の言葉を聞いた二人は真顔のまま、俺の両肩にそれぞれポンっと手を置いた。
「キトリー様、骨は拾いますから」
「坊ちゃん、今夜は覚悟しておいた方がいいですよ」
哀れみの目で二人は俺を見つめた。
……ナニコレ。俺、レノに何かされんの? 怖いんですけどッ!!
そう思うがさっきのレノの冷ややかな視線を思い出して、冗談では済まない状況だと気づく。
……やばい、これはどこかでレノにフォローいれなきゃっ。俺の……俺のおちりがピンチッ!
◇◇
――そして、その頃。
「レノ、僕とキトリーがデートに行くっていうのに止めなくていいの?」
脚立を使い、廊下の窓を拭くレノにアシュカは壁を背に尋ねていた。
「別に、ただ湖に行くだけでしょう?」
レノは顔色を変えずに窓ガラスをキュッキュッと拭いていく。
「フーン、余裕ってわけか。でも、キトリーのあの様子じゃレノが迫って付き合い始めたんだろう? いや、付き合ってるって本当かどうかも怪しいかな」
アシュカが告げるとレノの手が止まる。
「私とキトリー様の仲をお疑いで?」
「僕の目には、レノばかりがキトリーの事を好いているように見えたんでね。まあ、僕は遠慮せずにキトリーにアタックするよ。でももしもキトリーが僕の事を好いてくれたら、その時は容赦なく連れていく」
アシュカの宣言にレノは振り返る。その表情は冷ややかなものだった。
「お好きにどうぞ。私は坊ちゃんを信じていますから」
「その自信が過信に変わらなければいいけどね?」
アシュカは厭味ったらしくにっこりと笑う。だが、そこへ廊下を歩くお爺がやってきた。
「ほっほっほっ、お二人でお話し中、失礼しますぞ」
「執事長、どうかされましたか?」
「フェルナンドがアシュカ様を探しておりましてな。アシュカ様、剣のお稽古をフェルナンドに頼まれたのでは? 時間が出来たので、アシュカ様がよければいつでもできるとの事ですぞ」
「おや、そうなのかい? なら僕は行くよ、教えてくれてありがとう」
アシュカはお爺にお礼を言うと足早にその場を去って行った。
剣術大会で優勝もし、帝国でも剣の使い手として名の通ったフェルナンドに指導してもらうのだろう。だが、去って行ったアシュカの後姿を見てレノは小さくため息を吐き、それを見たお爺は慰めるように声をかけた。
「好いたお方が人気者だと苦労しますね、レノ」
「ええ、全く」
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