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閑話

4 ミカリーとジェット

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 ――ある晴れた昼下がり。

「とうしゃま! アゲハチョ!」

 三歳になったジェレミーは車椅子に乗ったミカリーの膝の上で、空を舞う蝶々を指さして言った。

「本当だなー。よく知ってるなぁ」

 ミカリーはジェレミーの頭をよしよしと撫でた。そうすればジェレミーは嬉しそうにニへっと笑う。しかしそこへジェットがやってきた。

「ミカ、ジェレミー。日向ぼっこはどうだ?」

 ジェットが声をかけると、ジェレミーはビクッと驚いて向きを変えるとミカリーの胸に顔を隠してしまった。

「じぇ、ジェレミぃぃぃ」

 ジェットは愛息子に顔を隠されてショックを受けている。だが、ジェレミーはぎゅっとミカリーの服を掴んで顔を見せなかった。

 ……やれやれ。

「ジェット、ジェレミーの厨房からおやつを持ってきてくれないか? 厨房にはチーズケーキを頼んでいるからもう用意できてるはずだ。それで少しお茶にしよう。エヴァンス、いいだろう?」

 ミカリーはジェットの後ろに控えていたエヴァンスに尋ねた。

「私は親子のひとときを邪魔するほど野暮じゃありませんよ」

 エヴァンスがにっこりと笑って答えるとジェットは「わかった!」と答えて、すぐに厨房へと走っていった。

「ほら、ジェレミー。ジェットは行ったぞ? そんなに顔を出すのが恥ずかしいのか?」

 ミカリーが尋ねるとジェレミーは頷いた。

「ちちうえ、かっこいんだもん」
「だからって、顔を隠してばっかりいられないぞ?」

 ミカリーが言い聞かせるように言うとジェレミーは口を尖らせた。

「まあまあ、ミカリー様。その内、ジェレミー様も陛下に慣れますよ」

 エヴァンスは軽く言い、ミカリーは不意に思い出す。

「そう言えば、エヴァンスのトコの次男坊は元気にしてるのか? 長男のロディオンは会った事はあるが、次男のキトリーはジェレミーと同い年だろ? エヴァンスのところは父親を恥ずかしがったりしないのか?」
「ハハハハッ、父親を恥ずかしがるどころかわんぱく盛りですよ。家を抜け出したり、厨房でつまみ食いをしたり、家の中で行方知れずになったり、手を焼かされてます」
「……相当やんちゃそうだな」
「でも我が息子ながら面白い子ですよ。ゆくゆくはジェレミー様とお友達になれたらよいですが」

 エヴァンスが言うと、ジェレミーはまだ友達というものがわからずに首を傾げた。

「エヴァンスのところとジェレミーが友達か、それも面白そうだな」
「でもまぁ、うちの息子はどちらかというとミカリー様にご執心のようですがね」
「俺に? 会った事もないのにどうして」
「ミカリー様のファンだそうです」
「ファン? 三歳の子が俺の?」
「理由はよくわかりませんが、毎晩懇願されているのでいずれ会ってやってください」
「そりゃ、会うのはいいけど。なんか怖くなってきた……エヴァンスの息子だし」
「おや? ロディオンは良い子でしょう?」
「エヴァンスが面白いっていうぐらいだから、よっぽどだろ。ジェレミー、エヴァンスの息子には気をつけろよ」

 ミカリーに注意されるジェレミーだが、話しがわからずまた首を傾げる。

「おや、酷いですね。私を何だと思っているんです? ずっと友人だと思っていたのに」
「友人だからハッキリ言わせてもらうけど、エヴァンスが面白いっていう時は大抵なにかある時だけだ」
「人生、時には刺激と言うものが必要ですよ?」
「頭いいからそんなことを思うんだろ。……本当は片手で国を扱えるぐらいなの知ってるんだからな。どうしてジェットの下で宰相をしてるのか不思議なくらいだ」

 ミカリーが突っ込んで言うと、エヴァンスはにっこりと笑った。

「確かに私は有能かもしれない。でもミカリーだってわかってるだろ? 王の器があるのはジェットだって。ジェットの元には人が集まる。王様にも有能さは必要だ。でもそれ以上に必要なのは人望と信念、そして信頼足る人物かどうかという事だけだ」

 友人として言うエヴァンスにミカリーはプッと笑った。

「そうだな。それにエヴァンスが王にでもなった日には、国がえらいことになりそうだ。ジェットぐらい気が抜けてる方がいいのかもな」
「そーいう事です」

 エヴァンスが答えると、そこへ何も知らないジェットがチーズケーキとドリンクの乗ったカートを押してきた。

「何を話してたんだ?」

 ジェットが尋ねるとミカリーは笑って答えた。

「お前の事だよ」
「俺の事?」
「そっ。まあ、それは良いからおやつをくれ。ジェレミー、父上がおやつを持ってきてくれたぞ。お礼を言わないとな」

 ミカリーが促すとジェレミーはもじもじしながらも小さな声で「ありがとう、ちちうえ」とちゃんとお礼を告げた。その姿にジェットは満面の笑みを見せる。

「さて、ではそろそろ私は立ち去るとします。陛下、三十分後には戻ってきてください」

 ジェットが「わかった」と返事をすると、エヴァンスはその場を去って行った。
 その後姿を見ながらミカリーはジェットに尋ねる。

「なあ、ジェット。エヴァンスのところの息子と会った事があるか?」
「エヴァンスの? ロディオン君か?」
「いや、次男の方」
「ああ、確かキトリーと言う名の。会った事はないが、どうした?」
「どんな子なのかな? って思って。ジェレミーと同い年だし」
「面白い子だとは聞いてるが。……でも今年の夏だったか、キトリー君が木にぶつかってエヴァンスがすぐに帰った事があったな。まあ大事なかったみたいだが、随分とやんちゃな子だと思ったなぁ」

 ジェットは顎に手を当てて思い出しながらミカリーに教えた。

「木にぶつかって……。ジェレミーも気を付けるんだぞ?」
「うん?」

 ミカリーに言われても、わからないジェレミーは首を傾げるだけだった。



 ――けれど、そんなほのぼのとした日々は突然終わりを告げる事となる。
 ジェレミーが四歳になる頃、ミカリーの容体は急激に悪くなっていき、半日どころか、一日中眠っている日が多くなる日々が続くようになったのだ。

 そして、ある日の夕方。その日はやってきてしまった。

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