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閑話

3 ミカリーとジェット

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「ジェット、子供は俺が産む」
「え?」

 ベッドに腰掛けるミカリーから出た思わぬ言葉に、ジェットはグラスに入った寝酒を落としそうになった。

「ミカ、今なんて?」
「子供は俺が産むと言ったんだ」

 ミカリーはハッキリとジェットに告げた。

「いや、ミカ、それは」
「これまでお前が妊娠薬を飲んで何度も試したが駄目だった。なら今度は俺が飲んで試してみたい」
「けどミカ、抱かれるのは嫌だと」
「昔はな、でもお前が相手なら……。それとも俺の体は抱く気にならないか?」
「いや、そんな事はない! でもミカの体では」

 言いかけて止めたジェットの言葉をミカリーは続けた。

「俺のこの体じゃ心配だって言うだろう? わかってる。でももう待てない。俺、子供が欲しいんだ。だから少しぐらい無理をする」
「けどっ」

 言い淀むジェットにミカリーは真っすぐな瞳を向けて告げる。

「ジェット、もうこの機を逃したらチャンスはないと思うんだ。俺の体調がいい時に試したい。だから……頼む」

 青い瞳を向けられてジェットは小さく息を吐く。幼い頃からこの瞳に頼まれるとどうにも断れない。そしてそれをミカリーは知っている。
 ジェットはグラスを持ったままミカリーの隣に腰掛けた。

「どうしても、なのか?」
「ああ。どうしても、だ」
「……一年、試してダメだったら諦める?」

 問いかけながらジェットがミカリーの手を握ると、その手は優しく握り返した。

「俺はお前が納得できないことをしたいわけじゃない。お前が一年、と言うなら、それでいい」

 ミカリーの譲歩にジェットは頷いた。

「約束だよ、ミカ」
「ああ、わかってる」

 了承したミカリーにジェットはホッと息を吐く。だが、そんなジェットにミカリーは問いかけた。

「ところで、どうする?」

 突然問いかけられてジェットは「え?」と問いかけ返す。すると、ミカリーは少し照れた様子で返事をした。

「その……もう準備はできているんだが」

 目を逸らして言うミカリーに、ジェットは驚きながらも同じように顔を赤くする。

「準備って、え!?」
「その気がないなら、別にいいけど」

 ミカリーはそっぽ向いて言ったが、ジェットがこんなチャンスを逃すわけがない。

「ミカがいいなら、ぜひ!」
「なんだか食い気味だな。お前、本当は俺に抱かれるの今まで嫌だったんじゃないか?」

 じっと睨むような目つきで言われ、ジェットは慌てて首を横に振る。

「そんなことない! でも、その……一度くらいは抱いてみたいなーっと」

 正直に答えるとミカリーはプッと笑った。

「一度と言わずにこれからは何度でも抱かせてやる。だから、来いよ」

 ミカリーに誘われてジェットは小さく頷く。体格はジェットの方が大きいが、いつだって主導権を持つのはミカリーだ。
 そしてミカリーに誘われたジェットは寝酒をぐっと飲むと、サイドテーブルのランプの光を弱め、その後、二人だけの長い夜を過ごした。

 
 ――しかし、それから一カ月の内の出来事だった。ミカリーがあっさりと妊娠したのだ。
 その事に二人は驚いたが、勿論喜び、ミカリーの中でお腹の子はすくすくと育っていった。その間、ジェットはいつも以上に過保護&神経質になり、最終的にはミカリーに怒られる始末だったが……。

 でも十カ月後には丸々とした男の子が生まれ、ジェレミーと名前が付けられた。


 ◇◇◇◇


「あぁジェレミー、可愛いなぁ」

 ジェットはベビーベッドでスヤスヤと眠る赤ん坊のジェレミーを見つめながらうっとりしていた。そしてそれをミカリーはベッドに横になったまま呆れ顔で眺める。

「おい、仕事はいいのか?」
「大丈夫、大丈夫。エヴァンスがいるから」
「それは大丈夫とは言わないだろ。ほら、迎えが来たぞ」

 ミカリーはドアが開いた音を聞きつけて、ジェットに言った。するとそこにはエヴァンスとメイドが一人。

「陛下、仕事に戻る時間ですよ」
「あと五分! あと五分だけだ!!」
「駄目です」

 ピシャリと断るエヴァンスにジェットは恨みがましい目を向ける。でもそんな折、騒ぎを聞きつけたジェレミーが起きて、泣き出し始めた。

「ジェレミー。ああ、ごめんな。騒がしくして」

 ジェットはすぐにジェレミーを抱き上げようと手を伸ばす。だが、その手をメイドが留めた。

「陛下、ジェレミー様のお世話は私に任せて、お仕事に戻ってください」
「マリア、だが」
「お仕事にお戻りクダサイ。二度目はありませんよ?」

 にっこりと笑いつつも威厳ある姿はどちらが王かわからないほどだ。
 そしてこのメイドこそ、ミカリーの専属メイドだったサリアの娘であり、後に王城を取り締まるメイド長になる若い頃のマリアだった。マリアはこの三人の二つ年下でありながらも、子供の頃から顔を合わす仲だったのでジェットにも容赦なかった。

「マリアの言う通りだ。仕事をしてこい」
「ミカまで」
「さー、行きましょうか~」

 ミカリーに言われ、エヴァンスには引っ張られ、ジェットは泣く泣く部屋を出て行った。その間にマリアはジェレミーを抱き上げ、横になったままのミカリーの横に寝かせる。

「泣かなくてもミカリー様はこちらですよ」
「ジェレミー、俺はここにいるぞ」

 ミカリーが優しく声をかけて手を伸ばすと、ジェレミーは泣き止んでミカリーの人差し指を小さな手できゅっと握った。
 その柔らかな、でもしっかりとした掴む感触にミカリーは顔が緩む。

「では、お父様の傍でしばらく待っててくださいね。ミルクを今作りますから」

 マリアはそう言うと用意していた哺乳瓶を手に取り、手際よくミルクを作り始めた。そしてあっという間に作り終わると、ジェレミーを抱き上げてミカリーの代わりにミルクをあげ始める。するとジェレミーは勢いよくミルクを飲んでいき、それをミカリーは安心した顔で眺めていた。

「ジェレミーは元気だな。健康に産めて良かった」

 ミカリーはしみじみと呟いた。それは子供の頃から病弱で出来ないことが多かったミカリーの心からの言葉で、幼い頃から母親のサリアの傍でミカリーの事を見聞きしていたマリアは複雑な想いを抱える。

「ジェレミー様はこんなにも元気なのですから、ミカリー様も早く元気になってくださいね」

 マリアが声をかけるとミカリーは優しく微笑んだ、しかし。

「そうだな。……でも今は眠い。しばらく眠るよ……マリア、ジェレミーを頼む」

 ミカリーはウトウトしながらマリアに言った。
 そしてマリアが返事をすると、ミカリーはすぐに眠りについた。ミカリーは子供を産んだことで体力を酷く消耗し、最近はほとんどベッドから動けない状態になっていたのだ。

 だが、滋養のある食事と医師の指導、メイド達の手助けもあってミカリーは徐々に回復していき、四年後には車椅子で外に出られるほどになっていった。

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