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閑話

5 ミカリーとジェット

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「ん……ジェット?」

 ミカリーが目を覚ますと椅子に座りながらも心配そうな顔をして自分を見つめるジェットがいた。

「起きたか、気分は?」
「大丈夫だ。ジェレミーは?」

 ミカリーはパチパチと目を瞬かせながら尋ねる。周りを見れば、オレンジの色の光が部屋に差し込んでいる。どうやら夕方のようだ。

「大丈夫だ、マリアが見てくれてる」
「そうか。なら安心だ」

 ミカリーが呟くとジェットは何か言いたげな顔をしていた。だからミカリーは思わず尋ねる。

「ジェット、どうした?」
「いや……なんでもない」

 ジェットは言わないでいたが、ミカリーは心を見透かしたように告げた。

「どうせ自分が子供を産んでいれば、とか思ってるんだろう?」

 ミカリーの指摘にジェットは言葉を詰まらせる。

「それはっ」
「たまたま俺とのタイミングで出来たから仕方がないだろう? それに俺が産んだからあんなに可愛くなったんだ。ま、中身はジェットに似ているけどな」
「でも、もし俺が産めていたら!」
「ジェット、言っておくけど俺の体調が悪くなったのはジェレミーを産んだからじゃない。これだけはハッキリと言っておく。……俺は元々病弱だった。きっとお前やジェレミーがいてくれなきゃ、もっと早くにこうなってただろう。でもお前達がいてくれたから、ジェレミーがいたから大きくなるのを見てやろうって、ここまで生き延びられたんだ」

 ミカリーは優しい眼差しをジェットに向けた。そしてそっと手を伸ばし、その手をジェットは握る。でも、細く冷たい指先にジェットは心細くなる。

「ジェット。ジェレミーの事、頼むぞ」
「ミカ、そんなことを言うな」
「今言わないでいつ言うんだ。俺はみんなのおかげで、ここまで生きてこれた。これ以上は欲張りだ」

 笑って言うミカリーを見つめながらジェットはポロポロと泣き始める。

「バカ、泣くな」
「俺を置いていくのか。傍にいてくれるって言ったじゃないか」

 ジェットが責めるように言えばミカリーは繋いでいる手をぎゅっと握った。

「その事についてはごめん。でもジェレミーがいる、これからお前を傍で支えてくれるだろう。寂しくなったって、ジェレミーの中に俺を見つけることができるはずだ」
「ジェレミーの中に」
「ジェレミーは俺似だからな」

 ミカリーはニシシッといたずらっ子のように笑った。でもすぐにその顔は親の顔になる。

「ジェット、ジェレミーを頼むな。あの子はまだ小さいんだ」
「ああ、わかってる」

 ジェットは答えてミカリーの手を両手で包んだ。でもミカリーが返した言葉は。

「ジェット、言っとくけど。俺は性格が悪いんだ。だから俺が死んだ後に誰かと一緒になるなんて許さないからな?」
「そんな事、するわけないだろう? 何年、求婚したと思ってるんだ?」
「たった七年だろ? 七年過ぎたからって、そんなの許さないからな。化けて出るぞ」
「それはそれで会いたいな。ゴーストでも」
「バカ……。でもそれもいいかもな」

 ミカリーはクスクスっと笑った。けれど段々と瞼が落ちていく。

「ミカ!」

 ジェットが声をかけると、ミカリーは落ちそうな瞼を必死に開けて微笑んだ。

「ジェット。……ありがとな」

 優しい声で告げると、ミカリーはとうとう瞳を閉じた。その瞬間、ミカリーの手からも力が抜ける。それはミカリーの死の報せだった。

「ミカッ! ミカリーッ!!」

 ジェットは叫んだが、もうミカリーの声は二度と聞けなかった。手の届かない神の世界に逝ってしまったのだった。

 そして数日後。葬儀は厳かに行われ、多くの国民が悼む中、ジェットはジェレミーと共にミカリーを見送った。この子は俺が守る、とジェットは新たに決意して。
 しかしその想いとは裏腹にジェレミーはジェットに懐かず、ミカリーの死から二年後。ジェレミーの殺人未遂事件が起こってしまう。
 だが、ある少年のおかげで犯人は逮捕され、二人の不仲も解消された。

 そして、それから数ヶ月後。
 天気の良い城の中庭で、ジェットは昔語りをしていた。


 
◇◇◇◇
 


「まあ、そういう訳で俺とミカは結婚する事になったんだが……。って、こんな話を聞いて楽しいか? というか聞いてるか? キトリー」
「もっ、もっ、もー、尊み過ぎてしんどいぃぃっ!」

 六歳のキトリーはテーブルに突っ伏し、えぐえぐと泣きながら話を聞いていた。

 ……ミカとの馴れ初めを聞きたいと言うから話したんだが、こうも泣かれるとは。

 ジェットは困った様子でキトリーを見つめた。
 今はお昼のおやつタイムで、ミカリーが愛した庭園でお茶をお楽しみ中だ。そしてキトリーの隣にはジェレミーが右には座り、キトリーの左にはレノが座って横からハンカチを渡している。

「キトリー、大丈夫?」
「おうぉうぅぅっ、だい、じょぶぅぅ~っ」
「キトリー様、これを」

 ジェレミーに尋ねられたキトリーは渡されたハンカチでチーンと鼻をかみ、「ちゅっきりした」と呟くとレノに汚したハンカチを返した。レノは嫌そうな顔をしている。

 ……三人が庭で遊んでいると聞いたから顔を出したが、まさかミカリーとのことを聞かれるとはなぁ。

 ジェットは小さな少年に目を向ける。年齢に見合わず大人びた少年を。
 でもそこへエヴァンスがカートを押して、ふわふわのチーズケーキを運んできた。

「おまたせしました」
「わぁー、チーズケーキ!!」
「旦那様、お手伝いします」

 キトリーはキラキラと年相応に目を輝かせ、レノは椅子から立ってエヴァンスの手伝いをしにすぐさま行動した。

「ありがとう、レノ。私が切り分けるから、お皿を運んでくれるかい?」

 エヴァンスが頼むとレノは素直に「はい」と頷いた。
 そしてエヴァンスが切り分けたチーズケーキの皿をレノは、ジェット、ジェレミー、キトリーの順で置いていく。あと二枚は自分と、ジェットの隣の空席、エヴァンスの席に置く。
 だが置かれたチーズケーキを見て、ジェットはある事に気がついた。

「エヴァンス。このチーズケーキ、あのお店のか?」

 一仕事終えたエヴァンスが隣に座るなり、ジェットは尋ねた。なにせ、それはジェットがその昔、チーズケーキ好きなミカリーの為にお店で買ってはよく伯爵家に持っていっていたものだったからだ。

「ええ、そうです。実は今日の昼、サリアさんが育休を取っているマリアのところに顔を出すついでにこちらに寄られて、わざわざ持ってきてくださったのですよ。でもちょうどその時、陛下は会議がありましたし、ジェレミー様は学校でしたのでお会いできなかったです。お二人に、よろしくお伝えくださいとおっしゃっていましたよ」
「そうか、サリアさんが来ていたのか」

 ジェットは久しく会っていないサリアを思い出し、懐かしく思った。サリアはもう六十を過ぎる年になったが、未だに伯爵家の現役メイド長をしている。そしてジェレミーを実の孫のようにも可愛がってくれて、時々こうして顔を出してくれるのだ。

「あとでお礼の手紙を書くとしよう」
「そうですね」

 ジェットの言葉にエヴァンスが頷いて答えると、キトリーが待ちきれずに声を上げた。

「ねねっ、もう食べてもいい!?」
「ああ、すまない。食べていいぞ」

 ジェットが許可を出すと、キトリーはフォークを手に一口を取るとパクっと食べた。

「んんん~っ、うまぁ!! ふわふわしゅわしゅわ、とろける~。ジェレミーもレノも食べてみろよ。おいしいぞ!」

 キトリーは両頬に手を当てて至福な顔をした後、すぐに両サイドに座る二人に勧めた。

「じゃあ、ボクも」

 ジェレミーは促されてチーズケーキを一口食べる。すると目をパチパチッと瞬かせるとすぐに「おいしい!」と顔を輝かせた。

「美味しいか、ジェレミー」

 ジェットが何気なく問いかけると、ジェレミーは満面の笑みで「うん!」と答える。でも、その顔はミカリーがチーズケーキを食べた時と全く同じ表情で、その顔を見たジェットとエヴァンスは思わず笑った。

 でも、幼い頃ジェットが『美味しいか、ミカリー』と尋ねれは、満面の笑みで『うん!』と答えながらもその後ミカリーは『う、うるさい、トンチキ野郎!』という言葉が続いたが。

 けれど突然笑い出した大人二人にジェレミーは驚いて首を傾げた。

「どうか、しました?」
「ああ、すみません、ジェレミー様。美味しそうに食べる姿がミカリー様とそっくりだったもので。ね、陛下」

 エヴァンスがすぐさま説明するとジェットは「ああ」と頷いた。そして、ジェレミーを見ながらジェットはミカリーの言った言葉を思い出す。

『寂しくなったって、ジェレミーの中に俺を見つけることができるはずだ』

 ……全く、本当にそうだな。ミカ。

 ジェットは心の中でミカリーに語り掛ける。でもそんなジェットにジェレミーは不思議そうに尋ねた。

「父上、父様もチーズケーキ好きだったの?」
「ああ。チーズケーキをよくミカの為に買って持って行ったものだ」

 ジェットの返事に、ジェレミーはぼんやりとミカリーが生きていた時のことを思い出した。それはジェレミーとミカリーだけの内緒の話をした時の事。

『とうさま、ちーじゅけーき好き?』
『ああ、好きだぞ。でも好きというか、好きになったって言った方がいいかな』
『しゅきになった??』
『ああ。ジェレミー、これは内緒の話だぞ? 本当は俺、元々チーズケーキはそんなに好きじゃなかったんだ。でも勘違いしたジェットがいつも持ってきてくれてな、いつの間にか好きになったんだ』
『ちちうえがもってきたから?」

 ジェレミーが尋ねるとミカリーは頬をほんのりと染めて、照れた顔でにっこりと笑った。その事をジェレミーは覚えていた。

「ジェレミー、どうした?」

 ジェットに問いかけられたがジェレミーは首を横に振った。

「なんでもないです」
「そうか? 口元についてるぞ」

 ジェットは手を伸ばし、口元についているチーズケーキの欠片を指でぬぐい取り、ちょっと恥ずかしくてジェレミーは頬を染める。
 そして、そのほのぼのとした二人を見て。

 ……んん~! 親子愛、キュンですっ!

 と、一人悶えるキトリーだった。
 その隣で呆れた顔でレノが見ていようとも――。


おわり



*************

ジェレミーの両親のお話はいかがでしたか?
なんか、本編よりBL度が高いような(笑)

楽しんで頂けたら嬉しいです。ではまた次章で('ω')ノ
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感想 10

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