83 / 119
第6章 遠のくほどに、愛を知る
82
しおりを挟むベッドに寝そべって暗い表情をするクロードを見下ろしながら、ヴィンセントは考えを巡らせる。
「……しかし、あれですね。仮に記憶喪失になることが代償だったとしたら、なぜ急に記憶が戻ったんでしょうか?」
「……?」
「だって、今回はいままでと少しパターンが違いませんか? 代償が途中で解消されたのは今回が初めてなのでは?」
「確かにそうだな……」
クロードは神妙な顔をして、考え込むように顎に手を当てる。
記憶喪失になること。
それによってクロードが苦しめられること。
そのどちらが代償だったとしても、それが途中で解ける謂れなどないはずだ。
──そもそも落馬事故に遭うことが代償だった可能性も十分にあるが、ヴィンセントはあえてそのことは黙っていた。わざわざ自分から余計なことを言うつもりはない。
「イリスの樹の力は呪いみたいなものだと仰っていましたよね?」
「ああ……」
「では、もう呪いは解けているのでは?」
「そんなこと──」
「あり得なくはないです」
眉を顰めたクロードの言葉を遮るように、ヴィンセントは矢継ぎ早に捲し立てる。
「代償を払っていない状態で願いが叶い続けてるなんて、おかしな話ではないですか? もう呪いが解けている、もしくは最初から不完全なものだったと考えるのが妥当です」
「最初から不完全だった……?」
「俺が元からあなたを愛していたので願いの叶えようがなく、無駄に代償だけ払っていたのが途中で解消されたとは考えられませんか?」
「そんな馬鹿なことあるはず……」
「ないとは言い切れないでしょう。クロード様だって、あの木のことをよく理解しているわけではないはずです」
いつもより饒舌なヴィンセントに、クロードは面食らったような顔をする。
それを無視して、ヴィンセントは更にぺらぺらと喋り続けた。
「他に考えるとすると……俺自身があなたを愛していることに気付いていなかったので、それを自覚させることに願いがすり替わった、とかですかね。その分代償が軽くなって、期限つきになったのかもしれません。それでも、代償が大きすぎることに変わりはないですけど」
「…………お前、今日はよく喋るな……」
クロードがどこかしみじみとした雰囲気でそう呟いたものだから、ヴィンセントは場違いにも少し笑ってしまった。
「こう見えても必死なんですよ。あなたに離縁されたくないので」
「…………」
「どうしても信じられませんか?」
「……俺だって、信じたい。信じたいが……」
クロードは苦しそうな顔をしてヴィンセントから目を逸らす。
「……どうせ面倒くさい奴だと思ってるんだろう……あいつといるときは楽しそうだったのに、俺といるときはいつもそうだ……」
「意固地なひとだなとは思ってます。でも、面倒くさいなんて思ってないですよ」
「……俺とは月一回しかしなかったくせに、あいつとは何度もしてた……」
「閨事の話ですか? それは、クロード様が月に一度しか俺の部屋に来なかったので……」
「っ、お前が本当は嫌だろうと思って遠慮してたんだ!」
顔を赤くして声を荒げたクロードを見て、ヴィンセントは苦笑する。
「俺は、あなたが本当は俺のことが好きじゃないから、月に一度しか閨をともにしないんだと思っていました。終わった後も、すぐ部屋に戻ってしまいますし」
「……長居なんてできるわけないだろ。こっちは月に一回じゃ満足できてないのに……」
「それは……俺も同じです」
クロードが目を丸くしたものだから、ヴィンセントはいっそう気恥ずかしくなった。
けれど、これもちゃんと伝えた方が良いのだろう。
顔に熱が灯るのを感じながら、ヴィンセントは鈍く唇を動かす。
「……俺も、そのことについては寂しく思っていました。閨事自体月に一回だけですし、俺はもっとしてほしいと思っていましたから……」
そこで、一度会話が途切れた。
唖然としていたクロードの頬がみるみる内に赤くなっていき、意味もなく視線が宙を漂う。
「な、なら、そう言えばよかったじゃないか……」
「いや、言えませんよ。面倒だとか、気持ち悪いとか思われたら嫌ですし……」
「…………」
「…………」
再びふたりは口を閉ざした。
あの約一年間の結婚生活のなにもかもが、お互いが『良く思われていない』と思い込んでいたことですれ違っている。
どちらかが少し勇気を出すだけで、ふたりの関係は大きく変わっていたのかもしれない。
今さら過去のことを思い返したところで、すべてたらればの話だ。
しかし、これからの──未来の話は違う。ヴィンセントの努力次第で、今後のことはどうとでもなる。
ヴィンセントはクロードの手を握った手に力を込め、真剣な瞳でクロードを見つめた。
86
お気に入りに追加
1,931
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
ベタボレプリンス
うさき
BL
「好きだ。…大好きなんだ。これ以上はもう隠せない」
全く関わりのなかった学園のアイドルから、突然号泣しながらの告白を受けた。
とりあえず面白いので付き合ってみることにした。
ヘタレ学園アイドル×適当チャラ男のお話。
【完結】キミの記憶が戻るまで
ゆあ
BL
付き合って2年、新店オープンの準備が終われば一緒に住もうって約束していた彼が、階段から転落したと連絡を受けた
慌てて戻って来て、病院に駆け付けたものの、彼から言われたのは「あの、どなた様ですか?」という他人行儀な言葉で…
しかも、彼の恋人は自分ではない知らない可愛い人だと言われてしまい…
※side-朝陽とside-琥太郎はどちらから読んで頂いても大丈夫です。
朝陽-1→琥太郎-1→朝陽-2
朝陽-1→2→3
など、お好きに読んでください。
おすすめは相互に読む方です
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる