遠のくほどに、愛を知る

リツカ

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第6章 遠のくほどに、愛を知る

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 ベッドに寝そべって暗い表情をするクロードを見下ろしながら、ヴィンセントは考えを巡らせる。

「……しかし、あれですね。仮に記憶喪失になることが代償だったとしたら、なぜ急に記憶が戻ったんでしょうか?」
「……?」
「だって、今回はいままでと少しパターンが違いませんか? 代償が途中で解消されたのは今回が初めてなのでは?」
「確かにそうだな……」

 クロードは神妙な顔をして、考え込むように顎に手を当てる。

 記憶喪失になること。
 それによってクロードが苦しめられること。
 そのどちらが代償だったとしても、それが途中で解ける謂れなどないはずだ。

 ──そもそも落馬事故に遭うことが代償だった可能性も十分にあるが、ヴィンセントはあえてそのことは黙っていた。わざわざ自分から余計なことを言うつもりはない。

「イリスの樹の力は呪いみたいなものだと仰っていましたよね?」
「ああ……」
「では、もう呪いは解けているのでは?」
「そんなこと──」
「あり得なくはないです」

 眉を顰めたクロードの言葉を遮るように、ヴィンセントは矢継ぎ早に捲し立てる。

「代償を払っていない状態で願いが叶い続けてるなんて、おかしな話ではないですか? もう呪いが解けている、もしくは最初から不完全なものだったと考えるのが妥当です」
「最初から不完全だった……?」
「俺が元からあなたを愛していたので願いの叶えようがなく、無駄に代償だけ払っていたのが途中で解消されたとは考えられませんか?」
「そんな馬鹿なことあるはず……」
「ないとは言い切れないでしょう。クロード様だって、あの木のことをよく理解しているわけではないはずです」

 いつもより饒舌なヴィンセントに、クロードは面食らったような顔をする。
 それを無視して、ヴィンセントは更にぺらぺらと喋り続けた。

「他に考えるとすると……俺自身があなたを愛していることに気付いていなかったので、それを自覚させることに願いがすり替わった、とかですかね。その分代償が軽くなって、期限つきになったのかもしれません。それでも、代償が大きすぎることに変わりはないですけど」
「…………お前、今日はよく喋るな……」

 クロードがどこかしみじみとした雰囲気でそう呟いたものだから、ヴィンセントは場違いにも少し笑ってしまった。

「こう見えても必死なんですよ。あなたに離縁されたくないので」
「…………」
「どうしても信じられませんか?」
「……俺だって、信じたい。信じたいが……」

 クロードは苦しそうな顔をしてヴィンセントから目を逸らす。

「……どうせ面倒くさい奴だと思ってるんだろう……あいつといるときは楽しそうだったのに、俺といるときはいつもそうだ……」
「意固地なひとだなとは思ってます。でも、面倒くさいなんて思ってないですよ」
「……俺とは月一回しかしなかったくせに、あいつとは何度もしてた……」
「閨事の話ですか? それは、クロード様が月に一度しか俺の部屋に来なかったので……」
「っ、お前が本当は嫌だろうと思って遠慮してたんだ!」

 顔を赤くして声を荒げたクロードを見て、ヴィンセントは苦笑する。

「俺は、あなたが本当は俺のことが好きじゃないから、月に一度しか閨をともにしないんだと思っていました。終わった後も、すぐ部屋に戻ってしまいますし」
「……長居なんてできるわけないだろ。こっちは月に一回じゃ満足できてないのに……」
「それは……俺も同じです」

 クロードが目を丸くしたものだから、ヴィンセントはいっそう気恥ずかしくなった。
 けれど、これもちゃんと伝えた方が良いのだろう。
 顔に熱が灯るのを感じながら、ヴィンセントは鈍く唇を動かす。

「……俺も、そのことについては寂しく思っていました。閨事自体月に一回だけですし、俺はもっとしてほしいと思っていましたから……」

 そこで、一度会話が途切れた。
 唖然としていたクロードの頬がみるみる内に赤くなっていき、意味もなく視線が宙を漂う。

「な、なら、そう言えばよかったじゃないか……」
「いや、言えませんよ。面倒だとか、気持ち悪いとか思われたら嫌ですし……」
「…………」
「…………」

 再びふたりは口を閉ざした。
 あの約一年間の結婚生活のなにもかもが、お互いが『良く思われていない』と思い込んでいたことですれ違っている。
 どちらかが少し勇気を出すだけで、ふたりの関係は大きく変わっていたのかもしれない。

 今さら過去のことを思い返したところで、すべてたらればの話だ。
 しかし、これからの──未来の話は違う。ヴィンセントの努力次第で、今後のことはどうとでもなる。

 ヴィンセントはクロードの手を握った手に力を込め、真剣な瞳でクロードを見つめた。
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