遠のくほどに、愛を知る

リツカ

文字の大きさ
上 下
82 / 119
第6章 遠のくほどに、愛を知る

81

しおりを挟む

 これはつまり、騎士団のことに関する誤解の原因はヴィンセントにある、ということになるのだろうか……。

 入団試験の面接の際、その場にキースはいなかった。しかし、この手の話が飲みの席で酒の肴にされるのはよくあることだ。
 上司の誰かが漏らした話が人伝に広まっていった末、『ヴィンセントが騎士団長になりたがっている』というおかしな噂にすり替わっていったのかもしれない。

 思い返してみれば、上昇志向のある同期や先輩たちはなぜかヴィンセントに冷たかった。もしかすると、彼らはその噂を信じてヴィンセントをライバル視していたのだろうか。

 苦い顔をするヴィンセントを見て、クロードは卑屈な笑みを浮かべた。

「なんだ、やっぱり言ってたんじゃないか」
「……いえ、確かに言いはしましたけど、本心ではありません」
「……? 入団試験のときに言ったんだから、本心だろ?」
「…………」

 不思議そうな顔をするクロードを、ヴィンセントはじっと見つめる。
 なんというか、クロードはヴィンセントが思っているよりも純粋なひとなのかもしれない。そういうところは、あのキースと同じだ。

「クロード様は面接というものをご存知ですか?」
「……馬鹿にしてるのか?」
「まさか。ただの確認です」

 と言いつつも、おそらく知っているだけで受けたことはないのだろうな、とヴィンセントは推測していた。
 そもそも、面接を受けているクロードなんて想像もできない。

 ヴィンセントは困惑するクロードに対し、淡々と説明する。

「面接というのは、基本的には自分を大きく見せようとするものです。ありのまま馬鹿正直に答えていては、受かるものも受かりませんからね」
「ほう……」
「騎士団の入団試験だってそうです。正直に『さほど責任のないそこそこの地位で、そこそこの給金が貰いたい』……なんて言う志のない奴を、クロード様だったら受からせたいと思いますか?」
「……思わない」

 クロードが渋い顔をしたのを見て、ヴィンセントはきっぱりと言う。

「その志のない奴が、俺です」
「…………」
「なので、入団試験のときは受かるために少し調子のいいことを言いました。もちろん、仕事はちゃんと真面目にしてましたよ。ですが、騎士団のトップに立ちたいなんて思ったことはないです。面接の建前で少し大層なことは言いましたが、俺はあなたが思うほど騎士の仕事に執着していません」
「だ、だが、毎朝部屋で剣の素振りをしていたと聞いている……」
「それはいまもしています。日課のようなものなので。別に騎士に戻りたいからではないです」

 クロードは虚をつかれたような顔をして、口をはくはくと動かした。けれども、その唇は言葉を発することのないまま閉口する。
 ヴィンセントは気まずそうなクロードの頬を撫で、小さく微笑む。

「俺は騎士を辞めたことであなたを恨んでなんかいません。俺が騎士の仕事にこだわっていなかったことは父も知っているので、どうしても不安なら確認してくださっても構いません」
「別に、そこまで疑ってはいない……」
「そうですか。誤解が解けてよかったです」

 あの手紙を読んでからずっとモヤモヤとしていた感情が晴れ、ヴィンセントは清々しい気分だった。
 しかし、すべてが解決したわけではない。
 一番厄介で、尚且つ誤解を解くのが難しい、イリスの樹の件がまだ残っている。

 どうしたものかと考えながら、ヴィンセントは疑問に思っていたことをクロードへと投げかける。

「俺に愛される代償が、記憶喪失になることだったんでしょうか?」
「わからん……もしかすると、俺に別の自分がお前に愛されているところを見せつけて、苦しめることの方が代償だったのかもしれない……まるでタチの悪い嫌がらせだ」

 クロードの表情が苦虫を噛み潰したように歪む。

 確かに、願いが叶う代わりに払う『それなりの代償』なるものは、どれも皮肉の効いたものが多いように思えた。

 子どもが欲しいと願った男の元には、病弱な子どもを。
 外を駆け回れるよう健康な体が欲しいと願った病弱な少女には、両足の動かない健康な体を。
 死にそうな弟を助けて欲しいと願った少女は弟の代わりに死に、その弟は妻に愛されたいと願った直後に落馬事故に遭う。
 事故から目覚めると、その体はもうひとりの自分に成り代わられており、妻に愛されたのは別人のようなもうひとりの自分だった。

 ……クロードからしてみると、こんなところなのだろうか。
 ヴィンセントとしては最後の部分は違うと断言できるが、クロードが頑固な上に疑心暗鬼になっている。
 代償を払って散々な目にあったのだから、当然願いも叶っているはずだと思い込んでいるのだろう。

 とはいえ、ヴィンセントにさほど焦りはなかった。
 クロードが恐れていることがなにかもわかったし、クロードがいまもヴィンセントを愛していることもわかる。

 愛し合っていることがわかったいまとなっては、それ以外のことなどすべて些細なことに思えた。
 無論、そう思えているのは現状ヴィンセントだけだろうが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

ベタボレプリンス

うさき
BL
「好きだ。…大好きなんだ。これ以上はもう隠せない」  全く関わりのなかった学園のアイドルから、突然号泣しながらの告白を受けた。  とりあえず面白いので付き合ってみることにした。  ヘタレ学園アイドル×適当チャラ男のお話。

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【完結】キミの記憶が戻るまで

ゆあ
BL
付き合って2年、新店オープンの準備が終われば一緒に住もうって約束していた彼が、階段から転落したと連絡を受けた 慌てて戻って来て、病院に駆け付けたものの、彼から言われたのは「あの、どなた様ですか?」という他人行儀な言葉で… しかも、彼の恋人は自分ではない知らない可愛い人だと言われてしまい… ※side-朝陽とside-琥太郎はどちらから読んで頂いても大丈夫です。 朝陽-1→琥太郎-1→朝陽-2 朝陽-1→2→3 など、お好きに読んでください。 おすすめは相互に読む方です

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

処理中です...