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第6章 遠のくほどに、愛を知る
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しおりを挟むこれはつまり、騎士団のことに関する誤解の原因はヴィンセントにある、ということになるのだろうか……。
入団試験の面接の際、その場にキースはいなかった。しかし、この手の話が飲みの席で酒の肴にされるのはよくあることだ。
上司の誰かが漏らした話が人伝に広まっていった末、『ヴィンセントが騎士団長になりたがっている』というおかしな噂にすり替わっていったのかもしれない。
思い返してみれば、上昇志向のある同期や先輩たちはなぜかヴィンセントに冷たかった。もしかすると、彼らはその噂を信じてヴィンセントをライバル視していたのだろうか。
苦い顔をするヴィンセントを見て、クロードは卑屈な笑みを浮かべた。
「なんだ、やっぱり言ってたんじゃないか」
「……いえ、確かに言いはしましたけど、本心ではありません」
「……? 入団試験のときに言ったんだから、本心だろ?」
「…………」
不思議そうな顔をするクロードを、ヴィンセントはじっと見つめる。
なんというか、クロードはヴィンセントが思っているよりも純粋なひとなのかもしれない。そういうところは、あのキースと同じだ。
「クロード様は面接というものをご存知ですか?」
「……馬鹿にしてるのか?」
「まさか。ただの確認です」
と言いつつも、おそらく知っているだけで受けたことはないのだろうな、とヴィンセントは推測していた。
そもそも、面接を受けているクロードなんて想像もできない。
ヴィンセントは困惑するクロードに対し、淡々と説明する。
「面接というのは、基本的には自分を大きく見せようとするものです。ありのまま馬鹿正直に答えていては、受かるものも受かりませんからね」
「ほう……」
「騎士団の入団試験だってそうです。正直に『さほど責任のないそこそこの地位で、そこそこの給金が貰いたい』……なんて言う志のない奴を、クロード様だったら受からせたいと思いますか?」
「……思わない」
クロードが渋い顔をしたのを見て、ヴィンセントはきっぱりと言う。
「その志のない奴が、俺です」
「…………」
「なので、入団試験のときは受かるために少し調子のいいことを言いました。もちろん、仕事はちゃんと真面目にしてましたよ。ですが、騎士団のトップに立ちたいなんて思ったことはないです。面接の建前で少し大層なことは言いましたが、俺はあなたが思うほど騎士の仕事に執着していません」
「だ、だが、毎朝部屋で剣の素振りをしていたと聞いている……」
「それはいまもしています。日課のようなものなので。別に騎士に戻りたいからではないです」
クロードは虚をつかれたような顔をして、口をはくはくと動かした。けれども、その唇は言葉を発することのないまま閉口する。
ヴィンセントは気まずそうなクロードの頬を撫で、小さく微笑む。
「俺は騎士を辞めたことであなたを恨んでなんかいません。俺が騎士の仕事にこだわっていなかったことは父も知っているので、どうしても不安なら確認してくださっても構いません」
「別に、そこまで疑ってはいない……」
「そうですか。誤解が解けてよかったです」
あの手紙を読んでからずっとモヤモヤとしていた感情が晴れ、ヴィンセントは清々しい気分だった。
しかし、すべてが解決したわけではない。
一番厄介で、尚且つ誤解を解くのが難しい、イリスの樹の件がまだ残っている。
どうしたものかと考えながら、ヴィンセントは疑問に思っていたことをクロードへと投げかける。
「俺に愛される代償が、記憶喪失になることだったんでしょうか?」
「わからん……もしかすると、俺に別の自分がお前に愛されているところを見せつけて、苦しめることの方が代償だったのかもしれない……まるでタチの悪い嫌がらせだ」
クロードの表情が苦虫を噛み潰したように歪む。
確かに、願いが叶う代わりに払う『それなりの代償』なるものは、どれも皮肉の効いたものが多いように思えた。
子どもが欲しいと願った男の元には、病弱な子どもを。
外を駆け回れるよう健康な体が欲しいと願った病弱な少女には、両足の動かない健康な体を。
死にそうな弟を助けて欲しいと願った少女は弟の代わりに死に、その弟は妻に愛されたいと願った直後に落馬事故に遭う。
事故から目覚めると、その体はもうひとりの自分に成り代わられており、妻に愛されたのは別人のようなもうひとりの自分だった。
……クロードからしてみると、こんなところなのだろうか。
ヴィンセントとしては最後の部分は違うと断言できるが、クロードが頑固な上に疑心暗鬼になっている。
代償を払って散々な目にあったのだから、当然願いも叶っているはずだと思い込んでいるのだろう。
とはいえ、ヴィンセントにさほど焦りはなかった。
クロードが恐れていることがなにかもわかったし、クロードがいまもヴィンセントを愛していることもわかる。
愛し合っていることがわかったいまとなっては、それ以外のことなどすべて些細なことに思えた。
無論、そう思えているのは現状ヴィンセントだけだろうが。
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