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第6章 遠のくほどに、愛を知る
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しおりを挟む「改めて、クロード様にいくつかお聞きしたいことがあります」
「……なんだ?」
「どうして俺と結婚したいと思ったんですか? 俺のどこが好きなんですか?」
「なっ……!」
クロードの顔がカッと赤くなる。
おろおろと視線を彷徨わせる様はやけに幼く見えて、なんとも微笑ましかった。
「そ、それは……」
「命の恩人だからですか? それとも、瞳の色がめずらしいから? 顔や体付きが好みだから?」
「そういうことではなくて……いや、もちろんそれも関係あるとは思うが……」
クロードは眉を下げ、少し困ったような顔をした。
そして、ぽつりと呟くように言う。
「……実は、俺にもよくわからん」
「そうですか」
「だ、だが、お前のことを好きなのは本当だ」
「ええ、わかってますよ」
それに関しては疑いようがない。
これほどまでにヴィンセントを愛してくれるひとなど、きっとクロードの他にはいないだろう。
ヴィンセントの返答を聞いたクロードはホッとした様な顔をした。
そしてまた、おずおずと口を開く。
「あの日……盗賊に襲われたとき、ようやく死ねるんだと思った。姉上の代わりに生かされた俺が、やっと姉上の元に行けるんだと」
抑揚のない掠れた声で、クロードはそう言った。
どこか遠くを見つめていた青い瞳が、静かにヴィンセントを見上げる。
その瞳は吸い込まれそうなほど美しく、まるでよく晴れた日の空のように青々としていた。
「──……だが、殺される寸前、俺の前にお前が現れた」
クロードの口元に、なんとも複雑な笑みが浮かべられる。笑っているのに少し泣きそうな、哀愁を帯びた笑みだ。
「あの日、お前に助けられて、俺のせいでお前が死にかけて……怖くてたまらなかった。また姉上のときみたいに俺のせいで人が死ぬのかと思うと、生きた心地がしなかった……だから、お前が目を覚ましたと聞いたときは本当にうれしくて、すぐに見舞いに行ったんだ」
背中を切り付けられたヴィンセントが意識を失っている間、クロードが何度も見舞いにやってきたという話はヴィンセントも家族から聞いて知っていた。
目を覚ましてからも会いに来てくれた覚えはあるが、そのときの記憶はぼんやりとしている。なにを話したのかもあまり思い出せない。
ヴィンセントが過去のことを思い起こそうとしていると、突然クロードがフッと小さく笑った。
「お前、俺のことを忘れていただろう」
「え?」
「いまの話じゃない。お前が目を覚まして初めて俺が見舞いに行ったときの話だ」
「そうでしたか……?」
ヴィンセントは首を傾げる。
そうだっただろうか?
朧気な記憶の中、花束を持って微笑むクロードの姿はなんとなく思い出せるが、それ以外のことは曖昧だった。
「部屋に入ったとき、不思議そうな顔で俺を見た。俺が礼を言うとようやく俺が誰だかわかったみたいで『ああ、あのときの、どうも』なんて言って……」
「そ、そんなこと言いましたか?」
「言った」
記憶にはないが、クロードがそう言うのだから本当にそんな無礼なことを言ったのかもしれない。
ヴィンセントは途端に居心地が悪くなった。
「それは、すみません……失礼致しました……」
「別に謝ることじゃないだろう。……ただ、あのときは驚いた。自分が命懸けで助けた相手の顔も覚えていないなんて」
「あのときは無我夢中だったので……」
「冷静に見えた」
「……ひとの顔を覚えるのがあまり得意ではないので……」
なぜこんな言い訳じみたことばかり口走ってしまうのか、自分でもわからない。
おろおろとするヴィンセントを見て、クロードは口元を緩める。
「不思議な気分だった。顔も覚えてないくらいどうでもいい相手なのに、お前は命懸けで俺を助けた。お礼をしたいと言っても『仕事ですので。騎士ですので』としか言わない。なにを考えているのかよくわからない、変な男だと思った」
「……いや、まあ……たまたま通りかかっただけですし、国民を危険から守ることも騎士の仕事なので……」
「それでも、普通は少しくらい欲をだすだろう。お前の父親のように」
「……父上の要求は少し異常だと思います」
しかし、父のあの図々しさがなければ、ふたりが結婚することもなかったのかもしれない。
厚顔無恥な父が自分たちの恋のキューピッド的な存在なのだと思うと、ヴィンセントは複雑な気分だった。
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