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第6章 遠のくほどに、愛を知る
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しおりを挟む僅かに苦い顔をするヴィンセントをどこか懐かしそうに眺めながら、クロードはゆっくりと口を開く。
「そうだな。俺も父上から結婚の話を聞いたときは、なんて無茶なことを言ってくる男だと驚いた。……だが、父上に『もう手紙で断った』と言われたとき、一瞬で頭に血が上ったんだ。『勝手なことをするな!』と人生ではじめて父上に怒鳴って、気付けば家を飛び出していた」
「……その後、クレイ伯爵家に来て直接求婚を?」
クロードは少し照れくさそうにしながら、小さく頷く。
「見舞いから帰ったあとも、ずっとお前のことが気になっていた。だが、自分でもなんでこんなに気になるのか分からなくて……あの日、勢いで結婚を申し込んで、ようやく腑に落ちた。俺はお前のことが──…………」
クロードは顔を赤くして、口をもごもごと動かした。
しばらくの間、続きの言葉を待ったヴィンセントだったが、クロードがもじもじとしたままだったので渋々口を開く。
「好きだと気づいたわけですね?」
「そ、そうなる……」
なるほど、とは思えなかった。
結局、なぜクロードがヴィンセントに惚れたのかは、クロードの言った通りわからない。
話を聞いた限り、一目惚れでもなさそうだ。そもそも、クロードならもっと他に良い相手が山ほどいただろう。
いまの話だけ聞くと、クロードの方がよほど不可思議な魅了にかけられているように思えた。
いや、恋なんてそんなものだと言われれば、そうなのかもしれないが。
なにも考えていなかったヴィンセントの言動が、クロードの目には魅力的に映った、ということなのだろうか。
確かに貴族社会ではかなり浮いた存在だったので、クロードからしたらヴィンセントのような男は物めずらしく見えたのかもしれない。それになにより、一応は命の恩人でもある。
……いやしかし、それを加味してもあのロシェルに勝てるとは思えない。
相手は王族で、なによりあの美貌の持ち主だ。
ロシェルとヴィンセントを天秤にかけたら、誰だってロシェルを選ぶ。そうしなかったのは、目の前のクロードくらいだろう。
ヴィンセントは難しい顔でかすかに唸った。
「……なんだ、変な顔をして」
「いえ……なぜ俺のことを好きになっていただけたのかよくわからなくて……ロシェル殿下の方がずっと素敵な方ですし……」
「あの性悪王子が?」
クロードがハッと鼻で笑った。
その笑みは冷めていて、クロードが落馬事故に遭ったのを『いい気味だ』と笑ったときのロシェルの顔が思い起こされた。
ヴィンセントが呆気に取られていると、クロードは低く笑う。
「お前も夜会で言葉を交わしたんだから、わかるだろ。あいつはただのお綺麗な王子様じゃないぞ」
「まあ確かに、イメージとは少し違いましたが……でも、すごく綺麗な方だったので……」
「──ああいうのが好きなのか?」
突如、ギロリとクロードに睨まれた。
ヴィンセントは困惑しながら「そういうわけではありませんが……」と呟く。
尚もクロードは訝しげな顔をしていたが、やがてまた宙を見て皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「表ではしおらしくしているが、あれはただの腹黒いクソ王子だぞ。子どもの頃から、自分の兄になってくれた唯一の男を自分の雌にすることしか考えていない男だ」
「め、めす……?」
「だが、ロシェルがあの脳筋王子を妻にしてくれたのは、俺たちにとっても都合がいい。俺と婚約解消したロシェルのことを憐れんでいる馬鹿な貴族も減るし、一緒に目障りな男も片付けられる」
「は、はあ……」
『兄』や『脳筋王子』といった言葉があのキースを指していることはヴィンセントにもなんとなくわかるが、どうにもピンと来ない。
キースは男らしい美丈夫で、『雌』などという言葉は似合わない気がした。
まあそれに関しては、ヴィンセントもひとのことを言えないのだが。
というか、ロシェル殿下ではなくキース殿下の方が妻なんですか?──と聞きたい気持ちもあったが、ヴィンセントは言葉を飲み込む。
これ以上話が脱線すると、さらに頭の中がこんがらがりそうだった。
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