85 / 119
第6章 遠のくほどに、愛を知る
84
しおりを挟む僅かに苦い顔をするヴィンセントをどこか懐かしそうに眺めながら、クロードはゆっくりと口を開く。
「そうだな。俺も父上から結婚の話を聞いたときは、なんて無茶なことを言ってくる男だと驚いた。……だが、父上に『もう手紙で断った』と言われたとき、一瞬で頭に血が上ったんだ。『勝手なことをするな!』と人生ではじめて父上に怒鳴って、気付けば家を飛び出していた」
「……その後、クレイ伯爵家に来て直接求婚を?」
クロードは少し照れくさそうにしながら、小さく頷く。
「見舞いから帰ったあとも、ずっとお前のことが気になっていた。だが、自分でもなんでこんなに気になるのか分からなくて……あの日、勢いで結婚を申し込んで、ようやく腑に落ちた。俺はお前のことが──…………」
クロードは顔を赤くして、口をもごもごと動かした。
しばらくの間、続きの言葉を待ったヴィンセントだったが、クロードがもじもじとしたままだったので渋々口を開く。
「好きだと気づいたわけですね?」
「そ、そうなる……」
なるほど、とは思えなかった。
結局、なぜクロードがヴィンセントに惚れたのかは、クロードの言った通りわからない。
話を聞いた限り、一目惚れでもなさそうだ。そもそも、クロードならもっと他に良い相手が山ほどいただろう。
いまの話だけ聞くと、クロードの方がよほど不可思議な魅了にかけられているように思えた。
いや、恋なんてそんなものだと言われれば、そうなのかもしれないが。
なにも考えていなかったヴィンセントの言動が、クロードの目には魅力的に映った、ということなのだろうか。
確かに貴族社会ではかなり浮いた存在だったので、クロードからしたらヴィンセントのような男は物めずらしく見えたのかもしれない。それになにより、一応は命の恩人でもある。
……いやしかし、それを加味してもあのロシェルに勝てるとは思えない。
相手は王族で、なによりあの美貌の持ち主だ。
ロシェルとヴィンセントを天秤にかけたら、誰だってロシェルを選ぶ。そうしなかったのは、目の前のクロードくらいだろう。
ヴィンセントは難しい顔でかすかに唸った。
「……なんだ、変な顔をして」
「いえ……なぜ俺のことを好きになっていただけたのかよくわからなくて……ロシェル殿下の方がずっと素敵な方ですし……」
「あの性悪王子が?」
クロードがハッと鼻で笑った。
その笑みは冷めていて、クロードが落馬事故に遭ったのを『いい気味だ』と笑ったときのロシェルの顔が思い起こされた。
ヴィンセントが呆気に取られていると、クロードは低く笑う。
「お前も夜会で言葉を交わしたんだから、わかるだろ。あいつはただのお綺麗な王子様じゃないぞ」
「まあ確かに、イメージとは少し違いましたが……でも、すごく綺麗な方だったので……」
「──ああいうのが好きなのか?」
突如、ギロリとクロードに睨まれた。
ヴィンセントは困惑しながら「そういうわけではありませんが……」と呟く。
尚もクロードは訝しげな顔をしていたが、やがてまた宙を見て皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「表ではしおらしくしているが、あれはただの腹黒いクソ王子だぞ。子どもの頃から、自分の兄になってくれた唯一の男を自分の雌にすることしか考えていない男だ」
「め、めす……?」
「だが、ロシェルがあの脳筋王子を妻にしてくれたのは、俺たちにとっても都合がいい。俺と婚約解消したロシェルのことを憐れんでいる馬鹿な貴族も減るし、一緒に目障りな男も片付けられる」
「は、はあ……」
『兄』や『脳筋王子』といった言葉があのキースを指していることはヴィンセントにもなんとなくわかるが、どうにもピンと来ない。
キースは男らしい美丈夫で、『雌』などという言葉は似合わない気がした。
まあそれに関しては、ヴィンセントもひとのことを言えないのだが。
というか、ロシェル殿下ではなくキース殿下の方が妻なんですか?──と聞きたい気持ちもあったが、ヴィンセントは言葉を飲み込む。
これ以上話が脱線すると、さらに頭の中がこんがらがりそうだった。
90
お気に入りに追加
1,966
あなたにおすすめの小説



婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。


【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる