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旦那様、私をそんな目で見ないでください!16

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「全部聞いたんだよ、彼女から」

「何を?」

 こんのやろ~!!俺に全部言わせる気か!

「お前が彼女にあることないこと言ったせいで、彼女が俺んちの家政婦になったんだって」

「人聞きが悪いな~。俺はただ世間話しただけだよ。

お前が何をそんなに怒ってるのか全く分からないな」

 凛太朗は本当に悪いと思っていない様子だ。コイツは、常識から外れてるとは思っていたが、ついに人の気持ちも分からなくなったようだ。

「彼女が言うには、彼女はこの大学に通っていたそうだ。その時俺の授業を受けていたらしい」

「へえ。そうだったんだ」

「なんで知らないふりをする!」

「だって本当に知らなかったんだもん」

 その様子から、どうも凛太朗は本当に嘘をついている訳ではない様な気がしてきた。

「ほ、本当に知らないのか?」

「だから、さっきから何度も言ってるだろう?どこまで俺のことを疑ったら気がすむんだよ」

「じゃ、じゃあ彼女の言った事はどう解釈すれば」

 響介は、この混乱した気持ちをどこに向けたらいいのか途方に暮れてしまった。

「まあ、本当のこと言うと会ったことはあるかな。ただ、その時何を話したかよく覚えてないんだよね~」

「やっぱりお前じゃないか~!!」

 響介は、凛太朗に飛びかかった。

「うわ、や、やめろよ!それが、どうしたんだよ」

「どうしたも、こうしたも、俺は困ってるんだよ」

「何を困ってるんだよ、お前あんなに喜んでたじゃないか、雛ちゃんが初めてなついた家政婦さんだって」

「それはいいんだ。だけど、それ以外が困るんだ」

「それ以外?」

 そこまで言って、響介はハタと気づいた。ここまで言ったら、静音とのあんなことをこの軽薄な男に話さなければいけなくなるということを。

「なあ、それ以外って何だよ。言えよ、早く!」

 今度は、形勢が逆転した。

「いや、その…」

「こんな遅くに呼び出しといて、俺は散々責められて、それで帰れって言われても帰らないからな」

 それはそうだ。だが、あんなことをこんな男に言うことはどうしても抵抗がある。

「あ~、お前がもう少しまともな人間だったらな~」

「失礼な奴だな。こんな友人思いの男は人間関係が希薄な現代には貴重な存在だと思うぞ」

 自分から自分を褒めるような人間にろくな奴はいない。だが、こいつ以外にこんなことを話せる相手はいないというのも事実だ。響介は覚悟を決めた。

「彼女、静音さんが、俺のことをずっと好きだったって。大学にいたころからかれこれ十年になるらしい」

「マジか、それで、それで」

 凛太朗はとたんに元気を取り戻す。

「それで、その、彼女から色々されて困ってる」

「ああ、この間もキスしてたもんな」

「あ、ああ…」

「てことは、それ以上もすでに経験済み?」

「い、一応…」

「うお~、マジか~!!お前も意外とやるな」

「ちがっ、違う。その、最後まではしてない」

「あ、そうなの」

「そうだ。勘違いするな」

 いやいや、そういう問題じゃない。どこまでしたとかそういう事以前に、そういうことが雇い主と家政婦の間であることが問題なんだよ。

「で、何が問題なの?」

 これが問題だと思わないのか?

「だって、家政婦さんなんだぞ。うちで働いてもらってるだけで、恋人でも何でもないんだ。問題に決まってるだろう」

「そう?いいじゃん別に、好きなら」

「俺は、そういう意味では好きじゃない!」

 響介は声を張り上げた。

「ふうん、若いし、可愛いし、雛ちゃん気に入ってるし、言うことないじゃん」

「そういう問題じゃないだろう」

「そういうとこ可愛くないよな。素直になれよ~。なんの文句があるんだよ」

「じゃあ聞くがな、お前が好きでもない生徒から告白されたら、はあそうですかって誰とでも付き合うのか?」

「そんな訳ないじゃん。ちゃんと選ぶよ」

「だろ?」

「だろってなんだよ。だから、選ばれる価値のある女性なんじゃないのかって言ってるんだよ」

「はあ?突然あんなことしてくるなんて、選ばれる価値のある女性とは到底思えない」

 つい「あんなこと」などとうっかり言ってから、響介はしまったと思ったが後の祭りだ。しかし、凛太朗の反応は予想とは違ったものだった。

「何をされたのか、俺も大人だからここは彼女のためにも敢えて聞かないでおいてやろう。だけどな、お前、それをちゃっかり受け入れといて、彼女のことだけ批判するのはちょっと違うんじゃないのか??」

 珍しく正論をぶつけてくる凛太朗に、響介は一瞬たじろぐ。

「そ、それはそうだけど」

「だろ?お前、彼女のことばっか言ってるけど、お前もたいがいだぞ。本当に嫌なら拒むことだってできるんだからさ」

 またしてもまともなことを言われて、響介はだんだんと形勢が悪くなっていく。

「そういうわけにはいかないんだ。彼女は家政婦として雛のためには絶対に必要な存在なんだ。だから、拒もうにも拒めないんだよ」

「だけどさ、そうは言っても実はオイシイって思ってるんじゃないの?だって、若くて綺麗で、おまけにお前のことを十年もの間想い続けてくれた女性なんだぜ。鴨が葱を背負ってやって来るってやつじゃないこれ?」

「言い方が失礼極まりないな」

「だけど、否定はできない。違うか?」

 クソっ、こいつ口だけは達者で腹が立つ。下手に哲学なんてもんをかじってやがるから…。

「う、うるさい!とにかく、もう話は終わった、帰ってくれ」

「はあ?お前から呼び出しといて、今度は帰れって言うのかよ。まだ、話は終わってないだろう」

「お前と話しててもらちが明かん」

「へえ、じゃあ一人でどうにかするんだ?」

 ああ、そうだ…、一人じゃ抱えきれないんだよ。だからこいつを問い詰めて、謝らせて、それでどうすればいいか一緒に考えさせようとしたのに…。

「分からん。俺には、もう何が何だか…」

「だろ?そういうときの凛ちゃんじゃないか。お前が困っとき、いつもそばにいるのは俺ってきまってるだろう?」

 情けない、情けなすぎるけど現実はその通りだ。これだけバカにしながらも、最後には凛太朗に助けを求めてしまうのだ。

「なあ、凛太朗、俺はどうしたらいい?」

「よおし、それでいい。素直な響介はやっぱりかわいいな」

 可愛くなんかない!だが、仕方ないんだ。俺は人情の機微というものに疎い。だから、人生のいろんな場面でつまづくのだ。そして、大きくつまづいたときは、いつも凛太朗に頼ってきた。悔しいけれどそんな生き方しかできない。

「男と女なんてなるようになるもんだ。だから深く考えないで、身体に聞け」

「身体に?」

「そう、身体に。お前の身体が彼女に全く反応しないっていうなら、それはもう生物的に無理ってことだ。だけど、まあ普通に反応して、ちゃんと役に立つんならそのまま突き進め」

「突き進めって…。その先はどうすればいいんだよ。

「そんなのは~、その時考えればいい」

 凛太朗はそう言ってウインクをした。

「そんないい加減なことできるか!」

「お前は全部頭で考えてものごとを解決しようとする。だけどな、人間ってのは頭だけでできてる訳じゃないんだ。身体の言うこともちゃんと聞いてやらなきゃダメだと俺は思ってる」

「それは、お前が軽薄な行動を取るときのうまい言い訳だろう。俺は本気で悩んでるんだ」

「だけど、お前の優秀な頭で考えてもどうしたらいいのか分からないんだろう?だったら、俺の提案を試してみるしかないんじゃない。彼女は毎日家にいるんだからね。今日も帰ったらお前のことを待ってるんだろう?」

 ああ、もう…!難しい書物と向き合ってる時なら気持ちよく働いてくれる頭脳がこういう時は一向に役に立たない。

「…分かった。出来るだけそっちの方向でやってみるよ」

 響介は決意の言葉とは裏腹にゲッソリとした表情で答えた。

「うん、それがいい。身体の神秘を信じるんだ、響介」

「やめてくれ、決意が揺らぐ」

「よし、じゃあ、俺は帰るわ。また、話し聞かせてくれよな、楽しみにしてるから」

「楽しみにはしなくていい」

「ハハッ、じゃ、おやすみ~」

「おやすみ」

 響介は、ヘッドレストつきのリクライニングチェアにドッと体を預けた。

 あ~あ、また凛太朗にまんまとやられちゃったのかな。響介は窓から見える綺麗な満月をぼんやりと眺めた。
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