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第八章 聖槍を手にした女性騎士

第75話 ミルクスープ・リゾット・ハーブミルク・カモミールプリン

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――――夜


 細道の途中で歪な円状をした広い場所に出た。今夜はここで休む。
 カリンとツキフネはいつものように剣の稽古。しかし、ここでは広く場所を取れないので型の確認程度。
 リディは護身術の手習いをヤエイから受けている。
 そのため、夕食の手伝いは貫太郎とラフィ。

 貫太郎には水の入った寸胴を持って来てもらい、ラフィには料理の補助を頼む。
「さて、今日は何にするか? 辺りが臭いので食欲が失せているだろうが、しっかりと食べて欲しいところだ」
「では、あえて香りの強い物で匂いに対抗してみては?」
「それはいいな。それでは今日の夕食は、香草の利いたミルクスープ。濃厚チーズのリゾット。花のハーブを馴染ませたホットミルク。デザートはカモミールプリンで良いか」


 農夫姿に真っ白なエプロンを着用した私は貫太郎から牛乳を頂き、早速料理に取り掛かる。
 その様子を離れた場所からシュルマが疑わし気な表情で見ていた。
「この男、本当に魔王なのですか? いや、あの時の力はたしかに魔王……ですが、なんです、この姿は?」
「何をぶつくさ言っているんだ、シュルマ? もしや、料理の手伝いをしてくれるのか?」
「そんなつもりありません」

「それは残念だ。教会騎士殿が作る料理がどんなものか知りたかったのだが。教会騎士は普段、どんなものを食べているんだ?」
「贅沢は良しとしません。質素な――じゃない! 魔王アルラ! 何故、あなたが炊夫すいふのような真似を!?」

「私が一番料理の腕があり、カリンとツキフネに手伝わせると勝手に味を変えて、ヤエイに手伝わせると料理用の酒の減りが早まるからだ。いつもならばリディも手伝ってくれるが、今は見ての通りヤエイの指導を受けているからな」
「そういうことを聞いているわけじゃありません! 仮にも魔王の名を冠する者が、と言っているんです!」
「そんなことどうでもいいことだろう。それに元・魔王だ」
「どうでも……」

 シュルマはどういう訳か言葉を詰まらせ、視線をラフィへと動かす。
「どうして、スラーシュの領主の娘でありグバナイト家の三女であるあなたが料理の補助など?」
「こう見えてもわたくし、お料理は得意なんですよ。それに、アルラさんからは知らぬ技法や味付けを教えていただけるので、とても楽しんでいます。あと、今のわたくしはグバナイト家とは無関係です」
「そうではなく、貴族の血が流れる……はぁ、もういい。何なのです、この者たちは……?」


 シュルマは大変疲れた様子で頭をがくりと下げた。
「ふむ、星天の騎士と言えば刻印の騎士。回復力は並ではないはずだが? ずいぶんと疲れているようだな」
「アルラさんの一撃が相当効いたのでは?」
「手加減できなかったからな。仕方ない、回復に必要な栄養が取れるように、シュルマの食後のデザートには果実を多めに盛っておくか。どのみち日持ちができないものは早めに使っておきたいしな」


 私は荷台からキウイとイチゴを取り出す。
 すると、背後からシュルマがため息をぶつけてきた。

「はぁ~、これが世に聞こえし魔王アルラと? 私たちに伝わる魔王と言えば……遼遠りょうえんを見つめる灼然しゃくぜんたる輝きを封じた黄金の瞳を前にしては、誹謗するすべは無し。厳威を纏う王たる王を前にしては、中傷するすべは無し。人は魔王アルラの美を前にして、口惜しくも歎賞たんしょう以外なし。などと言われる存在でしたのに」

「また、輝いてるのか? どうして、私がうたわれるときは輝くというワードが入っているんだか?」
「ヤコビアン将軍が魔王を呪った歌が元になっていますからね」
「ヤコビアンというと、百年前にいた北方を守る人間側にくみする獣人の将軍だったな」
「ええ、彼は大の魔族嫌い。しかし、そのヤコビアンでさえ魔王の美をおとしめることができず、その悔しさを呪い、その思いを籠めて謳った歌。しかし、その歌にはしっかりとあなたの罪を刻んでいる。それが『輝き』という言葉です」


「輝きが、罪?」
「ファリサイの虐殺――あなたは無辜の民を暴虐の炎で焼き払ったでしょう。その時生まれた炎の閃光を輝きという言葉で封じたわけです」
「なるほど、それでか。時折、悪口としか思えぬ焼き尽くすなどという言葉が歌に混じっていたが、そういうことだったのか」

「ファリサイの虐殺の話を聞くたびに、美の魔王と僭称されながらも、その実は如何に下劣な存在であるのかと、私の心に刻まれていました」

 ここで包丁を動かしていたラフィの手が止まる。
「ファリサイの虐殺の罪を問うならば、人間こそ問われるべきでしょう? アルラさんを追い詰めたのは人間と魔族側の反アルラ派なんですから」
「あなたは、何を言っているのです?」
「ご存じないんですか? 教会騎士ともあろうお方が?」

 ここで私が話を止めに入る。
「以前も言ったが記録は完全に消され、もはや証拠も何もない話だ。これは私の記憶だけに残るもの。だから、教会騎士であっても知らぬこと。彼女に何を言っても逃げ口上としか捉えられんので語る必要はない」
「ですが……」


「いや、言いなさい。ファリサイの虐殺において、人間側に何の罪があると言うのです?」

 シュルマの問いに私とラフィは互いに視線を交わし合い、ラフィが歴史の闇に消えたファリサイの虐殺の真実を語る。

 教会が主導した人間側の画策。反アルラ派との繋がり。死斑病しはんびょうの埋伏などなど。

 話を聞き終えたシュルマは一言叫ぶ。
「あり得ない!!」
「それが当然の反応だろう。さて、料理ができたぞ。貫太郎、カリンたちを呼びに行ってくれないか?」
「も~」

 私とラフィは皿の準備を行う。その私たちへ、シュルマは再び同じ言葉を発する。
「あり得ない! 人間が、教会がそのような真似をするとは!? これは虚言に決まっている。魔王アルラが己の罪に耐えきれず産み出した虚言です!」

「好きに思ってくれ。もはや、百年前の出来事。私にとってはどうでもいいこと。ラフィ、スープ用の皿を取ってくれ」
「はい、どうぞ。私からすればどうでもよくはないと思いますが。歴史の真実を葬り去ることになるわけですし」


「ラフィリア、あなたは魔王アルラを信じるのですか? このような虚言?」

「ええ。だって、アルラさんが虚言をつく必要性がありませんもの。もし、行うなら、百年前に大々的に行っていたでしょう。というか、しっかり真実を流布するべきだったでしょうに。アルラさん?」
「人間族と通じていた反アルラ派が関わっている以上、表沙汰にして内部を混乱させるわけにはいかなかったからな」

「なるほど、内部分裂を防ぐことが最優先で自分に対する汚名は二の次だったわけですか」
「汚名については腹心であった立花が処理してくれたからな。反アルラ派もマイアとの結婚で、これについてこれ以上触れることはなかった。人間族側の印象についてはどうでも良かったわけだしな」

「だからと言って、虐殺の汚名を着ますか?」
「どんな理由があるにしろ、虐殺したことは間違いない。汚名ではない、真実だ。だからと言って何を思うわけでもないが……おや、小さな平皿はどこだ? カモミールプリンを乗せるための」
「蒸したカップのままで良くありませんか。見ての通り、周りは腐った沼で洗い物を増やすのはいかがなものかと」
「ふむ、ラフィの言うとおりだな。盛り付けは無しとしよう」


 私とラフィは粛々と料理を並べる準備を行う。
 それにシュルマは苛立つ様子を見せて言葉を荒げた。

「私の話をちゃんと聞きなさい!」
「聞いているぞ」
「聞いていますよ」

「何なんですか、あなたたちは? 大勢を虐殺した事件の話ですよ! その真実がどこにあるのかを話しているというのに!」
「もはや、証拠も残っていない話だ。真実を見せようがない。真実を議論するすべのない話だ」
「わたくしはアルラさんから話を聞いて、わたくしが知るファリサイの真実よりも信用できると判断しただけですから」


 カリンたちを呼びに行った貫太郎が戻って来ている。
「さて、暗い話はここまでだ。シュルマ、この話を聞いた後では私の料理など口にしにくいだろうが、それでもしておけ。さもないと、カリンが寝ている君の口にプリンを押しつけてくることになるぞ」
 敷物を敷いて、そこに料理を並べていく。

 不躾に真実をぶつけられ歯噛みを見せるシュルマへ、ラフィが語り掛ける。
「正直、そのような姿を見せるのは少々意外です」
「何故ですか?」
「だって、人間側の言い分を真実と信じているなら、そのような態度は取らないはず。ですが、あなたは魔王アルラの真実に触れて、疑問を抱いている。だから、意外です」
「……口を閉じなさい」
「あら、怖い。では、お話は終わりとしましょう。食事はちゃんととってくださいね。冗談抜きでカリンさんが寝ているあなたの口にプリンを押しつけかねませんから……」
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