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第八章 聖槍を手にした女性騎士
第76話 世界を滅びへと導く存在
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――次の日・朝
穢れた沼の細道を歩み続ける。
ヤエイは道を挟む沼を見渡し、沼に潜む腐龍の姿を覗いて渋い顔を見せた。
「ずっとついてきておるの。昨夜の晩飯時も見られておったし、寝る時も見られておったし、なんとも落ち着かん」
「しかし、襲ってくる様子はない。まぁ、大丈夫だろう」
「どうじゃろうなぁ。ず~っと、あいつアルラなん? どうなん? という感じで観察されているようで、次の瞬間には襲い掛かられそうでな」
「安心しろ、その心配もここまでだ。あれを見ろ」
私が道の先を指差す。
皆はその動作に合わせて、まっすぐと前を見た。
先にあるのは高さが二百メートルはあろう断崖絶壁――まほろば峡谷。
峡谷は左右へ広がりを見せて、続く壁は霞み、終端は見えない。
カリンは峡谷を目にして、感嘆の声を漏らす。
「あれがまほろば峡谷……想像よりもずっと大きい。もはや峡谷というより、巨壁だね」
「巨壁という表現はあながち間違いではない。この峡谷は左右に広がりおよそ1000kmの壁となって人々を阻む。奥へ通じる場所は一か所」
「その奥に、一国を産み出せるほどの肥沃な大地があるんだね!」
ツキフネは左右に顔を振り、視線を上へ向ける。
「敵が攻めようにも、攻める場所は出入り口は一か所しかない。断崖絶壁を登り攻め込むにしても、一気呵成も万の兵士も望めない。絶対の守りだな」
リディとラフィとヤエイが細い入り口を見つめる。
「壁が大きいから狭く感じますけど、それでも荷馬車が十台横列になっても通れそうなくらいの広さはありますね」
「ええ。ですが、あの程度の広さと一か所しかない出入り口となると、外部との交易はあまり望めないでしょう」
「肥沃な大地とやらが、外部との接触なく十分賄えるほどであれば問題ないがの」
シュルマは聳え立つ峡谷を見上げ、遥か遠くへ瞳を置く。
「まほろば峡谷……勇者ティンダル一行と魔王アルラとの決戦の地。あの峡谷の奥に勇者ティンダルたちが眠っているというわけですか?」
これに私が答える。
「眠っているは不適当だな。正確に言えば、彼らはこの世界に存在しないが、どこか別の世界で生きている……かもしれない」
「それはどういう意味なのです?」
問いに対して、私は言い難しい思いを乗せて大きなため息を漏らす。
「はぁ~、先延ばしもここまでか。門番に会うときにと思っていたが、まぁいい。ここで私の過ちと、この峡谷の先に眠る危険な存在を語るとするか」
私は数歩前に出て、後ろを振り返り、皆と相対する。
「この峡谷の先には一国を産み出せる大地が存在する。だが、そこには……世界を滅亡に追いやる存在が封じられている」
誰もが驚きに目を開く中、カリンが問いを発する。
「滅亡に追いやる存在? 何なのそれは?」
「文字通りの意味だ。名はないが、通称・無や調律者と呼ばれ、私は調律者と呼んでいる。こいつが世に出ると、この世界は一瞬にして消え去る。そういった代物だ」
「待っておじさん。そんなものがいる場所に国を作れって言うの?」
「ああ、そうだ」
「いやいやいやいや、おかしいよ! なんでそんな危険な場所に国を作れなんて言うかな!?」
「こいつが世に出れば、一瞬で世界は消え去る。だから、世界のどこにいようと同じ。そこは気にしても仕方がない」
「気にするよ!! 自分の暮らす場所にそんなのがいるなんて!!」
「やはり、この小事にこだわるか。ま、だからこそぎりぎりまで話さなかったわけだが」
「小事じゃない!」
「小事だ。世界の裏側にいても一瞬にして滅ぶんだぞ。ならば、気にしても仕方がないだろう」
「あのね、理屈ではそうでも、心の持ちようが違うでしょう。ね、みんな、私、変なこと言ってる?」
カリンが皆へ問い掛けると各々が答えを返す。
「ももも~も!」
「言っていないな。アルラがおかしい」
「どこにいようと危険が同じでも、目の前にいるのとでは全然違いますしね」
「無だか調律者だかわかりませんが、妙なモノが封じられた場所に住めと言われたら普通は眉をひそめますわ」
「こやつのこういった感覚が変わらんのぅ。実利と心理の乖離を理解しとらん。皆が皆、割り切れるわけではないぞ」
「魔王アルラ……さすがは狂っていますね」
「散々だな。特にシュルマの一言は酷い。おまけに貫太郎は最近カリン寄りで私に冷たいし……はぁ、ともかく話を戻すか。どうするカリン? 帰るか?」
「ここまで来て帰るわけないじゃん。というか、こうなることを見越して今の今まで話さなかったんでしょう!!」
「ほ~、読みが深くなったな」
「これくらい誰でもわかる!!」
カリンは私の鼓膜を突き破らん勢いで叫ぶ。
かしましいが、引き返す選択肢はないようだ。
彼女の後ろではツキフネとシュルマが会話を行っている。
「無、調律者。初耳だな。シュルマは?」
「私も知りません。そもそも、そのような存在をアルラはどこで知ったのでしょう? この地は勇者ティンダル一行との決戦の地……それに何か関係しているのでしょうか?」
二人の声は小声であったが、私の耳にまで届いたのでその疑問に答えることにした。
「二人の疑問は当然のものだろうな。調律者なる存在……この情報をもたらしたのは、私の師匠だ」
「あのおじさん、師匠ってたまに出てくる飼料の配合を教えてくれた人だよね?」
「ああ、貫太郎のことを預かってくれと頼んできた方でもある。彼は異界の勇者。その勇者がこの世界を消し去ろうとする調律者の存在を教えてくれたのだ」
「異界の、勇者……?」
誰もが互いに顔を見合わせ、何を言っているのだろうといった様子を見せる。
あまりにも突飛な話なため、これは当然の反応。
しかし、話すたびに話の腰を折られては話が進まない。
だから一気にまほろば峡谷で起きたことを話すことにした。
穢れた沼の細道を歩み続ける。
ヤエイは道を挟む沼を見渡し、沼に潜む腐龍の姿を覗いて渋い顔を見せた。
「ずっとついてきておるの。昨夜の晩飯時も見られておったし、寝る時も見られておったし、なんとも落ち着かん」
「しかし、襲ってくる様子はない。まぁ、大丈夫だろう」
「どうじゃろうなぁ。ず~っと、あいつアルラなん? どうなん? という感じで観察されているようで、次の瞬間には襲い掛かられそうでな」
「安心しろ、その心配もここまでだ。あれを見ろ」
私が道の先を指差す。
皆はその動作に合わせて、まっすぐと前を見た。
先にあるのは高さが二百メートルはあろう断崖絶壁――まほろば峡谷。
峡谷は左右へ広がりを見せて、続く壁は霞み、終端は見えない。
カリンは峡谷を目にして、感嘆の声を漏らす。
「あれがまほろば峡谷……想像よりもずっと大きい。もはや峡谷というより、巨壁だね」
「巨壁という表現はあながち間違いではない。この峡谷は左右に広がりおよそ1000kmの壁となって人々を阻む。奥へ通じる場所は一か所」
「その奥に、一国を産み出せるほどの肥沃な大地があるんだね!」
ツキフネは左右に顔を振り、視線を上へ向ける。
「敵が攻めようにも、攻める場所は出入り口は一か所しかない。断崖絶壁を登り攻め込むにしても、一気呵成も万の兵士も望めない。絶対の守りだな」
リディとラフィとヤエイが細い入り口を見つめる。
「壁が大きいから狭く感じますけど、それでも荷馬車が十台横列になっても通れそうなくらいの広さはありますね」
「ええ。ですが、あの程度の広さと一か所しかない出入り口となると、外部との交易はあまり望めないでしょう」
「肥沃な大地とやらが、外部との接触なく十分賄えるほどであれば問題ないがの」
シュルマは聳え立つ峡谷を見上げ、遥か遠くへ瞳を置く。
「まほろば峡谷……勇者ティンダル一行と魔王アルラとの決戦の地。あの峡谷の奥に勇者ティンダルたちが眠っているというわけですか?」
これに私が答える。
「眠っているは不適当だな。正確に言えば、彼らはこの世界に存在しないが、どこか別の世界で生きている……かもしれない」
「それはどういう意味なのです?」
問いに対して、私は言い難しい思いを乗せて大きなため息を漏らす。
「はぁ~、先延ばしもここまでか。門番に会うときにと思っていたが、まぁいい。ここで私の過ちと、この峡谷の先に眠る危険な存在を語るとするか」
私は数歩前に出て、後ろを振り返り、皆と相対する。
「この峡谷の先には一国を産み出せる大地が存在する。だが、そこには……世界を滅亡に追いやる存在が封じられている」
誰もが驚きに目を開く中、カリンが問いを発する。
「滅亡に追いやる存在? 何なのそれは?」
「文字通りの意味だ。名はないが、通称・無や調律者と呼ばれ、私は調律者と呼んでいる。こいつが世に出ると、この世界は一瞬にして消え去る。そういった代物だ」
「待っておじさん。そんなものがいる場所に国を作れって言うの?」
「ああ、そうだ」
「いやいやいやいや、おかしいよ! なんでそんな危険な場所に国を作れなんて言うかな!?」
「こいつが世に出れば、一瞬で世界は消え去る。だから、世界のどこにいようと同じ。そこは気にしても仕方がない」
「気にするよ!! 自分の暮らす場所にそんなのがいるなんて!!」
「やはり、この小事にこだわるか。ま、だからこそぎりぎりまで話さなかったわけだが」
「小事じゃない!」
「小事だ。世界の裏側にいても一瞬にして滅ぶんだぞ。ならば、気にしても仕方がないだろう」
「あのね、理屈ではそうでも、心の持ちようが違うでしょう。ね、みんな、私、変なこと言ってる?」
カリンが皆へ問い掛けると各々が答えを返す。
「ももも~も!」
「言っていないな。アルラがおかしい」
「どこにいようと危険が同じでも、目の前にいるのとでは全然違いますしね」
「無だか調律者だかわかりませんが、妙なモノが封じられた場所に住めと言われたら普通は眉をひそめますわ」
「こやつのこういった感覚が変わらんのぅ。実利と心理の乖離を理解しとらん。皆が皆、割り切れるわけではないぞ」
「魔王アルラ……さすがは狂っていますね」
「散々だな。特にシュルマの一言は酷い。おまけに貫太郎は最近カリン寄りで私に冷たいし……はぁ、ともかく話を戻すか。どうするカリン? 帰るか?」
「ここまで来て帰るわけないじゃん。というか、こうなることを見越して今の今まで話さなかったんでしょう!!」
「ほ~、読みが深くなったな」
「これくらい誰でもわかる!!」
カリンは私の鼓膜を突き破らん勢いで叫ぶ。
かしましいが、引き返す選択肢はないようだ。
彼女の後ろではツキフネとシュルマが会話を行っている。
「無、調律者。初耳だな。シュルマは?」
「私も知りません。そもそも、そのような存在をアルラはどこで知ったのでしょう? この地は勇者ティンダル一行との決戦の地……それに何か関係しているのでしょうか?」
二人の声は小声であったが、私の耳にまで届いたのでその疑問に答えることにした。
「二人の疑問は当然のものだろうな。調律者なる存在……この情報をもたらしたのは、私の師匠だ」
「あのおじさん、師匠ってたまに出てくる飼料の配合を教えてくれた人だよね?」
「ああ、貫太郎のことを預かってくれと頼んできた方でもある。彼は異界の勇者。その勇者がこの世界を消し去ろうとする調律者の存在を教えてくれたのだ」
「異界の、勇者……?」
誰もが互いに顔を見合わせ、何を言っているのだろうといった様子を見せる。
あまりにも突飛な話なため、これは当然の反応。
しかし、話すたびに話の腰を折られては話が進まない。
だから一気にまほろば峡谷で起きたことを話すことにした。
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