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第六章 宿題への回答

第55話 罰

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 薄雲が半月はんげつへ掛かり、地上へ降り注ぐ淡い月光を霞のような光に変えていく。
 ラフィは数個の火球を魔法で産み出し、それを周囲に浮かべて、青い月明かりだけが支配するこの場を赤く照らし出す。

 明るく照らし出されたカリンの表情は険しく、暗い。
 それを見つめるリディは小さく口をパクパクと動かして、何もしゃべれずにいる。
 
 私は火球を生んだラフィへ声をかける。

「君は初耳になるだろうが……」
「いえ、あなた方の話へ聞き耳を立てながら、ツキフネさんからあらましを聞きました」
「そうか。しかし、盗み聞きとはあまり良い趣味でないな」

「あら、情報へ耳を立てることは貴族の嗜みですよ」
「はは、違いない。その様子だと、君はあまり気にしていないようだな」
「リディさんには正当な復讐の権利があると思いますからね。私なら村ごと焼き払ってるところですよ、ウフフ」
「ツキフネより過激だな、あはは」
 

 そう笑いを立てると、とてもか細くも耳に通る声が暗がりの森に広がる。
「笑い事じゃないよ……」

 言葉を生んだのはカリン。
 彼女は淡々と言葉を漏らす。
「リディの嘆きはわかる。怒りもわかる。でも、これは無差別殺人。犠牲になった人の中には年端もいかない子や赤ちゃんがいたかもしれない。それでも、笑えるの? おじさん、ラフィ?」

 静かながらも凄みのある彼女の声にラフィは言葉を詰まらせる。
「そ、それは……」

 私は無言を纏うが内心は……。
(多少の同情はあるが、十分笑い話だと思うがな。虐待の対象であった幼子にまんまとしてやられたのだからな。とはいえ、短命種である彼女たちと私のような長命種とでは、命に対する思いが違う。特に短命種は子どもの命となると強い保護欲が生まれる。もちろん私たち魔族にもあるが、彼女たちほどではないので、そこまでこだわることはない)


 私はリディへこそりと瞳を振る。
(むしろ、ここまでのことをやってのけたリディに評価を与えるが。まぁ、こういった価値観のズレが魔族と人間族の争いに繋がっているわけだが……それは今はいいか)

 私は瞳をカリンへ戻し、問い掛ける。
「笑い事でない、か……なるほど。では、どうしたいのだ、カリンは? リディに罰を与えるか?」

 この問いにリディは体を跳ね上げて、ぶるぶると大きく振るわせ始めた。
 そんなリディに貫太郎は寄り添い、ツキフネが体を支えて、力籠るオレンジの瞳で私を睨みつけてくる。

「そう睨むなツキフネ。事ここに至っては、この場で決着をつける話だ」
「そうであってももう少し言葉を選べ。お前は無遠慮すぎる」
「ぶも!」

「うぐっ、貫太郎も同意見なのか? はぁ、仕方ない。言葉は抑えるとして……カリン、裁定を。この場に置いていくか? 村へ返すか? どうする?」
「どうするって……」
「少し前にも話したと思うが、この隊のリーダーは君だ。君が判断すべき問題だ。そして、私は君の如何なる判断にも従おう。他のみんなは?」


 尋ねると、無言のリディ以外、皆がこくりと頷く。
 これにカリンが問いを返す。
「私だけでこんな重要な判断を――」
「やるべきだ。もう一度言う、君はこの隊のリーダーだ。君は君の夢を叶えるために旅をして、私たちの個々の思いは違えど、君の夢に期待して同行している。私たちが君の夢に力を貸す代わりに、私たちの期待を背負っている君が責任を持ち、重要な判断を下すべきだ。今後もな!」


 最後に強く言葉を生み、カリンへ判断を促す。
 私はリディへの裁定にカリンは悩むと思っていた。
 しかし、すぐさま彼女は答えを返してきた。

「リディは置いていかない。村へも返さない。私たちと一緒にいる」
「ほ~、では、無差別殺人を行ったリディは無罪放免というわけだ?」

「ぶもも!」
「アルラ!」

 言葉を飛ばしてきた貫太郎とツキフネへ、私は手のひらを向けて、己を抑えろと指示を出す。
「二人とも、今は声を上げる時ではない。どうしてもリディに言葉を聞かせたくないのならば、ツキフネが耳でも押さえてやるといい」

「いえ、大丈夫です……」

 リディが静かに涙を流しながら、私に言葉を返してきた。
 その音は頬を小さく撫でるほどのそよ風のような声であったが、誰の耳にもはっきりと届いた。
 彼女はこう覚悟を口にする。
 
「私は罪を犯しました。カリンさんの言うとおり、罪もない赤ちゃんの命を奪ったのかもしれません。そしてそれは私も理解して上でのこと。まったく構わないと思った。そのことに対して今も、罪意識などありません。だから、聞いたところで何も感じません」


 リディのこの心の声に、皆が驚きに体を固めた。
 少女は顔を歪めて、笑う――

「フ、フフ、フフフ、たしかに赤ちゃんの命を思えば、心はチクチクと痛みます。でも、それ以上に心が憎しみに疼くんです。その前では、ちっぽけな罪意識なんてどうでもいい。あんな人たちなんて、みんな死ねばいい。お母さんにあんなことをした人たちなんて、世界から消えてしまえばいい」


 リディはカリンを見つめながら涙を流し、心を闇に包む。
 私はリディの心の傷の深さへの計算違いを悔やむ。
(これは困ったぞ。罪意識を感じて嘆き苦しむリディの姿と、その彼女からの悔い改める言葉を期待し、落としどころを探るつもりだったが……ふふ、困ったが面白い。リディを侮っていたようだ。さぁ、カリン、君はこれにどう切り返す? ヒントはリディの涙にあるぞ)

 
 罪意識などどうでもいいと断じながら、涙を流すリディ。
 では、この涙はなんであろうか?

 リディは涙を流し続け、カリンを縋るように見つめ、首に掛けた母の形見である指輪を握り締めている。
 
 そう、リディの涙の意味は――。


 見つめられているカリンは小さな息を吐いて、表情から感情を消し去った。
 そして、ゆっくりと言葉を編んでいく。

「わたしは大きな罪を背負っている。わたしは生きるために、生き残るためにこれまで何十人という人の命をこの手で奪ってきた。リディに無差別殺人だと感情をぶつけたけど、同じ。わたしもまた殺人という罪を犯している。そんなわたしに、誰かを断罪できる資格はない。だから……」

 カリンはリディへとても優しく微笑みかける。
 その微笑みは母が子に見せる優しさのような微笑。
 見ているだけで心が温かさに包まれ、痛みが癒えていく。

 リディだけではなく、彼女の微笑みを見た私たちの心にも温かさが伝わっていく――だが、そこにあるのはリディにとっての大きな罰。


「だから、同じ罪人であるわたしがリディの罪を背負う」
「……え?」
「わたしがあなたの罪を背負うからリディは苦しむ必要ないよ。誰かがあなたを断罪しようとしたら、わたしが代わりに受ける。わたしが代わりに苦しんであげる。わたしと共にいる限り、あなたの罪はわたしのものだからね」

「あ、あ、あああ、それは、それは、ああああああ、だ、だ、だ、め……」

「これがわたしと一緒に旅を続ける条件。もし、できないと言うなら、ここでお別れ」
「――――――っ!? うくぅぅぅぅぅ、ああああああああ~~~~!!」


 リディはその場で崩れ落ちて、地面を引っ掻きながら嗚咽を漏らし続ける。
 貫太郎は落ち着かせようとリディの背に鼻を置いて撫で、ツキフネとラフィはカリンへ唇を震わせながら言葉を漏らす。

「カリン、お前は……」
「か、か、カリンさん。あ、あなたは……」

「酷いよね。でも、何もなしだと、リディは同じことを繰り返しちゃうかもしれないから」

 彼女は微笑みを消して、火球が生み出した影を纏う。


 リディの涙――それはカリンを思ってのこと、母のように縋ってのこと。彼女にとってカリンこそが一番大事で他はどうでもいいこと。
 そのカリンが苦しんでいることに涙し、捨てられるかもしれない恐怖に涙をする。
 それをカリンは見抜いていた。

 だから、リディが一番苦しむ罰を与えた。
 リディの罪を背負うことによって、カリンが苦しむという姿を見せることで……。 
 同時にリディに自制という楔を刺した。

 カリンもまた旅の合間に心の闇を見てきた少女。
 一度道を踏み外した人間は、再び道を踏み外しやすくなることを知っている。
 これは、二度とリディに道を踏み外させないための罰――。


 涙を流し、ひたすら地面を掻きむしり続けるリディからカリンは視線を切り、私を睨みつける。
「不満?」
「いや、実に面白い裁定だ。わたしならまず出さないものだろう。百点満点をあげよう」
「別におじさんを楽しませるわけにやったわけじゃないけどね。あと、点数はいらないから」
「これは嫌われてしまったかな?」

「おじさんのそうやって誰かを試そうとするところは大っ嫌い。でも、料理が美味しいから我慢してあげる」
「ふふ、それは良かった。しかしだ、この裁定では一つ気になるところがある」
「……なに?」

「断罪者が現れたらどうするつもりだ?」
「私が罪を背負うよ」
「罪の対価が命であっても」
「もちろん、それだけの覚悟がなければ他者の罪なんて背負えない!」

 彼女は覚悟を表すように私の瞳を射抜く強い視線を見せてきた。
 この言葉に、リディは戸惑いを覚え、ツキフネと貫太郎は小さな笑みを浮かべるが、ラフィは困惑の表情を見せている。

 そして、私は――。
「ふふ、素晴らしい覚悟だ。十代の少女の覚悟とは思えぬ気迫に頭が下がる、と、言いたいが――くだらぬ偽善に酔う小娘が!!」
「え!?」
「今の答えは点数を与える価値もない、屑の回答だ!!」
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