89 / 98
87.魔王の事情②
しおりを挟む「──奴の魔法は、推測するなら洗脳です」
レノアの声に意識を向ける。
「洗脳? 例えばどんな風になるんだ?」
「例えば魔法を封じられたと思い込まされたら反撃が出来ません。仲間を敵と思い殺し合いするように仕向けられることもある。どちらにしても、結果は最悪のものばかりです。実際、死ななかったのが不思議なくらいですが」
「ひどい……」
「レノアは、魔族の中でも上位種だ。だが拷問されて角を折られていた。魔力を失いかけて黒髪の色までなくした。隙を突かれたのか? 罠にはまったのか分からないが……借りは返す」
クロの意見に、レノアがふわりと笑った。
「クロフィス様は変わり者なのですよ。正直、敵の罠かも知れない状況で来て下さるとは思っていませんでしたから」
「レノアは、角を隠してた訳じゃなくて、折られてたの?」
レノアも大切な人の一人だからまた傷ついて欲しくない。
「角がないとか、色を失うとか魔力に支障が出たりしない? そんな強い相手と交戦するのなら、治療を試したら? マリア様なら、治療が出来るかもしれない」
『マリアだと、魔力の性質の違いでレノアには悪影響がありそうだ。精霊族の治癒持ちのシェリルの方がいい』
今度は、妖精の足飾りの嬉しそうに反応して来た。
「僕?」
「私の角を戻せる? 腕はクロフィス様の魔力で治してもらったのですが……角の再生は無理だった」
レノアが近づいて来た。
「シェリル様が、クロフィス様のものじゃなければ私がお迎えしたいくらいです」
そう言って、目の前に片膝をついた。
「クロフィス様のって……ち、ちがっ」
どうしよう。クロに必要なのは、僕じゃない。
「違わない。俺のものだ」
そう言って後ろに引き寄せられる。
「シェリルが否定したという事は、まだお前のじゃない」
カイル様が立ち上がっている。
「なら、私にも機会がありそうですね。ぜひ治療を二人だけでしましょう」
「だめだ!シェリルを渡す気はない」
なんでこんなに脆いんだろう。ツウっと涙が流れ落ちた。慌てて袖口で涙を拭きとった。
「シェリルは、いろんな事を気にし過ぎるんだ。俺との身分なんて気にする必要なんてない。だいたい伯爵家の後継者は兄だ。俺は、単なるスペアでなんの爵位も持たない。ただシェリルと一緒にいる為に勇者の立場を利用して爵位を貰いたかったんだ。そこにいる魔王の立場を気にしているんだろ? なら俺じゃだめか?」
「俺がいつ後継を望んだんだ? シェリルの不安がそれなら、何の心配もいらない。いつでもふさわしい者を選出すればいいだけだ」
『本当に、人も魔族も聖遺物さえも魅了する』
覚悟を決めていたのに情報が多すぎた。それでも「シェリルを渡す気はない」と言ってくれるのは嬉しい。魔族とか関係なく一緒に居たかったんだ。本当にそれだけだった。
「まだ、出発までには日にちがある。レノアの治療を試すのは明日でも問題ないだろう? シェリルは今、一人になるべきじゃない。すぐ悪い方に考えるのは悪い癖だ。クロフィスと気まずいなら俺といたらいい。どうする?」
「シェリル。聞きたい事があるなら、俺に聞いてくれ。カイルと話して落ち着くならそれでもいい。だが、俺はシェリルしか選ばない」
「クロ……」
クロが僕を抱きかかえ立ち上がる。だから抱き付いて離れたくないと呟いた。
「ほら、聖遺物貴方も邪魔しない」
僕の足首から聖遺物が離れ、レノアの手に移動する。
「勇者様、私の知る限りの情報をメンバーの方と共有しておきましょうか? 今後討伐の対策になるでしょう。マリアさんからは、守ってくださいね。シェリル様、絶対明日治療してくださいね」
「今は身を引くが、お前の態度次第でいつでもシェリルを奪うから、覚悟しとくといい。いままでも待ったんだ、この先いくらでも待てる」
「レノア後で報告を頼む。カイル、悪いがシェリルを譲る気はない」
二人はいつの間にか呼び捨てになっていた。それにカイル様の気持ちは嬉しくて
「カイル様、ありがとうございます」
そして、カイル様の部屋から僕らは移動した。
応援ありがとうございます!
176
お気に入りに追加
860
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる