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 バタバタ、と慌ただしい足音が聞こえて来てクリスタとナタニアはぱっと顔を上げて控えの間の入口を注視する。

「──王妃殿下、お下がり下さい……」
「何事かしら……?」

 ナタニアがクリスタを庇うように前に立ち、クリスタはギルフィードを膝に乗せたまま周囲に何か武器になる物が無いか確認をする。
 ギルフィードから人払いを願われ、周囲には極小数の護衛しか置いていない事にクリスタはひやりと自分の心臓が冷えるのを感じる。

 自国内にいる限り、滅多な事は起きないだろうと考えていたクリスタだったが、ギルフィードが気を失う前に口にしていた言葉を思い出し、自分の甘さに嫌気がさす。
 ソニアに気を付けろ、と言っていた。
 そして、タナ国で何らかの情報を得たギルフィードはこの様だ。

(ソニア妃が何も仕掛けて来ない、とは言えないわ……魔法さえ発動出来れば問題は無いのだけど……)

 だが、クリスタは今魔法を発動する事が出来ない。
 ナタニアがクリスタを守るように前に出てくれているが彼女一人では相手が複数だった場合。強力な魔法を使える人物だった場合。
 ナタニアでは手に負えない可能性がある。

(部屋の外には護衛が居るから……大丈夫だとは思うけど……)

 必要最低限の護衛は置いてある。
 その護衛が対応してくれれば良いが、とクリスタが考えていると控えの間に近付いて来ていた足音の主が護衛と話をしているのが耳に届いた。

「──? 女性……? 聞き覚えの無い声ね。クロデアシアの貴族か……それとも使用人の誰かかしら……?」
「そう、ですね……。何か言い争っているような状態のようですね。……様子を確認して参りましょうか?」
「ええ。お願いしてもいいかしら?」

 護衛が対応しているようだ。
 その事から少しだけ警戒心を解いたナタニアは入口を見つつクリスタに問う。
 クリスタもナタニアの提案に頷き、ナタニアは入口に向かって歩き出した。

 その後ろ姿をクリスタが見詰めていると、ギルフィードが小さく声を漏らした。

「──ぅ……、」
「ギルフィード王子? 目が覚めた……?」
「私は……気を失っていたのですか……?」

 呻き声が聞こえ、次いでギルフィードの瞼がぴくりと震えた。
 そして薄らと目を開けたギルフィードに気付いたクリスタはほっとして表情を緩め、ギルフィードの問い掛けに答える。

 ぼんやりとクリスタを見詰めていたギルフィードは次第に視界と思考がクリアになって来たのだろう。
 目の焦点が合った瞬間、自分が置かれている状況を理解して顔を真っ赤にしてクリスタの膝から飛び起きた。

「もっ、申し訳ございませんクリスタ様……っ」
「急に動いたら傷に障るわ……!」

 真っ赤になったり、急に動いた事で激しい痛みを感じたのだろう、顔色を真っ青にしたりと忙しいギルフィードにクリスタは慌てて声を掛ける。
 怪我も酷い状態であろうし、熱だってある。
 ギルフィードを何処かで休ませなければ、とクリスタが考えているとナタニアが入口から出て行く姿が視界に入った。

 護衛と話をしていた人物と今度はナタニアが話をしているのが薄らと聞こえて来て、クリスタは訝しげに眉を寄せる。
 そしてその声はギルフィードにも聞こえていたのだろう。
 傷のある腹を片手で抑えながら、ギルフィードは控えの間の入口に顔を向けて口を開いた。

「……あの声は、ソニア妃の侍女……? 何故こちらに来たんだ……?」
「ギルフィード王子、あの声に心当たりがあるの? それに、ソニア妃の侍女……? 何故彼女がここに……」

 クリスタの言葉にギルフィードは柔らかな笑みを浮かべた後、クリスタに向かって頷いた。

「大丈夫です、私の部下なので。……こちらに来た、と言う事は私を探しているのかもしれません」
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