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しおりを挟むギルフィードに押し倒されるような体勢で床に倒れていたクリスタは、慌ただしく入室して来た侍女に叫ぶ。
一瞬その光景にクリスタを助ける必要があるか、と考えた侍女二人であったがクリスタを押し倒している張本人であるギルフィードはぐったりとしていて動かない。
そして、焦った様子のクリスタ。クリスタはギルフィードを庇うように背中に腕を回していているのが見えて。
一瞬で目の前で起きている事を把握したナタニア夫人とは別の侍女が「直ぐに呼んで参ります!」と声を上げ、再び慌ててクリスタの控えの間から出て行った。
「王妃殿下! 大丈夫ですか、お怪我は!?」
「私は大丈夫よ。けれど、ギルフィード王子が倒れる時に庇いきれなくって……ギルフィード王子に怪我が増えてしまっているかもしれないわ」
熱があるのよ、とクリスタは心配そうな表情を浮かべてギルフィードの額に自分の手のひらを乗せる。
そして何か魔法を発動しようとして、それが不発になってしまい悔しそうに唇を噛み締めている。
「──っ、さっきから何度試しても魔法が発動出来ないの……。ナタニア夫人、悪いけれど彼の熱を下げるために自分の手のひらを冷やして、額に当ててあげて……」
「……! それでしたら、お待ち下さい」
ナタニアは急いでハンカチを取り出し、ハンカチを手の中に包むと魔法を発動した。
キラキラとした空色の粒が手のひらの周囲に舞い、自分達の周囲の気温が若干下がる。
キン、と空気が冷え凝縮された氷の粒のような物がナタニアの手の中にあるハンカチに染み込んで行く。
ナタニアは何度か魔法の発動と調整を繰り返し、氷魔法をハンカチに纏わせた後にクリスタに差し出した。
「こちらを王子に……。額に乗せて頂ければ熱を下げる事が可能かと思います」
「ありがとう、ナタニア夫人」
クリスタはナタニアからハンカチを受け取る。
触れた瞬間、ひやりと手のひらに伝わる冷たさにクリスタは目尻を緩めた。
冷た過ぎず、すぐに温む事と無い丁度良い塩梅で魔法を掛けてくれたらしい。
クリスタの上に倒れ込んでいるギルフィードの体勢を変えるのをナタニアが手伝ってくれ、クリスタは自分の膝の上にギルフィードの頭を乗せると、前髪をそっと避けて額にハンカチを乗せた。
ひやりとしたハンカチが気持ち良いのだろうか、それまで苦痛に歪んでいたギルフィードの表情が幾らか和らいだように見えてクリスタは胸を撫で下ろした。
そして一呼吸ついた所で、ナタニアがおずおずとクリスタに話しかけた。
「王妃殿下。その……お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「──あ、そうね。急に驚いたでしょう? 聞いて頂戴」
「ありがとうございます。……その、先程仰っていた魔法が発動出来ないとは一体……?」
魔法が発動出来ない、と言うのはこの国の王妃として死活問題だ。
聞き間違いであって欲しい。
ナタニアはそんな僅かな希望を胸に抱きながら恐る恐るクリスタに問う。
だが、当の本人であるクリスタは至極あっさりとナタニアの言葉に肯定した。
「ええ。ギルフィード王子が怪我をしているから治癒魔法を発動しようとしたのだけど……それも発動出来なかったし……。ギルフィード王子を支える事も出来なかったの。……以前までは間違い無く使えていたのに何故か急に使えなくなっていて……」
「──それ、は他に誰が知っていますか……!?」
「今知っているのは貴女と、ギルフィード王子だけよ」
「ならば……! 私達二人以外にお話しない方がいいと思います……! もし他の貴族や、狩猟大会に参加しているクロデアシアの貴族達に知られてしまうと大変な事に……!」
「ええ……。けれど、魔法の発動が出来ないまま、と言うのが続いたら……陛下に報告はしないといけないわ。すぐに発動出来るように戻ればいいのだけど……」
クリスタは眉を下げ、自分の両手を見下ろす。
今まで必ずそこにあった慣れ親しんだ魔力を感じる事が出来ず、背筋を一筋の汗が流れ落ちた。
◇◆◇
──ぱくり。
口を開けて、何かを飲み込みそして体に吸収する。
このまま満ちてゆけば良い。
「──強く、健やかに育って……」
ゆるり、ゆるりと自分の腹を優しく撫でながらその女性──ソニアは微笑む。
その微笑みはとても美しく慈愛を感じさせる。
「ソニア? どうした、腹が痛むのか……?」
同じ控えの間で使用人に着替えを手伝わせていたヒドゥリオンは心配そうに振り返りソニアに声を掛ける。
だがソニアはぱっと花が綻ぶような可憐な笑顔を見せた後、「大丈夫です」とヒドゥリオンに笑いかけた。
その様子を驚きに目を見開きじっと見詰めていたソニアの侍女は、自分の主である人物に報告をしなくては、と踵を返して控えの間をひっそりと後にした。
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