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第三章
87 疑惑
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別に本当にレオンハルトがミモザを殺すと思っているわけではない。
(わけではないが!)
しかし彼といると可能性が頭をよぎるのだ。どうにも、その『彼のことを信頼していない自分』というのが気まずくて一緒の空間にいるのを避けてしまっていた。
(さすがにまずいよなぁ)
もはやステラ達のことはそっちのけでミモザはレオンハルトのことを考える。
ミモザがこんなにもレオンハルトを疑うのは、彼に裏切られるのが一番ミモザにとって精神的ダメージが大きいからだ。
死ぬ直前の『ミモザ』は絶望していた。それにより生きることを諦めたようにさえ見えた。きっとレオンハルトに裏切られたら今のミモザも同じように絶望してしまうだろう。
「せめて殺すならひと思いに殺してくれ……」
「チィー」
チロがまだ殺されると決まったわけじゃないぞ、とその肩を叩く。
(それに……)
慰めてくれるチロのことを撫で返しながら、ミモザは思う。
レオンハルトには、怪しいところもあるのだ。
ミモザが初めて彼の家を訪れた時、唯一出入りを禁止された場所があった。
(離れ……)
周囲の目をはばかるように木に覆われて隠された建物。あそこには一体何があるのだろう。
(それをうっかり見てしまって殺されたとかじゃないよな…?)
ミモザの疑念をはっきりと否定してくれる人はいなかった。
結局黙々とトロッコを進め、ステラも特に怪しい行動を取ることもなく、最後に階段に辿り着くことを阻むように立ち塞がった巨大なタコの精霊を倒してミモザはゴールした。
ちなみにタコは複数居たが、ミモザが倒したのは銅の鍵へと姿を変えた。
予定調和である。
ため技も試して見たが、1秒しか溜めることが出来なかった。威力は確かにちょっとだけ上がった。
予定調和である。
身体的には疲れていないが、精神的な疲労を引きずりつつミモザは塔から出て王都のメインストリートを歩いた。
(帰ろ……)
考えなければいけないことだけはたくさんある。本音を言えば考えたくはないが、考えないとどこかのタイミングでミモザはおそらく死ぬ。
(いつ死ぬんだったっけ?)
なんか全部の塔を攻略する前だった気もするなぁと思いながら歩いていると、向かいから歩いてきた人物とぶつかりそうになって慌ててミモザは道の脇へと避ける。
なんだか覚えのある香りがした。
「………ん?」
思わず立ち止まって振り返る。ぶつかりそうになった人物は白いローブを着て背を丸めるように早足で歩くと、路地裏へと続く細い道を曲がり、建物と建物の隙間へと姿を消した。
(甘い果物みたいなお香の香り……)
それは教会で嗅いだのだと思い出す。正確には、
「オルタンシア様……?」
からした香りであった。
「……………」
ミモザは悩む。ただ同じ香りをさせているだけの別人の可能性もある。しかしもしも彼がオルタンシアだとしたら。あのような怪しい格好で路地裏で一体何をしているのかというのが気にかかった。
(そういえば……)
王子の婚約発表パーティーの夜を思い出す。あの時、オルタンシアは宰相と庭園で何か怪しげな会話をしていなかっただろうか。
(薬がどうとか……)
今になってあの時もっとちゃんと探っていればと悔やまれる。
(……確かめてから考えるか)
別人だったら別人でいいのだ。
ミモザは迷いを振り切ると、オルタンシアらしき人が消えた道へと足を踏み入れた。
薄暗く埃っぽい道を恐る恐る進む。なるべく足音を立てないように歩いていると、目当ての人物が立ち止まっているのが見えてミモザは足を止めた。
(何してるんだ?)
建物の影に隠れて様子をうかがう。彼は誰かと待ち合わせていたようだ。かなり小柄な、けれど同じようにローブを被った人物が何かを差し出す。オルタンシアと思しき人物はその中身をあらためた。
「……チロ」
名前を呼ぶと頼りになる相棒は心得た、と頷いて駆け出す。草むらや捨てられたゴミなどにうまく紛れながら二人の人物へと接近してくれた。
中身をあらため終わった男が納得したように頷いて懐から取り出した小袋を渡した。今度は小男のほうがその中身をあらためる。取り出されたのは硬貨だった。銀貨が複数枚じゃらじゃらと出され、その金額が満足いくものだったのか、小男は頷いてそれを懐へとしまった。
(裏取引じゃん)
もしかしてかなりまずいところを見ているのかも知れないと、ミモザは今更ながらに焦る。
(ヤバい……っ)
やりとりを終えた男がこちらに歩いてくるのを見てミモザは慌ててその場から逃げるように立ち去ると、裏路地から出て表通りの適当な店へと飛び込んだ。
入ったのは喫茶店だったようだ。適当なお茶を注文して奥まった席へと座る。しばらく時間を潰していると、チロがミモザのもとへと駆け寄ってきた。
「チロ」
ひと仕事を無事に終えた彼女にミモザはまず注文したお茶を勧める。チロはそれを一口飲んで喉を潤してから
「チィー、チチッ、チーチー」
鳴いて報告をしてくれた。いわく、あれはオルタンシアで間違いないとのことだ。
「会話は聞こえた?」
声をひそめて尋ねる。それにチロは頷いた。
ごくり、とミモザは生唾を飲み込む。
「チー……」
チロはそれに困った顔をして言った。
「チチチッ」
「え?」
思わずぽかん、とミモザは口を開けて固まる。
「本気?」
「チィー、チチチ」
「えー……?」
チロは言った。
毛生え薬の取り引きだった、と。
「………うーん」
ミモザは顎に手を当ててオルタンシアの髪型を思い起こす。彼は紫がかった黒髪を綺麗にオールバックに整えていたはずだ。
「言われてみれば……、ちょっとおでこが広いか……?」
しかしそんなに気にするほどとは思えない。
そういえば宰相はつるっ禿げだったな、とミモザは思い出した。
「禿げ仲間か……」
「チィー……」
もしかしたらあの二人はプライベートでは意外に仲が良いのかも知れない。
あまり良くない秘密を暴いてしまったな……と、ミモザは遠い目をしてお茶を飲んだ。
(わけではないが!)
しかし彼といると可能性が頭をよぎるのだ。どうにも、その『彼のことを信頼していない自分』というのが気まずくて一緒の空間にいるのを避けてしまっていた。
(さすがにまずいよなぁ)
もはやステラ達のことはそっちのけでミモザはレオンハルトのことを考える。
ミモザがこんなにもレオンハルトを疑うのは、彼に裏切られるのが一番ミモザにとって精神的ダメージが大きいからだ。
死ぬ直前の『ミモザ』は絶望していた。それにより生きることを諦めたようにさえ見えた。きっとレオンハルトに裏切られたら今のミモザも同じように絶望してしまうだろう。
「せめて殺すならひと思いに殺してくれ……」
「チィー」
チロがまだ殺されると決まったわけじゃないぞ、とその肩を叩く。
(それに……)
慰めてくれるチロのことを撫で返しながら、ミモザは思う。
レオンハルトには、怪しいところもあるのだ。
ミモザが初めて彼の家を訪れた時、唯一出入りを禁止された場所があった。
(離れ……)
周囲の目をはばかるように木に覆われて隠された建物。あそこには一体何があるのだろう。
(それをうっかり見てしまって殺されたとかじゃないよな…?)
ミモザの疑念をはっきりと否定してくれる人はいなかった。
結局黙々とトロッコを進め、ステラも特に怪しい行動を取ることもなく、最後に階段に辿り着くことを阻むように立ち塞がった巨大なタコの精霊を倒してミモザはゴールした。
ちなみにタコは複数居たが、ミモザが倒したのは銅の鍵へと姿を変えた。
予定調和である。
ため技も試して見たが、1秒しか溜めることが出来なかった。威力は確かにちょっとだけ上がった。
予定調和である。
身体的には疲れていないが、精神的な疲労を引きずりつつミモザは塔から出て王都のメインストリートを歩いた。
(帰ろ……)
考えなければいけないことだけはたくさんある。本音を言えば考えたくはないが、考えないとどこかのタイミングでミモザはおそらく死ぬ。
(いつ死ぬんだったっけ?)
なんか全部の塔を攻略する前だった気もするなぁと思いながら歩いていると、向かいから歩いてきた人物とぶつかりそうになって慌ててミモザは道の脇へと避ける。
なんだか覚えのある香りがした。
「………ん?」
思わず立ち止まって振り返る。ぶつかりそうになった人物は白いローブを着て背を丸めるように早足で歩くと、路地裏へと続く細い道を曲がり、建物と建物の隙間へと姿を消した。
(甘い果物みたいなお香の香り……)
それは教会で嗅いだのだと思い出す。正確には、
「オルタンシア様……?」
からした香りであった。
「……………」
ミモザは悩む。ただ同じ香りをさせているだけの別人の可能性もある。しかしもしも彼がオルタンシアだとしたら。あのような怪しい格好で路地裏で一体何をしているのかというのが気にかかった。
(そういえば……)
王子の婚約発表パーティーの夜を思い出す。あの時、オルタンシアは宰相と庭園で何か怪しげな会話をしていなかっただろうか。
(薬がどうとか……)
今になってあの時もっとちゃんと探っていればと悔やまれる。
(……確かめてから考えるか)
別人だったら別人でいいのだ。
ミモザは迷いを振り切ると、オルタンシアらしき人が消えた道へと足を踏み入れた。
薄暗く埃っぽい道を恐る恐る進む。なるべく足音を立てないように歩いていると、目当ての人物が立ち止まっているのが見えてミモザは足を止めた。
(何してるんだ?)
建物の影に隠れて様子をうかがう。彼は誰かと待ち合わせていたようだ。かなり小柄な、けれど同じようにローブを被った人物が何かを差し出す。オルタンシアと思しき人物はその中身をあらためた。
「……チロ」
名前を呼ぶと頼りになる相棒は心得た、と頷いて駆け出す。草むらや捨てられたゴミなどにうまく紛れながら二人の人物へと接近してくれた。
中身をあらため終わった男が納得したように頷いて懐から取り出した小袋を渡した。今度は小男のほうがその中身をあらためる。取り出されたのは硬貨だった。銀貨が複数枚じゃらじゃらと出され、その金額が満足いくものだったのか、小男は頷いてそれを懐へとしまった。
(裏取引じゃん)
もしかしてかなりまずいところを見ているのかも知れないと、ミモザは今更ながらに焦る。
(ヤバい……っ)
やりとりを終えた男がこちらに歩いてくるのを見てミモザは慌ててその場から逃げるように立ち去ると、裏路地から出て表通りの適当な店へと飛び込んだ。
入ったのは喫茶店だったようだ。適当なお茶を注文して奥まった席へと座る。しばらく時間を潰していると、チロがミモザのもとへと駆け寄ってきた。
「チロ」
ひと仕事を無事に終えた彼女にミモザはまず注文したお茶を勧める。チロはそれを一口飲んで喉を潤してから
「チィー、チチッ、チーチー」
鳴いて報告をしてくれた。いわく、あれはオルタンシアで間違いないとのことだ。
「会話は聞こえた?」
声をひそめて尋ねる。それにチロは頷いた。
ごくり、とミモザは生唾を飲み込む。
「チー……」
チロはそれに困った顔をして言った。
「チチチッ」
「え?」
思わずぽかん、とミモザは口を開けて固まる。
「本気?」
「チィー、チチチ」
「えー……?」
チロは言った。
毛生え薬の取り引きだった、と。
「………うーん」
ミモザは顎に手を当ててオルタンシアの髪型を思い起こす。彼は紫がかった黒髪を綺麗にオールバックに整えていたはずだ。
「言われてみれば……、ちょっとおでこが広いか……?」
しかしそんなに気にするほどとは思えない。
そういえば宰相はつるっ禿げだったな、とミモザは思い出した。
「禿げ仲間か……」
「チィー……」
もしかしたらあの二人はプライベートでは意外に仲が良いのかも知れない。
あまり良くない秘密を暴いてしまったな……と、ミモザは遠い目をしてお茶を飲んだ。
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