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別れを惜しむハンナに若干後ろ髪を引かれながら、ベルフィーナは夜の森を進んでいた。御者と彼女だけの馬車は、ガタガタと音を鳴らしながらも難なく進んでいく。ベルフィーナの荷物は全て、空間収納に入っているからだ。

もう、夫への感情は無となったベルフィーナ。
一刻も早く離縁したいものの、すんなり離縁されても面白くない。相反する気持ちを消化出来ないまま、取り敢えず一時的に身を隠すことにして、隣町の修道院へ向かっていた。


唐突に、ヒヒンッ!と馬の鳴き声がした。


「盗賊だ!」


ガッタンと大きく車体を揺らして馬車が止まった。
パッと小窓から覗くと十数人が道を塞いで、ニヤニヤとした笑いを湛えている。


「お、お嬢様、どうしま、」

「馬車を開けろ。女か?貴族か?」

「訳アリに違えねぇ、御者はどうする。」

「ひょろいのはほっとけ。どうせ何も出来ん。」


近寄ろうとする盗賊たちの前に、ベルフィーナは颯爽と降り立った。シンプルなワンピースではあるものの、上質な素材に控えめな刺繍は一目見て貴族のものと分かるのだろう。

顔を上げたベルフィーナを見て、一斉に口笛や歓声が上がった。


「こんな上玉見たことねぇ!売るのが勿体な、」

「その必要はないわ。」


ベルフィーナは抑えていた怒気を一気に解き放った。地面へ押さえつけられるほどの威圧で盗賊たちは動かなくなった。歓喜に騒いでいた声は、瞬時に静かになる。

ベルフィーナは数日前から機嫌が悪い。夫の暴言と浮気を知った時から、いや、もしかしたらその前からずっと。

それを、ギリギリの所まで隠し、抑えつけ、握りかため、ここまで持ってきた。

もう、我慢しなくていい。そう思うと、自然と口角は吊り上がり、それを見た男達はヒッ、と顔を引き攣らせ青褪めていく。罪のない御者も巻き込まれて気絶していた。


「貴方達、ある意味、タイミングが良いわね。」


拳に空気を圧縮した球を纏わせ、ベルフィーナは転移した。標的となった男の前に現れた時、既に拳は彼の腹を的確に振り抜いていた。

隣に立っていた筈の仲間が、音もなく吹っ飛び木に叩きつけられ、折れた木と共に崩れ落ちていく様を見た。

退散しなければと、動かない身体に命令するものの、産まれたての子鹿のように震えた脚は、ずりずりと後退りすることしか出来ず、ああ、ヤバイ奴に手を出してしまったと後悔することしか出来なかった。






全ての盗賊を腹パンで沈めたベルフィーナは、少しスッキリした顔になっていた。これでも殺さないように手加減した方だ。内臓は少しくらい傷ついているかもしれないが、良心は傷まない。


「捕まえたら売ったり犯したりするみたいな事を言っていたわね。」


空間収納からするりと愛剣をだし、結界を付与する。切れ味抜群・錆びない・欠けなくなった剣で、奴等の下半身の小さな剣を切り捨てて行く。気絶しているのに痛みで起き上がってもまた、痛みで悶絶する。


これで良し。このような悪党の遺伝子は一匹たりとも不必要。そして、罪の無い女性が襲われる心配も少しは減るだろう。いいことをした。

切り捨てたブツはまとめて魔物にでもくれてやろう、と少し離れたところに捨てる。もちろん全ての作業は空間魔術で操っており、直接触れる事など絶対にない。汚いから。

人の命まで取る覚悟はまだ出来ていないベルフィーナにとっては、せめてもの報復だった。


「よく考えたら、修道院じゃなくて隣国に行ってもいいわね。この森を越えるのは難儀だけど、盗賊に襲われたってことで行方不明を装えるし。」


やはりどこか冷静ではなかったのだろう。

少し冷えた頭で考えれば、修道院に行くとすぐに両親に連れ戻されそうだった。心配させてはいけないので、すぐに予定変更の連絡をすることにする。

幸い、少し遠回りではあるが隣国はこの森に接している。進路を変えて地道に行けばいいだろう。

そう決めたベルフィーナは、盗賊達を縛り上げた上で結界の部屋に閉じ込め、馬車に繋ぎ、震えたままの御者には隣国に向けて進むよう指示をした。






魔術の腕は、学生時代優秀であっても、卒業してしまえば殆ど使わないまま衰えていく者は多い。

筋肉と同じく、使わなければ使えなくなる。再び使えば勘を取り戻すことは可能だが、それでも使い続けるのは魔術士や魔道具士など、職業に“魔”が付く者くらい。

ベルフィーナも首席で合格し、新婚こそ使わなかったものの、その後鬱憤を晴らすように訓練を重ねていたお陰で、皮肉にも卓越した魔術の腕となっていた。

一属性しかないものの、空間収納に食料は大量に仕込んであり、野営道具という名の寝台やふわふわの毛布、湯船すらあった。それはかつて魔物の討伐へ出向いた際、野営となることが多かったため。

常識を凌駕した、執念とも八つ当たりとも言うべき訓練によって、ベルフィーナは空間から自由に水を生成することも出来、その温度を高めたり凍らせたりすることもできた。

元々空気中に水分は存在しているものだし、その動きを止めれば止める程温度は下がり、動かせば上がる。分子運動など発見されていないこの世界の中で、ベルフィーナは感覚でその理論を理解していた。

収納出来た火は、分けたり増やしたりすることも自由自在だ。と言っても、今のところ薪に火をつけるくらいしか使い道はない。

ベルフィーナの苦手な、足の多い虫や、逆に足のない軟体生物の生息する森の中を進むのは、常に結界を張って極力見ないようにしつつ、出会った魔物は基本腹パン、硬い獲物は結界を纏わせた剣――実家にいた時に作らせた逸品――で一刀両断、特に女の敵であるオークに関しては執拗に叩き殴りイチモツを切り取った。


これはこれで売れる為、必ず解体で取る部分ではあるのだが、何となく気に入らないため必ず、念入りに。夫への当てつけ、かもしれない。

要らぬなら、落としてしまえ、その逸物。

そんな一節が脳裏を過った。







そうして駆け足で、かつ優雅に湯船に入ったりふわふわの寝台で休みつつ、途中で盗賊を引き渡して路銀を稼ぎつつ、無理なく進み続け、二週間程経った頃。

目的としていた隣国の辺境の街、ピーチパークへと到着した。
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