6 / 30
6 ウォルター(1)
しおりを挟む「ベルが、実家へ?」
珍しいな、と思うと同時に、奇妙な違和感に襲われ、ウォルターは首を傾げた。真夜中に近い深夜に帰宅したウォルターは、家令からの報告を聞きながら、就寝の準備をする所であった。
何事も余裕を持って準備を整える妻にしては、夫への挨拶もなしに実家に帰るのは、何か予想外の不幸でもあったのだろうか。
「いつ帰るかは聞いているか?」
「……余程急いでいらしたのか、何も仰っておられませんでした。しかし奥様は、一週間ほど前倒しで執務をこなしてらっしゃいましたので……。」
「ふーん……、前倒しはできるのに、挨拶は出来なかったのか……?」
少しの疑問を抱きつつも、妻はそれ程慌てていたのだろうと解釈する。そして妻をそこまで慌てさせているのならば、今頃ベルフィーナの実家、ブランドン伯爵家は大騒ぎの最中かもしれない。こちらから都合を聞くと手間をかけさせてしまう恐れがある為、向こうからの知らせを待つ方が賢明だろう。
ウォルターは一人、広めの寝台に横たわった。妻のいない寝台はやたらと冷んやりしている気がした。
翌日から、ウォルターは解放感に酔いしれた。あの気高い妻が一人いないだけで、圧迫感は無くなり、息さえ吸いやすいような気がする。
そうだ、ベルフィーナは帰って来る時も余裕を持って前触れを出すような女だ。それを家令や使用人は『ゆっくりとお迎えの準備が出来ます。』と喜ぶ。
ウォルターはこれ幸いにと、付き合いのある男を客として家へ呼び、夫婦の寝室で睦み合った。なんせこれ以上ないチャンスだ。ベルフィーナが帰って来るまでの短いバカンス。
いつもの宿屋の一室ではあまりハードなプレイは出来ない為、相手の男たちも嬉々として道具を持ち込み勤しんだ。
その行為は、使用人達には筒抜け、いや、道具の洗浄まで頼まれればどんな内容かすら全員の知る所となった。
ウォルターは、使用人は屋敷に備え付けの道具としか認識していない。そして、次期当主である自分の命令には背けないと確信していた。口止め料として全員に銀貨を数枚握らせれば、更に完璧。
いくらベルフィーナの肩を持とうが、次期当主はこのウォルターなのだから。
彼らの、ゴミ虫を見るような視線には一切気付かず、段々と、行為に耽る時間は長くなっていく。
ベルフィーナが実家へ帰ってから一週間が過ぎたのに気付いたのは、家令が書類を持ってきた時だった。
「奥様がご帰宅されるまで、旦那様にお持ちいたします。」
「……纏めておけ。ベルが帰ってきてから手をつける。」
「……畏まりました。」
苦い顔の家令は、薄々、ベルフィーナは帰ってこないような気はしていたものの、確信は無く、ただ無心で家令としての仕事をこなす。
ベルフィーナが使用人全てを集めて挨拶をしたことは、報告していない。
全員への餞別は、最後の労りだったのか。
ベルフィーナの部屋には、ウォルターから贈られたドレスや宝飾品には殆ど手はつけられておらず、逆に実家から持ち込んだ物は綺麗さっぱり無くなっていた。これも、ウォルターが部屋を見ればすぐ分かることなのに、まだ気付いていない。
そしてウォルターが次々と男を招き入れ、間違いなく主人の下品な嬌声を聞かされ、屋敷には沈鬱とした雰囲気が漂っていた。
使用人は全て、美しく凛としたベルフィーナの味方だった。
女神のような夫人に仕えられる事が誇りだった。
ウォルターは帰省期間が長いな、と思ったものの、いつ終わるか分からないバカンスに、一日一日を大切に快楽に耽った。
明日、前触れが来るかもしれない、そうなったら、この遊びもお終いだから。
そうして気がつけば、王城で歩く際にも、何となく自分を見てヒソヒソ囁かれているような気がしていた。
「……ほら、アレよ、男色の……、」
「男の風上にも置けないわね……。」
「そこは女ではなくって?くすくす……」
ウォルターには良く聞こえないほどの小声だが、何となく悪口を叩かれている気がして、何のことか聞こうと近づけばさっと目を逸らせて散っていく。
「あの社交界の華をね……、」
「本当、彼女はどこまでも優しいんだから……。」
名前をはっきり出せば聞けるのに、聞けない。そんなもやもやを抱えていると当然執務に身は入らず、転がり落ちるように快楽に没頭していく。
「ウォルター。最近、身が入らないようだな。休暇を取るか?」
「デリック……。いや、何か噂されているような気がしてね。何か知っているかい?」
「いや……、俺は、何も。休暇は?」
ウォルターの一番のお気に入りのデリックは、急にもごもごと口篭らせて、何か知っていそうな身振りをする。
しかし、彼はウォルターを傷付けまいと秘密にしているのだろう。彼の優しさに報いなければ。
「ありがとう。……数日、休もうかな。」
そろそろ妻の実家に手紙でも書こうかとも思ったものの、藪蛇を突き、この短いバカンスを縮めてしまうかもしれないと思うと億劫でしかなく、ずるずると遅らせていた。
王城へ登城する手間も無くなり、いよいよウォルターは昼間から男と寝室へ篭るようになり、使用人達は冷え切った目でそんな主人を見ていた。
欲望に身を任せるウォルターとは裏腹に、ウォルターの相手をする男達は徐々に曖昧な態度になっていく。
行為の途中で萎えることも、気分が乗らないとオドオドした様子で断られても、そう言うこともあるかもしれない、他の男に声をかければいいと考えていたウォルターは、徐々に距離を置かれ始めていることに気付かなかった。
208
お気に入りに追加
2,937
あなたにおすすめの小説
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる