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第一話 皐月
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従兄弟の結婚式に家族で出席したとき、俺の支度は一瞬で終わったが、母は大変だとぼやいていた。着付けとヘアセットとメイクで2時間近くかかるという。その工程を、春嵐は鮮やかな手つきでこなしていった。まずは俺の下着をひん剥いてきちんと着せ直し(恥ずかしかった)ドライヤーもヘアアイロンもない中で複雑な形に髪を結い上げ、俺の顔を作り上げていく。眉を描き、アイラインをいれ、白粉をはたき。そして衣装を着つけて、最後に口紅を付ける。
「ほらっ! あたしの技術力の高さ! 見なさい!」
改めて、目の前の鏡台に目をやった。そして、息を呑んだ。
……誰、これ……。
そこにいたのは正直言って、はかなげな、少女めいた美少年だった。目尻や頬は蒸気したようにほのかに染まり、くちびるには形よく紅が差されている。結い上げられた髪も美しく、まるでよくできた人形のようだ。春嵐さんの腕は伊達じゃなかった。
最後に、机の上にあった皐月の花の髪飾りを差して、春嵐は腕を組んで頷いた。
「どーう? 綺麗でしょ? 思わず見とれちゃうでしょ? ウフフあたしってばほんとてんさーい!」
自画自賛したくなるのも納得だ。これが俺だとは。
「おっといけない、もうすぐ刻限よ。早く行かなきゃ!」
春嵐さんは急にきりっとして立ち上がり、扉を開いた。手にはあの白い木靴を持っている。
……やばい。話が変な方向にいっている。俺はもともと彼のふりをするつもりなんかなくて。彼の部屋に衣装を置いて、何食わぬ顔で仕事に戻ろうと思っていたのに。
さっきメイクをしてもらっているときに鶴天佑がやってきて「皐月はいるか」と扉の外から聞かれたが、春嵐さんが「いるわよ!邪魔しないで!」と一喝すると去っていった。すくなくとも、今皐月は化粧中だと思われている。秋櫻は俺を探しているかもしれないけど。
でももう限界だ。このままいけば確実にばれる。鶴天佑にか、うまくいったとしてその先の「お相手」にか。きっとお相手は金満艶福家オヤジに違いない。口臭きつくてビール腹の毛深いオヤジだったらどうしよう。マジで嫌だ……。だけど。
もう一度鏡を見る。見とれるほど美しい少年だ。まさか自分がこんな姿になれるとは。
……そのとき、不意に思ってしまった。
春嵐はまるで魔法使いのように俺を作り上げてくれたし、もしかしてこれなら、なんとかなるかもしれない。
鶴天佑の目をかいくぐり、お相手にたどりついて、何とか夜を越えられれば。その翌朝、俺は衣装を脱ぎ捨てて雪柳に戻る。その頃にはきっと、皐月は遠くへ逃げおおせているだろう。
『腹をくくるしか、ないのにね?』
急に、以前聞いた秋櫻の声が聞えた気がした。ごくりと唾を呑み込む。
……そうだ、ここまできたら腹をくくるしかない。
俺が皐月じゃないとバレたら鶴天佑の立場もなくなるだろうし、皐月への怒りも増大するにちがいない。なんとかするためには、俺が明日の朝まで逃げおおせるほかないのだ。
「こーらっ! 早くって言ってるでしょ! 自分に見とれてるんじゃないわよ! 作ったのはあ・た・し!」
聞こえた声にはっとして、立ちあがる。そして、机の上に置いてあった薄布つきの冠を手に取った。初めて客を取る男妓は、顔を隠さねばならない風習。これで顔を隠しつづけられれば、あるいは。
「いま、行きます」
薄布をつけて立ち上がった。
「ちょっとお、なんで顔を隠すのよ!」
扉の傍で待っていた春嵐が口をとがらせる。
「……ここからさきは、俺……私の顔を見られるのは、お相手だけ、でしょ?」
そう言ってみると、春嵐は口角を上げて笑った。
「ふうん。子どもの癖に言うじゃない。……行くわよ」
歩き出した春嵐の後を追って、俺は歩き出した。
「ほらっ! あたしの技術力の高さ! 見なさい!」
改めて、目の前の鏡台に目をやった。そして、息を呑んだ。
……誰、これ……。
そこにいたのは正直言って、はかなげな、少女めいた美少年だった。目尻や頬は蒸気したようにほのかに染まり、くちびるには形よく紅が差されている。結い上げられた髪も美しく、まるでよくできた人形のようだ。春嵐さんの腕は伊達じゃなかった。
最後に、机の上にあった皐月の花の髪飾りを差して、春嵐は腕を組んで頷いた。
「どーう? 綺麗でしょ? 思わず見とれちゃうでしょ? ウフフあたしってばほんとてんさーい!」
自画自賛したくなるのも納得だ。これが俺だとは。
「おっといけない、もうすぐ刻限よ。早く行かなきゃ!」
春嵐さんは急にきりっとして立ち上がり、扉を開いた。手にはあの白い木靴を持っている。
……やばい。話が変な方向にいっている。俺はもともと彼のふりをするつもりなんかなくて。彼の部屋に衣装を置いて、何食わぬ顔で仕事に戻ろうと思っていたのに。
さっきメイクをしてもらっているときに鶴天佑がやってきて「皐月はいるか」と扉の外から聞かれたが、春嵐さんが「いるわよ!邪魔しないで!」と一喝すると去っていった。すくなくとも、今皐月は化粧中だと思われている。秋櫻は俺を探しているかもしれないけど。
でももう限界だ。このままいけば確実にばれる。鶴天佑にか、うまくいったとしてその先の「お相手」にか。きっとお相手は金満艶福家オヤジに違いない。口臭きつくてビール腹の毛深いオヤジだったらどうしよう。マジで嫌だ……。だけど。
もう一度鏡を見る。見とれるほど美しい少年だ。まさか自分がこんな姿になれるとは。
……そのとき、不意に思ってしまった。
春嵐はまるで魔法使いのように俺を作り上げてくれたし、もしかしてこれなら、なんとかなるかもしれない。
鶴天佑の目をかいくぐり、お相手にたどりついて、何とか夜を越えられれば。その翌朝、俺は衣装を脱ぎ捨てて雪柳に戻る。その頃にはきっと、皐月は遠くへ逃げおおせているだろう。
『腹をくくるしか、ないのにね?』
急に、以前聞いた秋櫻の声が聞えた気がした。ごくりと唾を呑み込む。
……そうだ、ここまできたら腹をくくるしかない。
俺が皐月じゃないとバレたら鶴天佑の立場もなくなるだろうし、皐月への怒りも増大するにちがいない。なんとかするためには、俺が明日の朝まで逃げおおせるほかないのだ。
「こーらっ! 早くって言ってるでしょ! 自分に見とれてるんじゃないわよ! 作ったのはあ・た・し!」
聞こえた声にはっとして、立ちあがる。そして、机の上に置いてあった薄布つきの冠を手に取った。初めて客を取る男妓は、顔を隠さねばならない風習。これで顔を隠しつづけられれば、あるいは。
「いま、行きます」
薄布をつけて立ち上がった。
「ちょっとお、なんで顔を隠すのよ!」
扉の傍で待っていた春嵐が口をとがらせる。
「……ここからさきは、俺……私の顔を見られるのは、お相手だけ、でしょ?」
そう言ってみると、春嵐は口角を上げて笑った。
「ふうん。子どもの癖に言うじゃない。……行くわよ」
歩き出した春嵐の後を追って、俺は歩き出した。
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