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第一部『悪魔と人』

二本松秀明の場合ーその⑤

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「バカ兄貴よ、あんたは本当にあたしに勝てるとでも思っていたのかい?あんたは一生あたしの奴隷なんだよッ!」

真紀子は勝ち誇った様な表情を浮かべたかと思うと、そのまま大きな笑い声を上げていく。不愉快極まる笑い声が響いていく。
秀明は耳を防いでその笑い声を塞ぎたかったが、今の状況では難しいかもしれない。真紀子は苦しんでいる秀明の腹をもう一度強い力を用いて蹴り付ける。
何度も何度も快楽的に蹴り付ける真紀子。打つ手なしかと思われたまさにその時だ。不意に真紀子の頬に痛みが生じた。真紀子が慌てて振り返ると、背後には剣を構えた殺し屋、文室千凛の姿。
彼女は兜に顔を隠しながらもその下の表情は殺意に満ち溢れていた。

兜に隠れていてその表情はわからない筈の他のサタンの息子たちも前進から漂う殺気からその事を察していた。
彼女は剣を大きく振りかぶり真紀子の命を狙ったが、真紀子は余裕のある表情を浮かべてそれを交わしていく。
頭を左右に交わし、剣の攻撃を避け、そのまま黒く光る銃口を突き付けて引き金を引く。同時に銃弾を喰らった事による衝撃とダメージによって千凛は地面に向かって大きく吹き飛ばされてしまう。真紀子は地面に倒れて悲鳴を上げる千凛に向かって銃口を突き付けながら言った。

「これであたしの勝ちだな、しかしテメェも弱くなったもんだな?」

「……黙れ、私は貴様の様な寄生虫をこの世から駆除するまでは絶対に死ねないんだッ!」

千凛は兜の下で歯を食いしばっていたのだが、無論真紀子にその表情は見えない。無論見えたところで真紀子は嘲笑いながら攻撃を仕掛けるであろうが……。
なんにせよ今のところ、千凛の前に残されたのは己の不利な状況ばかりである。
千凛は剣を杖の代わりに起きあがろうとしたが、真紀子はそれを許さない。容赦なく千凛の腹を蹴り飛ばし、彼女を悶絶させて地面の上に転がせていく。

「や、やめろッ!」

「うるせぇぞ!バカ兄貴!」

真紀子は振り向かずに言葉だけを返した。余程蹴るのに夢中になっている様だ。あまりの行いに秀明は兜の下で眉を顰め、真紀子を睨んでいた時だ。
秀明は自分の足が機能していた事に気が付いた。彼は足を起こして真紀子に気付かれないように動いていく。
彼が狙うのは背中を狙っての攻撃である。彼の座右の銘の中に『結果は過程を正当化する』という諺がある。
これはアメリカの諺の一つであり、日本でいうところの『終わりよければ全てよし』と同じ意味の諺となる言葉である。
秀明はこれまでの人生を振り返り、同時に自分が社長としてどの様に世間の荒波に揉まれたのかを思い返していく。
自分がヒーローだなどと思った事は一度もない。どちらかといえば自分はヒーローに倒される側の人間だ。その事は自覚している。

だが、そんな彼でも譲れないものはある。その最たる例が目の前で繰り広げられている惨劇である。
この惨劇を止めない事には自分の中の男が廃る気がしたのだ。同時に自分の腹違いの妹真紀子によって流される涙があるのならば止めるのが兄である自分に課せられた義務だと思ったのだ。
彼は音を上げる事なく、未だに殺し屋を蹴るのに夢中になっている少女に向かってサーベルを構えて、そのまま放り投げていく。同時に真紀子が背中に激しい痛みを生じて地面の上をのたうち回っていく。

「グァァァァァァ~!!ちっ、畜生ォォォォォォ~!!!!!やりやりがったなァァァァァ~このバカ兄貴がァァァァァ~!!」

真紀子が痛みによって地面の上をのたうち回っていると、ある変化が起きたのだ。真紀子が秀明からサーベルを突き立てられた事で彼女の蹴りから解放された千凛が起き上がって、のたうち回る真紀子に向かって剣を構えて突っ込む。
そのまま剣先が真紀子の心臓に深々と突き立てられていく……という事にはならなかったものの、代わりに千凛の剣は真紀子の膝を大きく突き刺したのだ。
真紀子は悲鳴を上げて地面の上にのたうち回っていく。

「これがお前に苦しめられた人たちの怒りだッ!わかるか!?」

千凛はそのまま剣を引き抜くと、今度こそ真紀子の心臓か頭部を貫くために剣を逆手に持って突き刺そうと試みたが、真紀子の決死の蹴りによって腹を蹴られてしまったためにまたしても地面の上を転がっていく。
だが、変化はあった。これまで圧倒的に有利な状況にあった真紀子をここまで不利に追い込めたのだから。

「……クソが……クソが……クソがァァァァァ~!!!」

真紀子は怒りの余りに方向を見失ってしまったらしい。悪魔の力でまた新しく丸い弾倉の付いた機関銃を作り出し、それを両手で構えたかと思うと、地面の上を転がる千凛に向かって食らわせようとしたのである。
だが、秀明がそれを許さない。彼は身を挺して真紀子へと飛び掛かり、真紀子の体へと纏わりついたのである。秀明は真紀子を拘束したかと思うと、そのまま真紀子の顔に向かって強烈な一撃を放とうとしたのだが、真紀子はそうなる前に秀明に頭痛を喰らわせて、彼が突然の攻撃に目を眩ませたのだ。真紀子はそのまま秀明の拘束を解くと、そのままその首に手を掛けたのである。

「あんたはこのまま一生あたしの奴隷にするつもりでいたし、なんなら危害なんて加えないつもりだったけど、こうなったら多少は痛い目を見てもらうぜ……あたしも痛い目を見たんだし、これでおあいこってもんだろ?」

真紀子は自身の体重を掛け、そのまま強い力をかけて秀明の首を絞めていく。
秀明の顔がみるみるうちに青ざめていき、彼の意識が飛びそうになっている事を真紀子は確認する。
そろそろ頃合いだと思われたので、真紀子がその手を離した。そしてその場でゴホゴホと咳き込む兄の体を蹴り飛ばし、またしても剣を振るって自分を殺しに向かう千凛に向かって機関銃を突き付けて乱射していった。歴戦の殺し屋である千凛をもってしても銃弾の雨を浴びてしまってはどうする事もできないのだろう。悲鳴を上げて後退していく。

だが、蛇の様に執念深くそれを追っていく真紀子。膝の傷の恨みは想像以上に大きかったらしい。真紀子は機関銃を持って這い寄っていくと、そのまま千凛の至近距離で引き金を引こうとしていた。
秀明は先程の首のダメージがまだ残っている。このまま千凛はなす術もなく殺されてしまうだろう。
秀明が直後に起こるであろう惨劇を想像して両目を閉じた時だ。彼の耳に真紀子の悲鳴が聞こえた。恐る恐る両目を開けると、そこにはなぜか動きを止めた真紀子の姿があった。

「志恩ンンンンンンンン~!!!あんたァァァァァァ~!!!」

よくはわからないが、志恩が……自分の腹違いの弟がやったらしい。秀明は心の中でガッツポーズを行う。
これであの女も死ぬだろう。その証拠に千凛が剣を横に広げて向かって来るではないか。

「これで終わりにする。お前の命をこの場で終わらせるんだッ!もうお前によって涙を流す人を失くすんだッ!」

「おいおい、殺し屋としての矜持なんて御大層な言葉を吐くんだったら、他人の能力で拘束されたあたしを殺すのはその矜持って奴に違反するんじゃあないのかい?あんたにだってプライドはあるだろ?なぁ?」

真紀子はあくまでも平静を装ってはいるものの、声の中に震えが入っているのを秀明は聞き逃さなかった。真紀子はこの絶望的な状況にどうしようもなくなっているに違いない。
だからこそ、千凛のプライドを刺激して自身の前から引き返させようとしているのであろう。
無論そんな努力は無にも等しいのだが……。自分を悩ませてきた腹違いの妹がいよいよ最期を迎えようかと胸を高鳴らせた時だ。
突然千凛の体が真紀子によって持ち上げられたかと思うと、そのまま真紀子によって殴り飛ばされてしまったのだ。
何が起こったのか秀明には理解できなかった。
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