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【285 追いついた二人】

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ロビンの命令で中庭で待機していたドミニクと兵士達は、突然三階の壁が吹き飛ばされた事に目を開いた。

だが、前国王ラシーン・ハメイドが殺害された事はすでに兵士達にも周知され、ブロートン帝国と剣を交える事になるという心づもりもできていたため、混乱する事なく素早く行動に移す事ができた。

三階に空けられた大穴からは、ブロートンの皇帝を始め、師団長達が次々と飛び降りて来た。

そして最後の一人が降り立った後、皇帝は夜空に向けて爆発魔法を何発も打ち放った。
まるで、それが開戦の合図であるかのように。


ドミニクと兵士達が駆けつけると、コバレフが足止め役として残った。
皇帝達はドミニクの脇を通り抜け、振り返る事なく城門を目指して走り抜けて行く。

自分の脇をなんら警戒する事なく抜けられて行くが、ドミニクにそれを防ぐ余裕はなかった。

目の前に立つコバレフから目を離せない。目を離せば、その瞬間に首をはねられる。
ドミニクはそれ程ギリギリの緊張を肌で感じていたからだ。


コバレフの強さは圧倒的だった。
4~5人の兵士が一斉に斬りかかったが、まるで相手にならず、瞬く間にコバレフの剣に叩き伏せられていく。
おそらく20、30と数を増やしてかかったとしても、コバレフには傷の一つもつける事ができないだろう。それほどの力量の差を見せた。

これ以上兵士達の被害を増やさないように、ドミニクはすぐに兵士を下がらせる判断を下した。
動ける兵士は街へ向かわせ、ブロートン帝国から町民を護るように指示を出したのだ。

そしてドミニクは一人残り、コバレフと戦っていたのだ。





「セシリアと戦う前に、俺がてめぇをぶっ殺してやらぁぁぁッツ!」

深紅の鎧が発する炎を纏い、コバレフの剣が弥生に襲い掛かった。

「・・・首・・・胴・・・左肩・・・」

首への横薙ぎを腰を落とし躱し、胴への突きを体を捻り避け、左肩への振り下ろしをバックステップで避ける。
コバレフの猛攻撃を弥生は的確に読み避けていく。

「すばしっこい女だなぁッツ!」

コバレフの纏う炎がより強さを増し、その剣の炎も、辺り一面を焼き尽くしそうな程に大きく燃え上がった。

「骨まで焼き尽くしてやらぁぁぁッツ!」

「ハッ!」

激しく燃え盛る炎の剣を頭上から振り下ろすコバレフに対し、弥生は目にも止まらぬ速さで薙刀を一の字に振りぬいた。

ほんの小さな風切り音と共に発生した風の刃は、コバレフの体を纏う炎を一の字に斬り裂き、深紅の鎧にまで達した。

「ガッ・・ハァッツ!」

コバレフの首が力無く後ろに折れ、おぼつかない足取りで、二歩三歩と後ろに後ずさる。
意識を失っている事は目に見えて分かる。そのまま倒れるかと思われたが、コバレフ踏みとどまり、右足を高く上げ力いっぱいに地面を踏み付けた。

「ぐ・・・お、おんなぁ・・・やり、やがったな・・・」

コバレフは後ろに折れていた首を勢いよく前に戻し、弥生を見下ろす形で睨み付けた。
歯が砕けそうな程強く噛みしめ、その目は自分に深手を負わせた相手への怒りの炎に満ちていた。

「へっ、真っ二つにしてやろうと思ったんだけどね。なかなかの炎と鎧じゃん?」

弥生の放った風の刃は、鎧に届く前に、その炎により威力を減少させられていた。
だが、それでもコバレフの深紅の鎧を深く斬り裂き、ほんの一瞬だがコバレフの意識を奪う程の衝撃を与えていた。

「なめるなぁッツ!」

コバレフは剣を持った右手を振り上げ、弥生の左肩目掛けて振り下ろした。

左肩から斜めに入り右の腹へ。
袈裟懸けをねらったコバレフの剣を、弥生は紙一重で体を後ろへ反らし回避する。

そのまま後ろへ反らした体に反動を付け、コバレフの正面から脇へ体を反転させ抜けると、城門をめがけて走り出した。


「なっ!?おんなぁぁぁッツ!てめぇ逃げんのかぁぁぁッツ!?」

「残念だけど、あんたの相手が来たからアタシは行かせてもらうわ!」

コバレフの怒声に、弥生は顔半分だけ振り返ると、軽い挨拶のような気楽な声色で言葉を返す。
そして最後にドミニクに目を向ける。

ドミニクもまた弥生に目を向けていた。
僅かな時間だが、弥生に戦いを交代した事で体を休ませ呼吸を整える事ができた。

一瞬の視線の交差で、弥生は後は大丈夫だと判断した。
顔を正面に向けると、今度こそ振り返らずに城門まで走り抜けた。


「ふざけんじゃねぇぞッツ!まてゴラァァァーッツ!」

もはや自分の存在など歯牙にもかけず、皇帝達を追って行く弥生の背中に、コバレフは怒号を発し追いかけようとした。
その時、背中に殺気を感じたコバレフは、振り向きざまに顔の前に剣を立てた。

その瞬間、女性の背丈程はあろう大剣が、コバレフの顔めがけて打ち込まれ、鉄と鉄がぶつかり合う音が、闇夜に響き渡る。

「ちっ!ルチル!」

コバレフの体勢が整っていなかったとは言え、ペトラの一撃は、自分よりもはるかに体の大きいコバレフを押しやり、一歩後ろに下がらされる。

ペトラの声に、薄紫色の髪をなびかせたルチルが、低い姿勢でコバレフに迫る。
切っ先に向かって傾斜した、細身で独特の形状の剣は、ルチルのシャムシール。


「まずは・・・機動力を奪う」

自分の攻撃を確認するように呟くと、コバレフの左の膝を目掛け、ルチルのシャムシールが左から右へ、横薙ぎに振るわれる。

この時コバレフは、鎧の脛当てをぶつけ、シャムシールを弾こうと考えた。
深紅の鎧は肉厚である。

細く薄く、そして女の細腕で振るう剣など逆にへし折ってくれる!
そう思い左足を上げかけた瞬間、コバレフの脳裏に、ある予感が走る。

それは百戦錬磨、数多の修羅場をくぐり抜けた戦士としての、危険を察する勘だった。


なんだ?
分からないが何かまずい・・・
このままこの剣を足で受ける事は絶対にまずい!


瞬間、コバレフは後ろへ飛び退いた。
そしてその判断は正しかった。

着地と同時にコバレフは剣を両手で持ち、対峙するペトラとルチルに油断なく構える。

左足に感じたわずかな衝撃・・・コバレフは少しだけ視線を下げて、自身の左の脛を確認した。
僅かにではあるが脛当てが砕けひび割れていた。


なにをされた?
一度足を持ち上げかけた事で、躱す動作に一瞬の遅れが出た事は確かだ。
そのため女の剣の先がかすめたのだろうが、それだけでここまでダメージを受けるものなのか?

コバレフの表情は、先程までの激情にかられたものではなかった。
落ち着きを取り戻し、正面の二人に一瞬の隙も見せるまいと気迫に満ちていた。


金髪で、気の強そうな顔付きの大剣持ちは、体勢が整っていなかったとは言え俺を押しのけた。

紫色の髪で、したたかそうな感じのする女は、正体不明の攻撃で俺の深紅の鎧を少しだが砕いた。


コバレフは感情的になりやすく、大声を上げて話す事が多いため、短絡的に見られがちだが、大陸一の軍事国家、ブロートン帝国の第四師団長は伊達ではない。

ペトラとルチル、一対一であればコバレフの勝ちはほぼ揺るがない。

だが、二人そろった時、ペトラとルチルはコバレフ相手であっても、互角に戦える戦闘力になる。
コバレフはそれだけの力量を正面の二人から感じとり、全力でやらなければ危険だと判断した。


「・・・さっき、俺になめた口をきいた女どもか。いいだろう、てめぇらをぶっ殺してから帝国に帰るとするか」

戦闘態勢に入ったコバレフ。深紅の鎧から炎が発せられコバレフの体を纏う。


「なめんなよ?私らヤヨイ姉さんに、この五年みっちり鍛えられたんだ」

「そう、あんたなんかに遅れはとらない」


ペトラとルチルは視線を交わすと、コバレフに向かい駆けた。
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