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【235 話し合い③】

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話し合いの再会後、ロペスさんは開口一番に、セシリア・シールズの私への攻撃を問い詰めた。

「ほう・・・そちらの護衛の方、顔色が優れぬと思いましたが、そのような事が?失礼ですが、ただの体調不良ではないのですか?長時間立ち続けていれば、頭痛や眩暈がする事もあるでしょう?うちのセシリアが2~3言、話したとは聞きましたが、それだけで攻撃と言うのは・・・いささか乱暴なのでは?」

話し合いが再会するまでの間に決めた事だが、ロペスさんは、手は出さないが、舐められたまま終わるわけにはいかない。言うべき事だけは言う。と私達に伝えていた。
本当は痛い目に合わせてやりたいけどな、と付け加えるところに、意外と武闘派なんだなと感じた。


今回は、魔道具も使わず、ただ相手を見るだけで攻撃できるという、極めて特殊な攻撃手段であり、誰も予想できなかった事だ。
証拠も何も無いので、水掛け論になるだけなのは予想ができた。

だけど、話し合いの場で攻撃を受けて、何も言わずに済ます事はできない。
と言うのがロペスさんの主張だった。私は保守的に、ただ手を出したら負けと考えてしまっていたけれど、言うべき事はやはり言わなければ外交はできないようだ。

一時は感情を抑えていたけれど、やはりどうにも腹に据えかね、やりかえすべき、と主張していたジャニスさんには、気持ちは分かるが、この一回だけは耐えてくれと説得し納得させていた。
トップとしてのその姿に、私はこの短い時間で、ロペスさんへの尊敬の念を覚えた。


「その通りですな。ジャフ大臣、確かに証拠もありませんし、水掛け論にしかなりませんでしょう。ですが、我々も確信を持って言葉を出しております。そちらの女性、セシリア・シールズさんですね?
あなたのその瞳による攻撃だと・・・・・今回は、最初にお話しした通り、話し合いです。この一度に限り、我々は矛を収めましょう。まぁ、こちらにも収穫があった事ですからね」

「・・・収穫ですと?」

「えぇ、小耳に挟んだ程度の話しでしたが、セシリア・シールズさんは、その瞳で、気を発し相手に熱を浴びせ攻撃する事できる。これが事実と確信できた事です。第一師団長様の武器が知れたのは大きい。・・・・・脅しなのか、実力を見せたかったのか、まぁ、こんなところで手の内を見せていただけるとは思いませんでしたよ」


ロペスさんの言葉に、ブロートン帝国大臣、ジャフ・アラムの顔色が変わった。
今まで浮かべていた薄い笑いが消え、その目もこれまでと違った真剣みを帯びている。

「・・・エマヌエル・ロペス大臣代理・・・でしたね?・・・覚えておきましょう」

「ブロートン帝国の大臣様に覚えていただけるとは、実に光栄ですね。では、私も覚えておきましょう」

そして、言葉にこそ出さなかったけれど、二度目は無い。
ロペスさんは、ジャフ・アラムの後ろに立つセシリア・シールズにも目を向け、そう警告を発していた。


ジャフ・アラムはこの時、ハッキリとロペスさんを認めたようだ。
脅しには決して屈せず、自分と対等に渡り合える男であると。

そこから先の話し合いは、ジャフ・アラムの姿勢が変わった事もあり、ロペスさんが返事に窮する場面も少なからず見られた。最初は甘く見られていたのだろう。そして、これまでは武力をチラつかせれば簡単に話しを進められた事で、楽をする方法が身に染みていたのかもしれない。
だが、本腰を入れれば、大陸一の軍事国家ブロートン帝国の大臣というのは伊達ではなかった。


そして、それ以降話し合いが終わるまで、セシリアの深紅の瞳は私を見つめ続けた。
好奇と狂気が入り混じり、そしてまるで愛しい恋人を見るような、そんな妖しさも含んだ危うい瞳だった。



それから更に数時間を要し、長かった話し合いも終わりを迎えた。
すでに日は陰り、暗くなってきていたので、城で部屋を用意するから一拍していかれては、という誘いに、ジャフ・アラムは首を横に振った。
できるだけ早く国に帰らねばなりませんので。それだけ口にし拒まれるので、こちらとしてもそれ以上の誘いはできず、食料と水、野営のための燃料などを持たせて見送る事にした。

ブロートンからカエストゥスまでは、普通に移動してくれば6~7日はかかる道のりだ。
当然、護衛の7人以外にも、城の外には馬車や一般兵も多数控えており、それなりの大所帯で遠征して来た事は伺える。

城門まで見送りにたった私達に、ブロートン帝国ジャフ・アラムは最後に一言残した。

「では・・・いずれまた」

なんて事はない、ごく自然は挨拶だ。
だけど、今の両国間の関係を考えると、その言葉は一抹の不安を私達の胸に残した。




「・・・ロペス、どう見る?」

ロペスさんの隣に立つロビンさんが、少し視線を下げて問いかけるように見る。

「・・・まぁ、そうだな・・・俺が考えた最低ラインは通す事ができた。今後の入国管理の厳守、身元の確認と荷物のチェックは今までが甘すぎた事もある。全兵士に厳しく通達せねばならん。物流もだな、帝国側は時間ばかりかかると渋ったが、締め付けるくらいやらねばならん」

今回の話し合いで、両国の賠償問題は、総合的に見れば、ほぼ相殺という形になった。


まず、ブロートン側には、バッタのせいで被害を受けたブロートンの領内には、カエストゥスが支援という形で、復興にかかった費用の一部を負担する事になった。

カエストゥス国へは、ディーロ兄弟のせいで被害を受けた孤児院の修繕費、そして闘技場では大勢の国民に恐怖を与えたという事で、精神面でのお見舞い金という名目でのお金が支払われるそうだ。
これは、あくまでディーロ兄弟がブロートン帝国の人間だからという理由だけで、帝国としての関与を認めたわけではないと念を押して言っていた。

そしてゲーリーの精神を操作して、襲撃をかけ国を混乱に陥れようとした件に関しては、最後までしらを切りとおされた。
だけど、ロペスさんもこの件に関しては、立証のしようがないらしく、最初から認めさせる事は難しいと考えていたようだった。

でも、だからと言って黙っていては駄目だ。分かっているんだぞ、と告げる事が大事だとロペスさんは話していた。相手への牽制、それがひいては相手の手を封じる事につながる。
ロペスさんはブロートンに同じ手は通じないという事を警告する事が目的だったんだと思う。

そして、入国に関しての管理体制を厳格化を認めさせたのは大きい。
二度とブロートンの刺客や、間者を入れないようにするためだ。入国時の取り調べの強化項目を告げた時は、さすがにジャフ・アラムも苦い顔をしていた。

お互いの国の安心と安全のためです。と言われれば、呑むしかなかったかと思う。
ブロートン帝国に入国するカエストゥスの人間にも、同条件が適用されるので、行商人などには面倒をかけると思うけれど、これは我慢してもらうしかない。

本当にすごい人だ。この人が国の舵をとっている間は、カエストゥスも安泰なのではとさえ思えた。


「あぁ、その通りだな。あの様子だと、ベン・フィングの時は相当楽ができていたようだ。
これで、ベン・フィングは完全に帝国と通じていたと捉えていいだろう」

「俺の中ではとっくにベンは真っ黒だったがな。だが、国王陛下の許可をなくして、現状の幽閉より強い処罰はできん。あのまま閉じ込めておく以外になかろうな」

「・・・歯がゆいものだな・・・・・ロペス、タイミングが良かったという言い方は不適切かもしれんが、この緊張状態の時に、お前が内政に復帰できたのは本当に良かったと思っている。外交も今回同様にお前が立てばなんとかなるだろう。大変だが、お前にしかできん事だ。俺の力はいくらでも貸すから、なんでも言ってくれ」

「ふっ、ロビン・・・お前は本当に熱い男だな。あぁ、頼らせてもらうぞ」

ロペスさんは、黒いパンツのポケットから手を出すと、ロビンさんの胸に拳を軽く打ち付けた。
まかせろ、と言わんばかりに笑うロビンさんを見て、二人の絆を感じた。


「ロペスさん、俺達もいますよ。忘れないでくださいね」

ウィッカーさんが皆を代表するように横から話しかけると、ロペスさんは口の端を上げて、ニヤリと笑った。

「ウィッカー、お前、いい加減に魔法兵団に入れよ?もうすぐ結婚するんだろ?職は安定した方がいいぞ」

ロペスさんが、ぐいっと一歩距離を詰め、ウィッカーさんの顔を覗き込むようにすうと、ウィッカーさんは途端に大きく後ろに仰け反った。

「い、いや、それは・・・その、今のままでも十分に給金はもらえてますので」

「丁度、俺のいた副団長の席が空くんだ。お前入れよ」

「い、いや・・・でも、俺・・・あんまり遅くなると、その・・・」

しどろもどろになるウィッカーさんに、助け船を出したのは意外にもロビンさんだった。

「まぁ、ロペス、そのくらいにしてやってくれ。俺もウィッカーには入って欲しいが、コイツは孤児院も見てるんだ。それに最近はヤヨイさんの店も手伝っている。それと、嫁はメアリーだ。あの娘のウィッカーに対する気持ちはお前も知ってるだろ?帰りが遅いとメアリーにまで負担がかかる」

「・・・あぁ、なるほどな・・・・・そう言えば、結婚相手はメアリー・テシェイラだったな。
王宮仕えになったばかりの頃から、ウィッカーの事をよく口にしていたな・・・・・うむ、確かに、あの娘が相手なら、あまりウィッカーは拘束できんな。きっと帰りがどんなに遅くても寝ないで待つだろう。倒れられては敵わん」

しかたないと言って、ウィッカーさんを諦めた様子のロペスさんに、ウィッカーさんは、ほっと息を付く。だけど、ロペスさんもこのまま引き下がりはしなかった。

「だが、王子を除けばお前がこの国一の黒魔法使いというのは変わらん。それだけの力があるんだ。
今後は城の魔法兵への指導の回数は増やさせてもらうぞ?この状況だ。それは分かるな?」

「・・・はい。それはもちろんです」

少し冗談交じりのやりとりから一転して、真剣な面持ちのロペスさんに、ウィッカーさんも真面目な声で、言葉を返した。
ロペスさんは満足そうに頷くと、今度はロビンさんに向き直った。

「では、空いた魔法兵団副団長の席には、パトリックを当てようと思うが、ロビン、どうだ?」

「パトリックをか?・・・実力はあると思うが、父親の俺は贔屓目に見てしまうかもしれん。大丈夫だと思うか?」

「あぁ、親だからこそ信じてやれ。あいつは去年、ジャーグール・ディーロに敗北したらしいな?それからだな、これまで以上に厳しい修練を積み、魔道具も変えたようだ。実力は付いてきている。だから信頼してまかせてやれ」

「・・・親だからこそか、そうだな・・・分かった。副団長にはパトリックを任命しよう。まさか、独身のお前に言われるとはな」

「ふん、放っておけ」

仲が良いんだなと、ロペスさんとロビンさんを見ていると、剣士隊隊長のドミニクさんが、真剣な表情で話しかけてきた。

「ヤヨイさん、突然ですが、お願いしたい事がありまして・・・」
「え、はい・・・なんでしょうか?」

なんだろう?なにか思い詰めてるような顔をしている。
私が目を瞬かせると、ドミニクさんは意を決したように言葉を発した。


「俺と手合わせしてください」
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